◇一氏からの逆チョコをもらう話

朝はゆっくりしたいから早めに登校する。
誰もいない教室、自分の席で本を読むのが日課。

そして今日も同じ。土曜日で部活だけのための登校といえども、この時間はやめられない。
教室に入り席につくと、読みかけの本を机の中から取り出す。

つもりだった。


「いたっ」

手を入れようとしたら手前の方で何かが指にあたる。

「ちょ、下手したら突き指やったで」

小さな一人言と同時に、その何かを恐る恐る手に取る。

それは可愛らしくラッピングがされており、『ホワイトデー』シールが貼ってある。

ホワイトデー……。
バレンタインデーに誰にもあげていないのに、なぜホワイトデー?

誰かが入れ間違えたのかもしれない。
どこかに名前を書いていないか、よくよく見るとある記憶がよみがえる。



「ねえねえ小春ちゃん、何読んでるん?」

隣の席である小春ちゃんとは仲が良い。

「チョコレート特集!バレンタインもホワイトデーも限定もんでるからチェックせなね」

「甘いもん好きやったんや」

「女の子としては知っておきたいやん」

それで小春ちゃんと一緒にその雑誌を読みながら、どれが可愛いとか美味しそうとか盛り上がった。その一覧からホワイトデーにこんなんもらいたいなと言ったのが今手の中にある物だ。

その時、小春ちゃんと自分以外に周りにいたのは一氏君だけで、彼は小春ちゃんの後ろの席でずっと窓の方を見ていた。



と、いうことは、これは小春ちゃんからだ!

小春ちゃんは今日も朝から一氏君と練習をすると言っていた。

このチョコは友チョコで、小春ちゃんからのサプライズ。嬉しくなった私ははやくお礼を言いたくてテニスコートへ走った。すぐに小春ちゃんの姿を見つけた。

「小春ちゃん!!!」

大きな声で手をふると気がついてすぐに来てくれた。

「なまえちゃん、おはよう」

「おはよう!チョコ、ありがとう!」

小春ちゃんは目を何度かぱちくりさせて首を傾げる。

「なんの話?一緒にチョコトークしたこと?」

「これ!このチョコ机に入れてくれたん小春ちゃんやろ?」

私は机に入っていたチョコを見せる。

「あら、それ貰いたい言うてたやつやないの」

「机に入ってたから小春ちゃんからやと思ってんけど……ちゃうのん?」

しばし二人の間に沈黙ができる。



この微妙になった空気をガラッとかえたのは一氏君の声だった。



「小春〜!なにしてん、練習しよやー」

ふっと小春ちゃんの後ろから現れた。小春ちゃんが影になっていて気がつかなかった。それは彼も同じだったらしい。

「なっ!なんでお前がここにおんねん!!!」

私を見るなり慌てる一氏君。

「私も喉乾いた〜飲んでくるからユウ君待ってて〜」

ニヤニヤしながら去っていく小春ちゃん。

すぐに追いかけるだろうと思った一氏君は意外にも動かない。ずっと私の足元を睨んでいて、この沈黙に気まずくなった私は声をかける。

「おはよう、朝早くから練習してるんやね」

彼はこちらを睨み付け口を開けたり閉めたり、何かを言おうとしているが言葉が見つからない感じだ。だから私はまた話始める。

「あの、ね、今日学校来たら机にチョコが入っとってん、やから小春ちゃんかな思ってここまで来てんけど、ちゃうかったみたい」
他の人と机間違えたんかもね、うち誰にもバレンタインデーあげてへんもん。

この雰囲気を壊したくて早口で喋ってしまう。

「……てへん」

やっと声をだしたかと思えば聞き取れない。

「え?」

「やから!間違えてへんって言うたんや!」

それだけ言うと彼はすぐに背をむけコートへと走っていく。

残された私は彼の言葉の意味を考える。
少しずつとけていく疑問に、思わず期待が混じりチョコを持っている手に力が入ってしまう。

「そんなん、ずるいわ」

気になってしまうやんか。