ねえ、今日の放課後付き合ってよ!あ、おはよう!
そんな内容のライムが届いたのは今朝のこと。
『放課後は部活だ』と返すと『わかってるよその後』と返ってきた。
ちなみに同じグループにいた柳生と丸井と赤也もOKとのことだったので俺も承諾した。
即答で良いよと答える優しさに、内容を聞いてからにしたいと思った俺は捻くれているのかもしれん。まあどうせくだらない理由なんだろうが。ちなみに挨拶の順番がおかしいと突っ込んだのは柳生だけだった。
「今日は!私のために!集まっていただき!ありがとうございます!」
部活が終わり着替えて部室を出ると、少し離れたところにみょうじが待っていた。付き合うってなんなんすかと駆け寄る赤也と、それについていく俺達。揃うとみんなの顔を見てから選挙挨拶みたいなものを口にした。
「で、どこ行くんだよ」
「丸井は大きな戦力となるだろう」
「え、俺は!?俺も男っすよ!」
「うん、まあまあかな」
仁王はもう存在してるだけでいいからね、柳生も!
と、行く意味あるのかないのかわからない励ましを受けたが、どこへ向かうのか中々話してくれない。そのまま着いた先が女の人で賑わっているオシャレっぽい雰囲気を醸し出したカフェだった。
「初めてきた何食おう」
心なしか楽しそうにしている丸井の手からメニューを奪い取るみょうじ。目をパチパチとさせている丸井におかまいなしで店員さんに「フレフレフレンズ一つ」と注文した。何を頼んだかわからないがネーミングセンスの酷さに思わず「ダサ……」と呟いた俺は悪くないと思う。
「昨日ね、すごくショックなことがあったの」
「おう」
水を一口飲んで語り始めたみょうじにみんな神妙な面持ちで聞く体制に入る。
「結婚、するんだって」
その一言にみんなで顔を見合わせる。みょうじの親って離婚してたっけ?それなら再婚って言うよな?目は口ほどに物を言うってこういうことだなと思った。誰一人口にしていないのに考えていることは同じだとすぐにわかった。
もしかしたらすごくデリケートな話かもしれないから下手に励ましの言葉なんてかけられない。
はあ、とため息をつくみょうじに沈黙の俺達。いつも変な発言をして暴走する姿が嘘のように萎れているのが不気味だ。変な緊張感から喉が渇いてくる。水に手を伸ばそうとしたところに店員がやってきて、あのダサいメニューを復唱しながら置いていった。三人がかりで。
「え、やばいだろぃ、なんだこれ!」
「すっげえ!写真撮っていいっすか!?」
「これは、一体……」
「プリッ」
目の前に置かれたのは向かいに座っているはずのみょうじと赤也が隠れるくらい大きなパフェだった。
フルーツ、アイス、生クリームはもちろんワッフルコーン、ロールケーキ、フレーク、チョコ、プリン……。
「傷心してるときは甘いもの食べると良いって言うじゃない?でも一人は寂しいしみんなでこれだけ食べたら気が晴れると思うの!いただきます!」
息継ぎなしで言うや否や崩れないようにフルーツをすくって食べ始めた。それを見た丸井と赤也もテンション高めに「「いっただきまーす!」」とスプーンを突っ込んだ。
「俺はもう見ただけで腹いっぱいじゃ」
「やっぱり?仁王はなんとなくそうだと思った」
「私は少しだけいただきますね」
ちょびちょびと食べる柳生とハイペースで食べる丸井に挟まれて少し居心地が悪い。
「にしても、えげつないの」
誰だよこれを商品化したのは。周りの客もすごいねって言いながらめっちゃ見てくる。そもそも男は俺達しかいないからすごく目立つ。ハッキリ言って帰りたい。
それでもこの場に留まっているのはチラチラと見え隠れするみょうじが少し涙目で、時々鼻をすする音が聞こえてくるからだ。
結局俺は一口も手をつけないまま底が見えてきたところで、丸井以外のスピードが遅くなった。みょうじに至ってはもう手が止まっている。
「どうしたんじゃ、もう食べんのか?」
なるべく優しい声で聞いたのに寂しげな顔でこう言いやがった。
「胸がいっぱいで食べれない……」
「は?腹がいっぱいの間違いじゃろ!?」
あまりの驚きで思わず突っ込んだ俺と、そのやりとりに吹き出す柳生。赤也は何がおかしいかわからないのかポカンとしている。英語だけではなく日本語も苦手らしい。丸井は食べるのに必死で聞いちゃいない。
「違うよ!胸が!いっぱいなの!」
「お前さん腹に手を当ててみろ!」
「それを言うなら胸でしょ!?」
「いんや腹じゃ!」
「デブって言いたいの!?」
「食べ過ぎで満腹だというのを理解しろと言いたい!」
少し考えた顔をしてお腹をさすると納得したように、確かにお腹もいっぱいだと言った。
「でも胸がいっぱいじゃなかったらもっと食べれたもん」
「もうやめときんしゃい」
「だって、結婚しちゃうんだよ?やけ食いしないとやってられないじゃん!」
そう言うと少し強めにスプーンを机に置いた。その音にビックリした丸井と赤也が様子を見ている。柳生は責任を取りなさいと言ってるかのように睨みを利かせてきた。
「あー、その、なんじゃ……誰が、結婚するん?」
言った!!!言いやがったこいつ!!!!!
という顔をしている三人はあとでおしおきじゃなと思った。
そんな俺達に気づかないみょうじは半泣きで答えた。
「イアンが結婚しちゃうの〜」
誰だよイアン。赤也と目があったのでアイコンタクトで聞けと合図をすると恐る恐る声をかけた。
「イアンさんは、みょうじ先輩の……彼氏さんすか?」
「ううん、今見てる海外ドラマの推しの名前」
「「「「え??」」」」
「私ずっとイアン推しだったの好きだったの、あの独り身のなんとも言えない感じが!なのに!女にうつつ抜かして!きいいっ!」
「それは、作中で?」
「そうだよ!」
柳生の問いに、ばっかじゃねーのと言いかけた口を閉ざす丸井。それに頷く柳生。どうしたらいいかわからない顏の赤也。
「まあ、男は守るべき存在ができたら一段とかっこよくなる、から、乞うご期待で良いんじゃなか?」
自分でも何を言っているかよくわからないままフォローを入れると、わかったと言って底にたまっているフルーツを口に入れた。腹も胸もいっぱいだったんじゃないのか。もはや誰も突っ込もうとしなかった。
「は〜夢みたいだったぜ!最高!」
「俺も!楽しかったっす!」
「私も幼少期に戻った気分です」
「お前さんも満足じゃろ」
レシートをほいと渡すとみょうじは笑顔で言った。
「みんなありがとう!一人二千円ね!」
みんなの引きつった顏。一口も食べていない俺。
「いや、だから、えげつないな……」
俺の声は虚しく消えた。