橘:縮まらない数字

好きになったキッカケは転入生が来たという噂を聞いて見に行ったことだった。自分でも単純だと思うけどひとめぼれだった。凛とした姿できっと風がふいてもブレないで真っすぐ立つことができるんだろうってそんな印象だった。それから数日後にテニス部で色々あったと、これまた噂で聞いた。所詮噂だからどこまでが本当かわからないけど、でも印象とブレていなくて関係のない私なのに勝手に誇らしく思ったりした。

「橘先輩、おはようございます!」
「おう、おはよう」
「いつもここで会いますね〜」
「みょうじは規則正しい生活してるんだな」
「健康第一なので!」
「良いことじゃないか」
「えへへ〜ほめられた!」

彼の妹である杏ちゃんとは、私のクラスに転入してきたことから仲良くなった。もちろん下心があったわけではないどころか、兄妹だということを一ヵ月たって知った。さすがに杏ちゃんは驚いてたけど、むしろそうならそうと言ってほしかった。散々先輩かっこいいって話してたのに。でも、家を出る時間を教えてくれたから、こうやって駅前で待ちぶせ……じゃなくて、偶然一緒に登校できるようになったんだけど!

「いつも朝早いけど何してるんだ?」
「ラジオ体操してからの日向ぼっこです」

ふはっと小さく笑うのでなんだろうと思ったら、「おばぁ……猫みたいだな」と言われた。今絶対におばあちゃんって言いかけたな。気づかないふりしてあげたら、俺も日向ぼっこしたいなって空を見上げて言った。

「一緒にしましょうよ」
「そうだな、今度そうするか」
「あ、もうついちゃった。部活、頑張ってください!」
「ありがとう、また明日な」
「はーい!」


今度、なんていつくるんだろう。だって私は二年生で橘先輩は三年生。この冬が終わって春が来たら卒業しちゃうくせに。

「私じゃなくてお兄ちゃんに言いなさいよ」
「うううそうなんだけどさー。歳の差なんて関係ないって思うのに中学生の一年差ってでかいよね」
「そうかな」
「そうだよ!もう来年からここで会えないんだよ?偶然のふりしておはようなんて声かけることもできない……」

はあ、とため息をつくと優しく頭を撫でられた。兄妹そろって優しいんだから!
来年からもう学校で会うことはない。つまりそれはもう偶然がなければ二度と会うことがないということ。卒業生を送るための歌の練習が始まってから歳の差を痛感している。




「あ、橘先輩」

校門をくぐろうとしたところで一人で歩いている先輩を見つけた。声をかけると立ち止まってくれたので慌てて小走りで駆け寄る。

「めずらしいな、この時間に会うの」
「ちょっとボーっとしてて」
「駅までは同じだよな、一緒に帰ろう」
「良いんですか?一人ですか?」
「ああ、今日はやることがあって皆には先に帰ってもらったんだ」
「じゃあ、お言葉にあまえます!」

一緒に登校するとき、いつも隣で歩いていた。けど、さっきの先輩を見る限り本当はもっと歩くスピードがはやい。ペースを落として私に合わせてくれていたんだ。そういうさりげない優しさがたまらなく好きだと思う反面、当たり前のようにしてくれるあたり妹的ポジションなんだろうなって胸がしめつけられる。

「ねえ、橘さん」
「……どうした?」
「もし、もう一年早く生まれてたら、同じクラスになったりしたんですかね」

先輩だとどうしても歳の差を感じてしまうから、さんで呼んでみた。何も言わずに返事をしてくれるのでそのまま会話を続けながら、コンプレックスになりつつある年齢差を彼に密かにぶつけてみる。

「良いな、それ」
「ですよね!たまには一緒にお弁当食べたりテスト勉強したり」

あっさり肯定されてしまい、ああやっぱり年下は嫌なんだなって悲しくなって、適当に思いついたことをペラペラ並べると意外な反応がかえってきた。

「したいのか?」
「え?そりゃあしたいですよ」
「じゃあ明日一緒に食べよう」
「……良いんですか?」
「もちろんだ」

約束ですよって念押しをすると、絶対だと答えてくれた。それでも社交辞令なのではと思い橘さんをチラチラ見ると、それに気が付いたのか、「そのあとは日向ぼっこ、だろ?」と言ってくれたので、嬉しくて何度も頷いた。

「あまりふったら髪が乱れるぞ」

そう言って優しく頭をなでるから、妹ポジションから抜け出すには大人っぽくなるしかないかもしれないと悲しくなった。けど、今更数日で大人っぽくなるなんて、きっとできないから、じゃあどうしたら振り向いてもらえるんだろうって考えた。そうしたら告白するしかないって答えにたどり着いた。

「橘さん」
「今度はなんだ?」
「年下は、だめ、ですか?」
「なにがだ?」

本当にわかってなさそうな返事。確かに脈絡はないけど、それでも鈍すぎるのでは。ヤキモキし、私は橘さんの前にまわりこんだ。

「私なりに、ずっとアピールしてきたつもりです」
「みょうじ?」
「私年下だし子供っぽいし橘さんには似合わないけど、でも」

少し状況が読めてきたのか、表情が強張る橘さん。でも、ここでやめることなんてできなくて目を見つめてハッキリ伝えた。

「私、橘さんのことが好きです」

橘さんはぎゅっと閉じた唇をゆっくり開いた。

「……ごめん」
「いえ、わかってたんで大丈夫です」

わかってた、本当にわかってた。でもいざ本人の口から聞かされると想像もできないくらい辛い。せめて涙を見られる前に去ろうと、「ありがとうございました」を言い切ったと同時に走った。駅について、ポロポロと流れる涙をハンカチで受け止めていると後ろから肩をひかれた。

「みょうじ!」
「ふぁい」
「さっきのは違うんだ」
「違うくないです合ってます」

どうせ、告白かと思ったけど後輩として慕ってくれてる話だよなとか言われるんだ。そんな被害妄想で返事をすると焦ったように「あー……うもういかん」と頭をガシガシとかいた。

「謝ったのは、その、みょうじからそんなこと言わせてしまったことに対してで」
「そんなことって、私にとって大事なことだったんです」
「そうじゃなくて、ほんなこつごめん」

さっきから何が言いたいのかわからなくて、黙っていると私の両手をとった。

「アピールしとったんな俺ん方や、ずっと好いとった」

さっきからちょこちょこ方言が混じるけど、それはきっと本気で伝えようとしてくれているからだと思った。だから、嬉しくてまた泣いたら、やっぱり橘さんは困ったようにオロオロしだした。そしてそっと引き寄せられたから、そのまま腕の中に身を預けた。