「ねえ、バレンタイン誰にあげる?」
誰かに渡すのを前提で話してくることに突っ込むべきか否か。マイペースなちよは私に考える間も与えず続けた。
「うちはやっぱり白石君かな〜同じクラスで渡しやすいしイケメンやし!」
「え、そんな理由なん?」
「うん、なまえは?」
「せやなあ、ちよが白石ならうちは謙也かな」
消去法で、という言い回しで答えたものの実は彼が本命なのでバレてしまいそうでドキドキした。
「それええやん!一緒に渡そうよ!」
きっと人だかりになるから一人で突っ込んでいく勇気ないしと話すちよに、チャンスが舞い降りた!と内心ガッツポーズ。
去年も一昨年も謙也の周りにはチョコを渡そうとする女の子でいっぱいだった。義理だからと言いながらも少し色目を使って話す人や、本命だから二人きりになりたいとタイミングを狙っている人。クラスが違ったのもあり私は早々に諦めた人組へ仲間入りをした。
今年もやめておこうかと考えたが中学生生活最後だし、同じクラスなら渡せるんじゃないか、そう悩んでいたのだ。だからちよの提案はありがたかった。いつも唐突で困らせるような発案しかしてこなかったちよに初めて感謝した。お礼に友チョコとしてちよの分も用意しようと決めたのは軽い気持ちからだった。
練習大丈夫だったしと余裕で挑むバレンタインデー前日。
ちよにもあげるからと多目に用意した材料、きっと余るだろうと思ったのに足りなくなってしまった。
「……なんでや、失敗した」
味は良いんだ、見た目が問題なんだ。
崩れてしまっていたり小さすぎたりいびつだったり、なんでこうなってしまったのか私にもわからない。
「いや、でもラッピングでこうしてこうしたら誤魔化せ……ないですね」
透明な袋から覗く不揃いなトリュフたち。どうしよう、という焦りは一瞬で「まあ良いか、こっちはちよに食べてもらおう」と友チョコになった。綺麗にできた方は謙也にあげよう、メインだしその為に作ったしね!そう開き直りラッピングを済ませて紙袋に入れる。
朝登校すると教室には既に女の子が集まっていたが、みんなのお目当て白石と謙也は朝練なのかまだ教室にはいない。
「おはようー!チョコ持ってきた?」
「うん、持ってきたで」
見てみてラッピング可愛いでしょと見せてくるちよ。
なまえのは?と聞かれたので、ついでに今あげようと二つ取り出しす。
するとちよは目を輝かせて言ったのだ。
「あーこっちが本命やろ!謙也君の?」
本命、と言って指さしたのが綺麗にできた方だった。
ちよの言うことに間違いはない、確かに本命の謙也に渡す分だ。でも義理として渡すつもりでいたし『本命』という言葉に心臓が跳ね上がった。
「なになに、俺にくれるん?」
嬉しそうに近づいてくる謙也の腕には既に抱えきれないほどのお菓子の山。渡したら満足したのか先程までいた女子はいなくなっていた。
「ちゃうよ!本命はちよやねん」
綺麗な方を咄嗟にちよに差し出しす。
「えー俺のは?」
「いや、めっちゃあるやん、抱えてるやん」
「でも、俺なまえからもらってへんで」
「ほなこれあげるわ失敗作」
「失敗かい!本命ちゃうんかい!」
「ははーん、誰が多くもらえるか賭けでもしとるんか」
「それ、ほんまに言うてる?」
真剣な顔で真っすぐ見てくる目、低い声。怒らせたということがすぐにわかる。
渡したかったやつはもう手元にないし、素直に好きって言えるほど勇気なんてないし、ふざけることでしかテンションを保てない。でも、怒らせるつもりはなかったし怒らせたかったわけでもない。本当は義理だけどと言いながらちゃんと渡して喜んでもらいたかった。悪いのは私だから泣くのはずるいってわかっているのに、涙がでそうになる。
「まあまあ、とりあえず席つこうや荷物置きたいし」
後ろにいた白石が「な?」と謙也に声をかけるが動こうとしない。
「なあ、俺そんなことするような奴に見える?」
二度目の問いにいよいよ涙がぽろりとこぼれる。
「え?え、なんでなん、なんでなん!?」
「謙也君!」
「はい!」
謙也が動揺することで空気ががらりとかわった。
「とりあえずそれ置いてきて」
「はい」
白石の時は聞かなかったのにちよの言葉には素直に従い荷物を置いて戻ってきた。
「なまえ、ごめんな」
ちよがそう謝って先ほど渡したトリュフを私に手渡した。そっと背中にふれてくれた手が頑張れと言ってくれているようで、それに答えるように謙也に向き合う。
「本命、って言っても受け取ってくれる?」
「俺はなまえからの本命がほしかってんで」
そう言ってそっと抱きしめられた。
そばで「良かったねえ」と目をうるませているちよに白石が「ねえ、俺にはないん?」と声をかける。
「あ!用意してるで、はい」
「おおきに、開けてもええ?」
「どうぞどうぞ」
ちよが何を渡したのか気になっていた私も「どんなん」とのぞき込んだ。
「プロテイン、チョコ味・・・」