「なまえせんぱーい!」
慌ただしい音を立てて駆け寄ってきたのは、可愛い後輩の赤也。もともとは友人の後輩だけど、何故か私にも同じように懐いてくれている。
「勉強みてください!」
「ごめんね、今日は無理。明日にしてー」
「えっ、いやいやいや、今日じゃないと駄目なんすよ!」
夏休み中も容赦なくしごかれる部活動を終えた、せっかくの誕生日。誕生日だと言うことは憚られて、私の精一杯の抗議の声もむなしく、赤也の教室までひっぱられるようにして向かった。途中何度か掴まれた腕を解こうとしたけど、びくともしなくて諦めるように静かについていく。
「あ、ドアは先輩が開けてください」
「なぜ!もー、ホント帰りたい」
今日はお母さんが私の好物をたくさん作って待っててくれているのに。
「三十分で帰してくれる?」
「え?うーん、たぶん?」
「……帰る」
「嘘嘘嘘、帰します!帰しますからぁ」
赤也のこの、捨て犬みたいな潤んだ目にはめっぽう弱い。わかっててやってるんじゃないかって思うくらい、ここぞというときにつかってくる。自由になった腕をさすりながら、しぶしぶ引き戸を開けた。
「みょうじさんおめでとうございます」
「はっぴーばーすでー」
「誕生日だからこれやるよ!」
おそらく折り紙を切って作ったであろう紙吹雪を、主に丸井から投げつけられる。画用紙で作ったようなチャチでめでたい三角帽をかぶった柳生くんと仁王と丸井が、三者三様の言葉でお祝いしてくれた。
「あはは!ありがとー」
赤也の強引な態度の原因はこれか、と納得する。誘導が下手くそすぎていっそ清々しい。みんなの気持ちが嬉しくて笑っていると、お菓子の箱をプレゼントだと言われて渡された。
「おー、これ好きなやつ!ありが……軽っ、もしかして丸井中身食べちゃったの!?」
「なんで俺限定なんだよ、まぁそうだけど」
「やっぱり!プレゼントが箱だけってありえないんだけど!」
「みょうじさん落ち着いて、箱を開けてみてください」
「でもね柳生くん……空っぽなんだよ、これ」
しょんぼりしている私を憐れに思ったのか、柳生くんは遠慮がちに頭をなでてくれた。慣れないことをしている、そのぎこちなさやたどたどしさに胸がきゅんとする。
「……えへへー」
「あ、ずるい。俺もみょうじちゃん触ろ」
「おいこら仁王、どさくさに紛れてどこ触ろうとしてるのかな?」
「おーこわいこわい。ええから箱開けてみんしゃい」
仁王はともかく、柳生くんも開けてみろと言っていた空っぽの箱をもう一度見てみる。上下に振ってみるとかたかたと中で何かが動く音がしたので、すでに開封済みのそれを開けてみることにした。
「……わあ!これ、テーマパークのチケット!?」
箱の中にはチケットが二枚。取り出してみると、あの有名なキャラクターが小さく描かれている。
「えー!ちょ、ホントに嬉しい!みんなありがとうー!」
貴重なお小遣いを捻出し、四人で共同購入したと思われるチケットの表と裏に何度も目を通す。午後三時から入場できるチケットだから、夏休み中の部活終わりかオフの日に行けそうだ。嬉しくて両手で握りしめていると、四人がそわそわしながらこちらを見ている。
「……ん?なに?」
「で?誰と行くんじゃ」
「はい?」
「つまりぃ、この四人の中から行くやつ選べってこと!」
仁王と丸井の言っている意味はわかるような気がするけど、わかりたくないから柳生くんを見る。
「みょうじさん、チケットは二枚ありますね」
「うん、そうだね」
「一枚はもちろんあなたの、そしてもう一枚は……」
「はいはいはーい!俺のっすよね、なまえ先輩?」
「いやいや、俺だろぃ」
「俺じゃき」
騒がしい三人組を傍目に涼しい顔をしている柳生くんに助けを求めるべく、視線で訴えかける。それに気づいた紳士的な彼が、優しい顔で微笑みながらとどめを刺した。
「私、ですよね?」
これ、三十分で解放してもらえるかな。そんな不安を抱えながら、現実逃避がてら今日の夕飯に思いを馳せた。