◇白石を見つける話

イケメンが目の前を通りすぎていった。それはもう本当に、とてつもなくイケメンだった。声をかけようと思ったけれど、少しだけ躊躇する。そうしているうちに彼は遠ざかっていくばかりだったので、私はつい追いかけてしまった。タイミングを逃し続け、ついには声をかけることもできずに校門の前に立ち尽くす。

「四天宝寺、中学校……」

彼の通う学校がわかった。私は帰って親にお願いをした。

「私、四天宝寺に通いたい!」
「第一志望、関学やったのに?」
「うん、かえる!!」
「なまえが良いなら……」

こうして残り少ない小学校生活は夢と期待に膨らんだ。




あれから時が経ち、私は中学一年生になった。あの日のイケメンはまだこの学校に在籍しているだろうか。イケメンに会えるかもしれない希望と新しい環境に胸を高鳴らせながら、貼り出されていたクラス表に基づいて入室する。まわりに倣って自席につき、しんと静まり返った教室で大人しくしていると、突然皆がざわめいた。あのイケメンではないけれど、黒髪の美少年が入ってきたのである。

しかもその美少年は私の隣の席に座った。皆もだが私もつい凝視してしまう。美少年は鬱陶しそうに「なに?」と聞いてきたので「私なまえ、よろしくね」と返した。おう、の一言もなくスマホをいじりだしたので私もまた前を向いた。

休憩時間になるとたくさんの女の子たちが彼のまわりに集まる。確かに彼は美少年だけど、私にはしなければならないことがあった。例のイケメン探しだ。同じ学年の子に聞いても意味がないと思ったので、あたりを見回して先生をさがす。ジャージを着ている坊主頭の体育教師がいたので、大きな声をだしながら駆け寄った。

「せんせー!すみませーん!肌の白い、薄茶色の髪の美男子っています?」
「君、走ったら危ないで。それからわしは先生やない、ここの生徒や」
「……まじすか」

彼の名前は石田銀、れっきとした四天宝寺中学校の二年生だった。

「ご、ごめんなさい!!!!どう見ても先生でした!!!」
「……気にせんでええで」

どことなく悲しそうな表情をしているのがなんだか可愛く思えた。もう間違えない、石田先輩ごめんね!

「銀さーん、なにしてんのん?浮気?」

しばし見つめあっているとクネクネと歩きながらやってくる……坊主?!坊主がクネクネしてる?!
あまりの衝撃に私は目を見開いたままかたまってしまった。

「小春はん、美男子に詳しいやろ」
「もっちろん!」
「こちらの女生徒が人を探してるらしくてな、力になったってくれんか」
「……石田せんぱーーーい!」

なんて優しい人なのだろう。先生と間違えてごめんなさい、むしろ仏様だった。ありがたや、ありがたやと拝む私に若干引いていた気もするけれど気にしない。

「で、どんな美男子なん?」
「はい!えっと、色白で薄茶色の髪で、黄色と緑の派手なジャージを着てたんですけど……結構前の話なんですよね……」

恐る恐る特徴を伝えると、ああ、とクネクネ坊主先輩はすぐに誰かを思い浮かべたようだった。

「くらりんのことやわ、きっと」
「くらりん??」
「学校一のイケメン!フォーリーンラーブ!!!」
「え、え???」
「小春はんはイケメン大好きやから」
「ら、らいばる?!」

彼?彼女?のような女性らしさとセクシーさを持ち合わせていない私は勝てるわけがないとうなだれた。
気にしはらず、という石田先輩の声も遠く感じつつ大丈夫ですと返した。
せめてくらりんさんのフルネームと学年を聞こうと小春さんに声をかけようとした時、後ろから優しい声が聞こえた。

「おーい、もうチャイム鳴るでー」
「はぁーい!」
「じゃあ、わしはグラウンドに行くわ」
「……はい」

石田先輩に返事をしつつ、視線は彼に奪われたままだった。

「君もはよ行きや?」

こくりと頷いたものの、ここから一歩も動けないでいる。遠ざかる背中を見つめたまま、私はその場に座り込んだ。

「……見つけた」

これがくらりん先輩と私のファーストコンタクトだった。




あれから小春さんに色々教えてもらった。
くらりん先輩にはガツガツいくとイメージ良くないと聞いたので大人しいふりをして近づくようになった。
それから健康マニアだと聞いて自分がわかる範囲の健康をめざしている。

