◇白石と付き合ってなかった話

好きって言ったら、俺もって答えてくれた。

その日から私は彼女で、白石は彼氏になった。毎日のようにラインしたし、夜更かしができる土曜日は電話だってする。我ながら順調だと思う。一つの不満さえ除けば、の話だが。


「と、いうと?」

「デートしても手繋ながへんねん」

「休みに会ってるならええんちゃう?べたべたしたくない人もおるやん」


確かに人前だというのが理由かもしれない。勝手なイメージだがそういうあっさりした付き合いは大人になってからであって、中学生ってもっとこう、青春っぽいというか……私は触りたいし触られたい。変態な意味じゃなくて。

「ちよちゃんは彼氏と手繋ぐん?」

「繋ぐ。なんならぎゅーもする」

「なんやて……あかん、気になってきた!」

あれこれ考えても私もちよちゃんも白石じゃないからわかるわけがない。わからないなら本人に聞けばいい。思い立ったが吉日、とは言っても明日会うのだから今日はもう寝よう。電話をしてしまいたい衝動を抑えながら布団をかぶった。




待ち合わせ場所に白石が早めに来ている。どっちが先に見つけるか、なんでかわからないけどこれが定番のちょっとした勝負になっていた。

「みーつけた」

「今日こそ私やと思ったのに!おはよう!」

「おはよう、俺の連勝やな」

ほな行こかと歩き出そうとする白石に「聞きたいことあんねんけど」と言えば「なんや」と優しい顔をしてくれた。そのことに安心して昨日から止まらなくなった疑問をぶつける。

「なんでいつも手繋がないん?」

「手?なんで?」

「だってデートやん」

「はは、可愛いこと言うなあ」

微笑ましいよとでも言いたげな雰囲気に、おかしいなと気が付く。デートの概念が違うのか、じゃあ今までのも今日のもなんだっていうんだ。

「付き合ってて出かけたらデートやんな?」

「せやな」

肯定の返事にデートの意味はお互い同じ意味を持っていることがわかる。ではさっきのまるで『デートちゃうやん』とでも言いたげな返しはなんだったのだろうか。照れ隠しか、それなら致し方ない。わけがない。そこはデートなんだと言い切ってほしい。

「今日、デートやんな?」

ここでさすがに違うなんて返事がくるわけないだろう。ただ彼からそうやでという言葉が聞きたかっただけなのに。こんなことになるなんて誰が想像できた。



「え?俺ら付き合ってへんやろ?」



「え?」

「え?」

なんということでしょう。なんて言ったんでしょう。

『何言ってるんだお前』という顔をしているのは私だけじゃない。ということはだ。付き合ってると思ってたのは私だけだったってことですよね。

「好きって言うたら俺もって……」

あの時、告白して受け入れてくれたじゃないか。確かに『付き合ってください』のやり取りはなかったけど、両想いなら一々確認しなくてもそういうことじゃないの?それを確認するも虚しい結果にしかならなかった。

「あれは猫の話してたから、猫のことかと思っててんけど」

「いや、間があったやん!猫の話そこで終わってるやん!なに蒸し返してるの!?」

確かにそんな話してましたけども!嘘やん!ショックを受ける私に白石も動揺していた。あれだ、なにこいつ彼女面してんだとか、そういう痛いやつだ。

「毎日連絡くるし、しょっちゅう遊びの誘いくるから、急に仲良くなったとは思っとってん」

「そこは疑問に思おうよ!流されすぎちゃうかな!NOと言えない日本人かな!」

「元から仲ええ方ではあったし、親友になったのかなと思って」

「おかしくね!?これ親友の域っておかしくね!?」

「でもそれっぽい雰囲気なかったし」

それは私も思ってたけども!ピュアなお付き合いで、これから恋人っぽくなっていくんだと思ってたのに!鈍感にも程があるんじゃないですか。なんだよそれと少しだけ意識が遠のきそうになる。駄目だ。今意識飛ばしたら私がとても残念な人で終わってしまう。落ち着こうと大きく息を吸って吐いた。それにびっくりしたのか怯えたのか白石は肩をぴくっと揺らした。

「異性として見られてると思ってなかってん」

「どんな目で見たら良かったんかな、こう?この目か!?」

もう半ばやけくそでどやどやと迫っても申し訳なさそうな表情はかわらなかった。その顔やめてよ、心が痛い。

「みょうじ、俺のこと好きなん?」

「好きや!言うてるやん!今更そこ確認するの???」

彼は一体何を聞いていたのだろうか。頭大丈夫かな、ボールで強くぶつけたとかかな。

「そっか……もしかしてって何回も勘違いしそうになってんけど、それはないやろって言い聞かせとってん」

「そのまま勘違いしとけよ。それはないって白石の頭やと思うで、色々ひどいなほんまに」

「みょうじも勘違いしてるみたいやから言うけどな」

「言わなくて良い!ていうかさっき聞いたし!俺ら付き合ってへんでって言うんやろ!?わかったから!」

さっきまで垂れ下がっていた眉毛は元の位置に戻り、いつもの爽やかな笑顔。その表情でなんてえぐいことをしようとするのか。めった刺しやないか。


「俺、みょうじが好きや」


「ぎゃあああああああ……あ?え?」

言わなくて良い言うてるのに言いよったこいつ!聞いてたまるか!そう思って大声出したのに。耳から脳に伝わるのが遅れて、ぶっさいくな声を出してしまった。やり直したい。好きって言われたのになんて声出すんだ私。自分でドン引きだわ。きっと白石も引いたんだろうなと顔を見るがさっきと変わらずにこりと笑っている。

「好き?私のこと?」

もしかして都合良く聞き間違えたかもしれないと聞き直す。

「おん」

「そう……そっか……。ほな、今から恋人?私が彼女で白石は彼氏?」

「せやから言うてるやん。そんなん聞かんとって、恥ずかしいわ」

「聞くやろ!!また勘違いやったらさすがに私耐えられへんからね!?」

なんだよ。丸く収まって良かったよ。本当に白石で良かったのかなって言葉が頭の片隅でうろうろしてるけど。これからもすれ違い多くて、その度にこんなやり取りするならしんどいな、とか。いや、すでに疲れてるけど。でも、好きって気持ちは変わらない。恋人らしいことがなかったのは恋人じゃなかったからでした。なんて、まだ恥ずかしいけどいつか笑い話にできたらいいな。


***

「みょうじ」
「なに?」
「手、繋いでデートの続きしよう」
「うん!」