昼間だというのに少し雲がかかると結構肌寒い。鞄の中をあさるが、暑い日が続いていたのでカーディガンをクリーニングへ出したことを思い出した。
「暖かくなったり寒くなったり!寒い!」
「いきなりなんや」
「何を!着たら!良いのやら!」
「えんやこら!」
隣に座っている白石がどうしたと聞いてくれたので服装に困っていると訴えると、そばにいた忍足が謎の掛け声を出した。韻を踏んでいるつもりなのだろうか。白石はそれを無視して話を続けたが忍足も気にする様子はなかった。
「確かに朝暑くても帰りは寒いもんな」
「そういう時は動いたらええで、スクワットとか」
「花の女子中学生が、いきなり、スクワットしだしたら、あかんと、思うねん」
「って言いながらしとるやん」
それで本当に寒さがふきとぶなら、とやってみると意外と体がポカポカしてきた。白石のツッコミも気にならないくらいだ。
「すごい!ほんまにあったかくなってきた!」
「ええで!キレてるで!その調子や!」
「謙也それボディビルダーや」
「ふんおおおおお、もう、脚が、限界……」
忍足がよくわからないけどテンション上がる言葉をかけてくれたおかげか二十回はできたんじゃないだろうか。脚がプルプルしてきたので、ふ〜とおでこの汗を拭く仕草をすると白石が白いカーディガンをスッと出してきた。
「授業中はできへんやろ、使い」
「最初に出してほしかったかな」
「でも受け取ってるやん」
今は体はあったまっているので、また寒くなったら着ようと膝の上に置く……前に受け取りそのまま顔を近づけていく。
「ちょ、みょうじさん、なにしてるん」
「え?あ、なんか、良いかほりが……」
「白石のにおい?」
「やめてその言い方、みょうじさんも嗅ぎなおさない」
「なんかクセになるこれ」
「白石のにおいはクセになる」
「やめて二人ともやめてや」
私においフェチなんかもしれん、と膝の上にかけると白石がわからなくもないと言った。それに対して忍足が、いや白石も普通ににおいフェチやんって突っ込んだ。話を聞くとシャンプーの香りが好きらしい。私は石鹸の香りが好きなので勝手に仲間意識を持った。忍足はなにか勘違いしてたけど、この石鹸の香りは柔軟剤なんだよね。ふんわりした手触りが気持ちよくてさわさわしていると白石が「あ」と言ってカーディガンを指さした。
「ん?着る?」
「ちゃうねん、ポッケにリップクリーム入れっぱなしちゃうかな」
「ポッケ!!!!!」
「そんな笑う!?」
なんかよくわからないツボに入ったらしく忍足がゲラゲラと笑っている。若干白い目で見ながらポケットをさぐると見つけた。ん、と白石に渡したらおおきにって受け取った。
「あ!あかん!唇切れたで!」
「笑いすぎやねん」
いたたた、と言いだした忍足。白石は笑われたことを怒らなかった、むしろあほやなあって呆れている。
「切れたあとで意味あるかわからんけどぬっとき」
「おーサンキュ」
グリグリと雑に塗るとすぐに白石に返す。人と同じリップクリームを使うことに抵抗ないんだな〜って見ていると忍足が動揺しだした。どうしたんだろうと思いながら観察していると唇をギュっと閉じたり開いたりしている。その度にンポッというマヌケな音が鳴っている。
「どないしたん?」
白石がそう聞いても唇を閉じて開いて……。なんか動きがおかしい。サビたおもちゃみたいだ。
「白石!なんなんコレ!?」
コレ、というのは指さしているリップクリーム。なにって……なんだ?不思議に思い白石と私はそのリップクリームを見つめた。あ、という声が綺麗にハモった後、私はたえきれず大声で笑った。
「白石、それ、ノリやん!!!!」
「ほんまや、間違えたな」
「やっぱ、り!?なんかくちび、るがひっつ、くねん!」
唇を閉じると粘着でひっつくらしく言葉が変なところで途切れるもんだから、よけいに笑いが止まらない。白石は謝りたいのと笑いたいの狭間にいるらしく静かにふるえている。
「くちび、るが……くちび、るがあああああ!!!!」
「「ワロス!」」
「おま、えら!手繋いで滅び、のじゅも、んみ、たいに言うなや!」
え?と顔を見合わせる私と白石。
「だって忍足がそういうフリなのかと思うセリフ言うからやん」
「はよ洗っておいで唇なくなるで」
なくなりはせんやろ〜と叫びながら教室を出て行った。忍足が漫画みたいな表情と動きをするから頭の中で何度もリピートされてしまって笑いが止まらない。それを見た白石が「みょうじさんも唇切れたら言うてな」って笑顔で言うから一瞬で真顔になれた。