幼馴染の柳蓮二が好き。
好きだと気が付いてからは恋愛系のドラマや映画、こてこての少女漫画にハマった。色々な告白シーンを見て、ストレートに好きだと告白する、もしくはされることに憧れていた。
しかし最近読んだ小説でお気に入りの告白は花に想いを託して伝える、というロマンチックなものだが、蓮二だったら気付かなさそうだな、と思った。
「たしかに」
「でしょ?幸村君ならわかってくれそうだけどね」
「じゃあやっぱり直接的に言えば?」
「なんというか、蓮二を悩ませたいというか、驚かせたいというか」
「幼馴染に告白されりゃ驚くと思うけどね」
「そうじゃないんだよ」
まあ、告白する予定なんてないんだけどね。
と締めくくるれば、今の会話はなんだったんだと怒られた。
伝えたいような、知られたくないような、でも気が付いてほしい。
花言葉、結構良いと思ったんだけど、他に良いアイディアはないものか。
「なまえ、手が止まっているぞ」
「英語嫌いなんだもん」
「どこがわからないんだ?」
「ここ」
なにかと理由をつけては蓮二の部屋にお邪魔していたが、最近は勉強しか思いつかなくなった。中学に入ってからはますますテニスに打ち込んで、だからと言って勉強に手をぬくわけでもなく、忙しい彼にゲームしよう出かけようなんて言いにくくなった。
なにもなくても会えてそばにいられる、そんな関係は少女漫画の中だけで、自分と照らし合わせては現実との違いにうちのめされるだけだった。
「で、文法に当てはめると、こういう意味になる」
「なるほど」
勉強が本当にできる人って教えるのも上手なんだな、感心しながら同じ方法でどんどん訳していく中、ふと、思い出した。
中学に入りたての時だった、それが英語の授業だったか国語の授業だったかは忘れたが、夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と和訳したと聞いた。
その時は英語がわからず苦し紛れで目についたものを口にしただけなんだろうな、なんて少し馬鹿にしていた。だって幼稚園児でも知ってるよ、「愛してる」って意味なんだってこと。
でも、今なら少しわかる。というか、遠回しでも伝えたい気持ちがそういう言葉になったのかなって思うようになった。
夏目漱石にも、言いたいけど伝えたら駄目な相手がいたのかな、なんて思ったら発想がロマンチックだなって、遠い昔の人なのに、少し親近感がわく。
これなら蓮二もわかってくれるんじゃないか、そう思ったら言わずにはいられなかった。
「ねえ蓮二」
「なんだ」
「夕日が、綺麗だね」
「なんでそう思うんだ?」
「なんでって……」
「天気予報見なかったのか、晴れるまでは時間がかかりそうだ」
「あーはいはい」
ほらね、やっぱりわかってない。
ていうか、あれだけ本読んでて色んなこと知ってるなら今のだって気づいてくれたらいいのに。
気づいてもらえなくて少しほっとしたような、がっかりしたような、こういう気持ち、昔の人はなんて詠うのかな、なんて詩人ぶってみたり。
それからも黙々と勉強を進めてもう遅い時間だと気が付いたのは、蓮二のお母さんから晩御飯食べるか聞かれたからだ。
今日は家で食べます、って荷物まとめてたら玄関まで送ってくれると言う。私の家、目の前なのに心配しすぎだ。
「すぐそこだし、寒いからいいよ」
「そのちょっとだけだからという油断が事故や事件に繋がるんだ」
徒歩一分もかからないどころか、数歩だというのに何が起きるというのか。
でも、家に入る瞬間まで蓮二の顔が見えるのは良いな、なんて下心で「じゃあ、ありがとう」とお願いした。
玄関を出て、次は晩御飯食べて帰りたいって言ったら、母さんも喜ぶって笑ってくれた。
一瞬でついてしまう、私の家。
もう少し引き留めたいけど、なにも思いつかない。
「なまえ」
「え?」
「星が奇麗だな」
せっかく話をふってくれたし、そんな気持ちで空を見上げるが、星なんて見えない。
「星―?どこ?」
「見えないか?」
「うん、ていうか蓮二言ってたじゃん、今日は曇りみたいなこと」
「そうか、明日になれば晴れるのか?」
「えー?それも自分で言ってたじゃん、時間かかるって」
どうしちゃったの?眠いの?
少し心配になって顔を覗き込むが、眠いのか元気なのかわからなくて、でも呆れた顔をしていることはわかった。
「変な蓮二、早く寝てね」
「そうする」
またね、と手を振って家の中に入り考えるのは今のやりとり。よほど疲れていたのかとも思ったが、それにしてもおかしかった。
曇ってるのに、星が綺麗?天気予報チェックしてるのに明日は晴れるか?
「星が、綺麗」
あれ?このフレーズどこかで聞いたな。
聞いたというか、口にしたというか、なんだっけ。
「あ」
夕日が綺麗だね。
さっき自分で言ったばかり。
月が綺麗だね、の他にも似たようなのがないか探したときに、この言葉を見つけた。
いつか蓮二に言ってみたいと思っていて、ようやく使うことができたのに、気づいてもらえなかった。
でも、気づいていての返事だとしたら。
星が綺麗だね、明日は晴れるか。
あわてて意味を調べる。
もし、この言葉に意味なんてなくて、本当に疲れてただけかもしれないけど。
それでも調べずにはいられなくて、検索する指が少し震えた。
ああ、やっぱりそうだ。
表示された意味に、少しほっとしたような、逆に緊張が増したような、不思議な感覚。
私はどうやって返事をしようか悩んで、『明日は晴れるよ』と送ったあと、明日、学校が終わったら紫色のパンジーを買って帰ろうと決めた。
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(夕日が奇麗ですね:あなたの気持ちが知りたい)
(星が奇麗ですね:私の想いを知らないんでしょうね)
(明日は晴れますか:私の想いは晴れますか)
(紫色のパンジー:あなたのことで頭がいっぱい)