「みょうじさんって良い子やと思わへん?」
少し照れ笑いで彼の友人、白石蔵ノ介に話したのはつい先月のこと。
彼女を見つめる目はいかにも恋をしていますという輝きをもっていたため白石は「せやなあ、ホレてまいそうなるくらいに可愛いしなあ」と返した。それに対して忍足謙也は「あかん!白石が相手とか敵わんわ!」好きだとあっさり認めてしまった。
忍足謙也とみょうじなまえは元々仲の良い二人なので、付き合うまで時間はかからなかった。
その二人に新たな変化が訪れようとしていた。
「謙也、最近元気ないな」
そうなげかけたのは冒頭にも出てきた白石である。
「あーちょっとな」
「どないしてん」
何でも話す彼には珍しく口ごもるので、思わず聞いてしまう。
「ん、みょうじさんとな付き合って一ヶ月くらいやねん」
「おん」
「俺のこと忍足君っていうねん」
「おん」
察しの良い白石はここまで聞けば、彼が何を求めて何を悩んでいるのか手にとるようにわかった。
「名前で呼んでほしいなあ思ってんけどタイミングとかがわからんくて」
やっぱり、と白石は苦笑した。
「してほしいことは自分からせな」
彼に言えることはこれくらいだった。
そうか、まずは自分からか。
そう納得した忍足謙也はさっそく彼女の元へ行った。
「忍足君やん、なまえ呼ぼうか?」
「お、おん」
さっそく彼女のいる隣のクラスに行き、どう呼ぼうか悩んでいると彼女の友達が気がついてくれた。
(名前で呼ぶねん!なまえ…なまえ今日一緒に帰らん?)
心の中でぶつぶつと台詞を練習する姿は真剣そのものだ。
「忍足君、どないしたん?」
わざわざ来るなんて、ほよよっとした雰囲気で現れる彼女に(か、かわええ……!!!)思わず言葉がでないのは男ならきっと共感できるであろう。
「忍足君?」
おーい、と首を傾げながら彼の目の前で手を横にふる姿に我にかえる。
「あ!いや、今日一緒に帰らへんかなあと思って!」
「ええのん?うん、一緒に帰ろう」
わーいと素直に喜ぶ姿は今すぐ抱き締めたくなるものだが、そこはぐっと堪えることで自我を保つ。
ほなまた放課後ね、と別れほくほくと教室に戻り白石から名前呼べたか?と聞かれ当初の目的を思い出して落ち込むのであった。
(だ、大丈夫や!帰りがある!ほななまえまた明日な!って帰れば良いんや!)
「そんでな……忍足君?どないしたん?」
はっと気がつけば彼女が心配そうに彼を見つめる。
(あ、え?いつの間に放課後?あかん全然話聞いてへんかった!)
「体調悪いんやったら送ってもらわんでも大丈夫やで?」
「い、いや!ちゃうねん!」
「ちゃうのん?」
「せやねん、ちゃうねん」
何も違わないのに「ちゃうねん」、を連発してしまうのは関西人のあるあるだ。
「あー……あんな付き合って一ヶ月なんやなあって考えてて」
「ほんまに?うちもやねん!もう一ヶ月ってなんか信じられへん」
さっきまでの不安そうな表情は消え、にこにこ笑顔で手をぶんぶんする彼女。
「うちな、忍足君が好きや言うてくれて夢ちゃうかなって思っててん。でもこうやって一緒に帰ったりメールとかもしてて、ほんまに彼女になったんやって嬉しい」
えへへっと笑う姿に堪えられなくなった彼は思わず、ぎゅうっと強く抱き締め肩に顔をうずめる。
「お、忍足君?」
「俺も夢ちゃうかなって、でもこうして抱き締められるもんな」
彼女の耳元で聞こえる彼の声はいつもより低く感じた。体温と心臓の音が伝わりそれがまた伝染し、もうどちらの体温なのかどちらの心臓の音なのか一瞬でわからなくなる。
「これからも、よろしくななまえ」
「あ……名前」
自然と名前を呼べたことに対して自覚がなく焦り「あ!いや!これは、その、な!?」慌てて離れ両手をぶんぶんと振るが、それは彼にも彼女にも何の意味もなさない。
そして彼女の顔も彼の顔も赤いのは名前のせいか抱き締めたせいかは誰にもわからない。
「うちも、名前で呼んでもええかな?」
「!!!もちろん!」
「えっと……け、謙也君」
「お、おん」
「えへへ、なんか照れるね」
(なんや名前で呼ばれたかったんは俺だけやなかってんな)
「ほな、帰ろか」
そう言って彼は手を差し出した。
そして二人は手を繋いで仲良く帰って行く。