◇先輩に煽られた話

ずっと当たり前のように一緒にいた、いわゆる幼馴染みってやつ。
ただの幼馴染みではなくて好きなんだと自覚したのは最近。
キッカケはありきたりだが友達の一言。

「お似合いだよね、幼馴染みから恋人になって結婚とか憧れるな〜」

彼女は特別意識してではなく、なんとなーく言っただけだと思う。それでも思春期の私を意識させるには充分すぎる一言だった。

もしも薫ちゃんが私の彼氏だったら……なんて。



「薫ちゃん、宿題終わった?」

「ああ」

「テニスもあるのにすごいね、私だったら白紙だよ」

夏休みも最後の今日、私は薫ちゃんの部屋にいる。
シンプルで綺麗に片付いているこの部屋は少し居心地が悪い。ゆったりとリラックスができない。私はもう少しだけ散らかっている方が落ち着く。でも本棚に子猫の写真集があるのを見つけてしまった時はなんでかほっとした。

「最近、」

小さな声に「ん?」と薫ちゃんを見向けばいつもなら合わせてくれる目を泳がせていて視線が絡まない。どうしたんだろうと次の言葉を待つ。そして観念したかのように長いため息をついた。

「最近、なまえが可愛くなったって先輩達が…」

私は驚いた。
薫ちゃんに意識してほしいと始めたちょっとしたオシャレ。いや、オシャレとも言えない変化に気がつく人がいるとは。欲を言うなら薫ちゃんに気がついてほしかったけど少し嬉しい。

「か、可愛くなったかな?」

肝心の人はどう感じているか知りたくて聞いたものの、困っている顔を見てすぐに後悔した。やっぱり今更可愛いだなんて思えないのかもしれない。

「先輩達に知られてるなんて思わなかったな」

話をすぐ切り替えたくて素直に思ったことを言う。だがそれに対しても困った顔をされるだけだった。妙に照れ臭くなって麦茶を両手で持ったままうつむく。なんとなくそのまま沈黙になってしまい気まずさから帰ろうかなと切り口を考える。そわそわしだした私に気がついた薫ちゃんが口を開いた。

「なまえは恋してるんじゃないかって」

恋、という言葉に思わず思いきり振り向いてしまう。薫ちゃんは気恥ずかしいのか顔が赤い。

「い、いるよ!その……好き、な人」

段々と小さくなる声。だってこんな話聞かされても興味ないかもしれないと思うと恥さらしでしかない。

「そうか……」

ほら、ね。誰だとか付き合ってるのかとか聞かないんだ。そうだろうなと思ってはいても、現実になると結構落ち込む。もうこの際伝えてしまえ、と勢いに任せて私は口走った。


「私!薫ちゃんが好きなの」


薫ちゃんは目を丸くし、口も少し開いていて本当に驚いたんだというのがわかる。まさか幼馴染みから告白されるなんて思っていなかっただろう。そりゃそうだ、少し前の私だってこんな気持ちになるなんて思っていなかったんだから。

「いきなり、ごめん……でも本当だから!」

いきなりにも程がある。今日告白するつもりなかったのに。自分のバカ!と悔いても口にした言葉は返ってこない。黙ってないでなんか言ってよ!と逆ギレもいいとこな台詞を何度も口にしようとしては飲み込む。

「本当ごめん、言うつもりで来たんじゃないんだ」

まだ終わっていない宿題。これ以上ここにいたくなくて「できればこれからも仲良くしてほしい」と早口に立ち上がる。広げていたノートを乱暴にカバンへ押し込む。

ドアノブに手を伸ばし出ようとした。引っ張っても開かなくて、押すんだったけと動揺してしまう。ガチャガチャとまわす手を止めたのは耳元で声がしたから。


「言い逃げすんのか」


それじゃまるでヤンキーだよ!この時ようやくドアが開かないのは、後ろから薫ちゃんがドアを押さえているからだとわかった。

「逃げるというか、一度時間を置こうというか!」

お願いだから帰らせてほしい、と願いをこめてドアノブからは両手を離さずむしろ力をこめて握る。

「こっち向けよ」

有無を言わせない口調に腹を括る。窮屈な状態で体を捻らせた。ちらりと顔を伺うとあまりに真剣な顔をして見詰めるから、鼓動が早まる。

「俺だってなまえが好きだ」

何を言ったのか理解ができず、頭の中で何回も繰り返す。それを沈黙と捉えた薫ちゃんは、顔をさっきよりも赤くして「両想いだっつてんだろ」と口元を手で隠した。

それがなんだか可愛くて思わず笑ってしまった。

「何笑ってんだ」

小突かれても痛くなんかなくて「大好き」って抱きつくと、遠慮がちに手をまわしてくれた。

「これ以上可愛くなるな」



そんなこと思ってくれるの薫ちゃんだけだよ!