部室に置いてあったはずのタオルがない。おかしいなぁ、なんてひとりごとをこぼしながら探していたら、ゆっくりとドアが空く。そちらに視線をやると、訝しげに私を見つめる越前と目があった。
「ねぇ越前、ここに置いてあったタオル知らない?」
「……ああ、それならさっきついでに洗濯しておきましたよ」
彼が指差した窓の外には、テニス部のみんなが使うタオルと私のお気に入りのタオルが一緒になって風に揺れている。
「洗濯回してくれたの!?マネージャーの仕事なのにごめんね、ありがとう」
「うぃっす」
「でもどうしようかな、顔洗いに行きたいんだけどタオルあれしか持ってきてないんだよね」
私がそうして唸っていると、越前はロッカーから真っ白なスポーツタオルを取り出して私に差し出した。
「これ使えば?」
そう言われて私は一瞬動きを止める。本人にとっては何気ない一言だとわかっているけれど、私は彼がたまに遣う、友達に話しかけるような口調がたまらなく好きだった。
「……越前が困っちゃうよ」
「別に平気っすよ、それ予備なんで」
「へぇ、予備……予備?」
予備を用意していることがなんとなく意外で、受け取ったタオルをぎゅっと抱きしめる。柔軟剤の爽やかな香りが漂ってくるとなんだか恥ずかしくなってきて、赤くなっていく頬を隠すように埋めた。
「ありがと」
「みょうじ先輩、なんか照れてる?」
「照れてない」
「ふーん?」
私の顔を覗きこもうとする越前をなんとかかわして、一刻も早くこの場を立ち去る理由を考える。
「顔洗ってくる!」
「じゃー俺も」
それでは意味がない、なんて言えるはずもなく無言のまま早足で彼の前を歩く。堪えようとして堪えきれずに漏れでる彼の笑い声には、気付かないフリをした。
ぱしゃり、と頬を叩くようにして顔を洗う。わざと越前を見ないようにしていたのに、強すぎる水しぶきが隣から飛んできて思わず彼のほうを振り向いてしまった。
「……豪快だね、越前」
頭から水を被ってびしょ濡れになった彼は、このほうが気持ちいいだなんて言い放つ。澄ました顔をしているのが格好いいだなんて浮かれたことを思ってしまって、そんな自分を戒めるかのように私も頭のてっぺんから水を被った。
「ちょっと、先輩?」
「あはっ、本当だー!気持ちいい!」
髪を掻きあげながらそう言うと、越前は吹き出すようにして短い笑い声をあげた。
「先輩って本当に馬鹿だよね、一周回って可愛く思えてきた」
「でしょ、彼女にいかが?」
そうして訪れた沈黙のあと、言葉の選択を間違えたことに気が付いた。何か取り繕わなければと焦れば焦るほど、幼稚な言い訳しか思い浮かばない。
「嘘うそ、今のなし!」
「是非、って言おうとしたのに。嘘なんすか?」
涼しい顔で、淡々とした様子で、彼は今なんと言ったのだろう。
「彼女にってやつ、冗談だったんすか?」
畳み掛けるかのようにイエスかノーでしか答えられない質問を投げられると、正直に答えざるを得なくなる。
「じょうだ、……ん、じゃないです」
「そ、嘘じゃないなら話は別だから。ってことで決定ね」
ただそこに立っているだけで精一杯で放心することしかできない私に、越前は軽く微笑んで見せる。
「なまえ、今日一緒に帰るよ」
顔が熱くなるのも、背中に汗が伝うのも、越前の声が甘く聞こえるのも、夏の暑さのせいにしてしまおう。
夏:「洗濯しておきました」「嘘じゃないなら話は別だ」
あまもよう:蓮見あんり
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