◇一口ちょうだい

金曜日は一週間の中でも特別。
ちょっと遅くまでデートして帰れるから。


いつも寄る店は私達のお気に入りのお店。個人がやっているお店で、飲み物も食べ物も全部手づくりなのが売りだと聞いたことがある。とても落ち着いた雰囲気で、店員さんも穏やか。ゆっくりと二人の時間を過ごせる環境が大好きだ。食べたことはないが、お昼にやっている定食が有名らしい。そのせいか混むのはお昼頃で、夕方にもなるとあまり混んでいないのも嬉しい。



慣れたように中に入って座る。メニューを開くと「なんやいつものにせーへんのか?」と聞かれた。私のお気に入りはミックスジュースで、贅沢な時はフロートにする。そして白石はいつもハーブティーを頼んでいる。普段なら自分から飲もうとは思わないが、好きな人がよく飲む物だと思うと飲みたくなった。

「これにする」

「え、なまえ苦手やなかった?」

「今日はね、美味しく飲める気がする!」

「ふうん……ほな俺はミックスジュースにしよかな」

「いつもと逆やね」

頼む物が決まるといつも白石がオーダーしてくれる。オーダーしてから作ってくれるので少し時間がかかるが、待っている間にも話がはずんだ。
しばらく会話を楽しんでいると「お待たせいたしました」運ばれてきたハーブティーに口をつける。一口飲むたびにワクワクとした気持ちが段々と落ち着いていく。
三口目あたりからやっぱり飲めないと後悔した。どうしようかと思っていたら白石が自分のグラスを差し出してきた。

「なまえ、そっちと代えてくれへん?」

「え?」

「これも好きやけど、いつものやないとなんか落ち着かへんわ」

「あ、そうなんや!ええよ!」

私が飲んでいたグラスを渡すと「おおきに」と笑って飲んだ。

「なんで笑ってるん?」

「ん?ああ、いや、間接キスやなと思って」

「なっ!白石のスケベ!」


そう言われてしまうと意識して飲めなくなる。ストローをもじもじと弄っていると「ほんまかわええな」にこりと微笑む。その笑顔があまりにも私が愛おしいと言わんばかりでつい悪態をついてしまう。

「そんな顔やめてよ!」

「どんな顔や」

「イケメンすぎて心臓がつらい」

「俺はなまえが可愛すぎて心臓に花咲いとる」

「意味わからへん」

もう!と怒る私の顔は自分でもわかるくらい火照っている。気にする方が恥ずかしいねん!と勢いで飲む。いつものフルーツの甘さが口に広がりほっとする。

「うまいか?」

「うん!」

「今度からこれ飲みたなったら一口あげるから言いや」

「そうする〜ありがとう」

いつもの味に安心した私は、さっきのやり取りをもう忘れていたが。


「そしたらまた間接キスやな」



この一言で思い出してしまい、また飲みにくくなるのだった。