「くらりん先輩おはようございます」
「おはよう、今日も元気そうやな」
「朝ごはんしっかり食べてきたのです、ほめてください」
「えらいえらい」

そのおかげか私を見かけるたびに声をかけてくれるようになった。
でも欲というのは尽きなくて最近の悩みはどうも妹的立場になっていることだ。

「……あの!先輩、私」
「んー?どうしたん泣きそうな顔して」
「私のことどう、ぐはっ」

思っていますか、と続けたかった。続きを言えなかったのは、背中に強い衝撃を受けたからだった。

「白石大変や、小春がおらへん!!!」
「ふーん、大方財前あたり口説いとるんちゃう?」
「くどっ……浮気はあかんで小春ぅー!!!」

ぶつかったら謝らんかいと走り去っていくヘアバンド男を睨み付けていると、くらりん先輩は心配そうに私を覗きこんでいた。

「なまえちゃん大丈夫?ぶつかられてなかった?」
「大丈夫でっす!それより私、先輩に聞きたいことがっ」

話している途中でまたもや背中に衝撃が走り、もはや驚きの声すら出せない。

「あっごっめーん!頭重すぎてよろけてもたぁ!大丈夫ぅ?」
「…………オーマイガー小春さん」
「すごい、髪型やな……」
「ユウ君どこやろ?新ネタ考えてん!」
「あっちに行きましたよ……」

ありがとー、と言って巨大なカツラをかぶった小春さんはよろけながら足早に去っていく。くらりん先輩は私の話を聞こうとしてくれたけど、振り絞った勇気を全て使い果たしてしまった私はまたの機会にお願いした。


お昼休み、めずらしく一人でいる一氏先輩を見かけたのでつかまえてみた。

「と、いうワケなんですよ」
「おん、なんで俺に聞くねんてかお前誰やねん」
「百年寄り添っているような雰囲気、小春さんに対して愛情表現の素晴らしさ、ぜひ助言をいただきたい!」
「ひゃ……せやろせやろ?!ていうか小春を目の前にして愛を伝えずにおられへんわけやん、お前は……誰か知らんけどもっと自分に素直になるんや!」
「素直に!!一氏先輩!もっと!具体的に!おねしゃす!!!」

ちょっとだけですが、と賄賂(五円チョコ)を差し出すと受け取ってくれた。
しゃーないなと言いながらもまんざらでもなさそうだ。

「せやなー」

ちらりとこちらを見ながら、ちょっともったいぶっている。先輩のチョロさに笑いを堪えるのが大変だった。

「……可愛いで、愛してるで、って言いながら抱きしめるんや」
「…………先輩、怒らんと聞いてくださいね。めっちゃキモいです、ってイタタタタ!」
「聞いといてなんやねんもう知らん!」

一氏先輩にチョップされたところを擦りながらくらりん先輩を探す。教室へ行く途中の廊下で偶然にも先輩の後ろ姿を見つけたので、早足で向かった。

「くらりんせんぱーい!」
「おー、なまえちゃん!珍しいな、三年のフロアおるの」
「へへっ、先輩に会いたくて来ちゃいました!なんちって!」

はいはいと適当に返されると思っていたのになにも言ってこない。
流してくれないと逆に恥ずかしい。先輩にはやくツッコミ入れて、と言いかけて驚いた。

「え」
「え?」
「先輩?顔、赤いですよ?え、熱?!先輩死なないで!!!!」
「ち、ちゃうねん、死なへんよ」
「保健室行きましょう」
「大丈夫、ちょっと待ってな」

すーはーと呼吸を整えている姿に救急車を呼んだ方が良いのか様子をみる私に先輩は苦笑していた。

「……なまえちゃん、パンツ見えてるで」
「なにゆえそんなことに」

パンツにインされたスカートの裾をそっと出しながら、今すぐこの場所から消えてしまいたいと考えていた。

「あと、なまえちゃんが好きです」
「あ、はい……え!?なんで??」

どうしてこのタイミングで告白したのか甚だ疑問だった。不慮の事故ながらもパンツを見てしまった、その責任を感じているのだろうか。

「返事、聞いてもええ?」
「よ、よろこんでー!!!」

ぐるぐると頭のなかでいろんなことを考えた末、先輩と付き合えるならなんでもいいか!と開き直ることにした。