朝はゆっくりしたいから早めに登校する。
誰もいない教室、自分の席で本を読むのが日課。
そして今日も同じ。土曜日で部活だけのための登校といえども、この時間はやめられない。
教室に入り席につくと、読みかけの本を机の中から取り出す。
つもりだった。
「いたっ」
手を入れようとしたら手前の方で何かが指にあたる。
「ちょ、下手したら突き指やったで」
小さな一人言と同時に、その何かを恐る恐る手に取る。
それは可愛らしくラッピングがされており、『ホワイトデー』シールが貼ってある。
ホワイトデー……。
バレンタインデーに誰にもあげていないのに、なぜホワイトデー?
誰かが入れ間違えたのかもしれない。
どこかに名前を書いていないか、よくよく見るとある記憶がよみがえる。
「ねえねえ小春ちゃん、何読んでるん?」
隣の席である小春ちゃんとは仲が良い。
「チョコレート特集!バレンタインもホワイトデーも限定もんでるからチェックせなね」
「甘いもん好きやったんや」
「女の子としては知っておきたいやん」
それで小春ちゃんと一緒にその雑誌を読みながら、どれが可愛いとか美味しそうとか盛り上がった。その一覧からホワイトデーにこんなんもらいたいなと言ったのが今手の中にある物だ。
その時、小春ちゃんと自分以外に周りにいたのは一氏君だけで、彼は小春ちゃんの後ろの席でずっと窓の方を見ていた。
と、いうことは、これは小春ちゃんからだ!
小春ちゃんは今日も朝から一氏君と練習をすると言っていた。
このチョコは友チョコで、小春ちゃんからのサプライズ。嬉しくなった私ははやくお礼を言いたくてテニスコートへ走った。すぐに小春ちゃんの姿を見つけた。
「小春ちゃん!!!」
大きな声で手をふると気がついてすぐに来てくれた。
「なまえちゃん、おはよう」
「おはよう!チョコ、ありがとう!」
小春ちゃんは目を何度かぱちくりさせて首を傾げる。
「なんの話?一緒にチョコトークしたこと?」
「これ!このチョコ机に入れてくれたん小春ちゃんやろ?」
私は机に入っていたチョコを見せる。
「あら、それ貰いたい言うてたやつやないの」
「机に入ってたから小春ちゃんからやと思ってんけど……ちゃうのん?」
しばし二人の間に沈黙ができる。
この微妙になった空気をガラッとかえたのは一氏君の声だった。
「小春〜!なにしてん、練習しよやー」
ふっと小春ちゃんの後ろから現れた。小春ちゃんが影になっていて気がつかなかった。それは彼も同じだったらしい。
「なっ!なんでお前がここにおんねん!!!」
私を見るなり慌てる一氏君。
「私も喉乾いた〜飲んでくるからユウ君待ってて〜」
ニヤニヤしながら去っていく小春ちゃん。
すぐに追いかけるだろうと思った一氏君は意外にも動かない。ずっと私の足元を睨んでいて、この沈黙に気まずくなった私は声をかける。
「おはよう、朝早くから練習してるんやね」
彼はこちらを睨み付け口を開けたり閉めたり、何かを言おうとしているが言葉が見つからない感じだ。だから私はまた話始める。
「あの、ね、今日学校来たら机にチョコが入っとってん、やから小春ちゃんかな思ってここまで来てんけど、ちゃうかったみたい」
他の人と机間違えたんかもね、うち誰にもバレンタインデーあげてへんもん。
この雰囲気を壊したくて早口で喋ってしまう。
「……てへん」
やっと声をだしたかと思えば聞き取れない。
「え?」
「やから!間違えてへんって言うたんや!」
それだけ言うと彼はすぐに背をむけコートへと走っていく。
残された私は彼の言葉の意味を考える。
少しずつとけていく疑問に、思わず期待が混じりチョコを持っている手に力が入ってしまう。
「そんなん、ずるいわ」
気になってしまうやんか。