視線が絡む午後

私が好きになった忍足君という人は、優等生というタイプではないが不真面目というわけでもない。ごく普通に授業を受けているような人だったのに、最近はよく注意されるようになった。

「忍足」

「はい」

「ボーッとしてへんと問題解いてや」

その理由は外をよく眺めているから。
席替えをして窓際に移ってからそういうことが多くなったと思う。なんてストーカーじみたことを言えるのも、忍足君よりも私の方が後ろの席なのでよく見えるからだ。とはいえ、私も窓際の席になってから無意識に外を見てしまうことが増えたので、つい眺めてしまう気持ちがよくわかる。でも、忍足君の場合、『なんとなく』ではなくて『何かに集中している』ように見えた。

お昼休み、忍足君はお弁当を持って白石君の席にやってきた。

「最近ひどいんちゃう」

白石君のその言葉は、きっとよそ見の話をしているんだろう。忍足君も「無意識やねん」とため息をついていた。

「ヘタレ」

「なんでやねん!」

「この前言うてたやつやろ?」

「この前?」


「好きな人、見てるんやろ?」


聞かないようにしようと思いつつも、白石君と私は隣の席なので聞こえてきてしまう内容にドキドキした。好きな人、知りたいような知りたくないような。好きな人がいるってわかった時点で失恋確定だし、じゃあ相手は誰なんだろうと考えてしまう。けど誰かわかってしまったら二人をそういう目で見てしまうし、自分と違うところを見つけては落ち込むんだろうな、と思った。
よく外を見ているのは好きな人がいるからなんだ。さっきの時間、体育やっていたのは何組だったか、そこまで考えてやっぱり詮索するのはやめようと小さく首を振った。

すっかり自分の世界に入り込んでいたため二人の会話はもう聞こえていなかった。だから名前を呼ばれてすごくビックリした。

「みょうじさん」

「へあい!?」

驚きすぎて変な返事になってしまい注目を浴びる。ひっそり過ごしてきた私には注目の的なんて慣れていない。恥ずかしくて両手で顔を隠した。

「みょうじさん?」

もう一度呼ばれ渋々顔を出す。一度無視してしまう形になってしまっても、白石君は笑顔で待っていてくれた。

「なんでしょうか……」

「いや、かわええなと思って」

いきなりなんだ?ていうかそれはないだろう、と心の中でつっこむ私はやはりかわいくない。ありがとうございます、すら言えないなんて。異性から可愛い、なんて初めて言われてなんと返せばいいかわからずだんまり。そんな私をにこにこと眺める白石君。

「白石!」

そこに助け舟をくれたのが忍足君。優しいなと思ったけど、結構冷たい空気にもしかしたら怒っているのかもしれないと感じた。ただ何を怒っているのかわからないし、それでも白石君は「俺は直接見つめたい派やねん、なーみょうじさん」とさらに絡んできた。

「え、と?」

「みょうじさんは好きな人のこと鏡越しと直接、どっちで見たい?」

「は、恥ずかしいから鏡越し、かな?」

すると、似た者同士やんと笑ってお弁当を食べ始めた。よくわからないが私もそろそろ食べようとお箸を持った。顔の火照りがとれないまま、もそもそと食べていると忍足君から声がかかった。

「好きな人、おるん?」

「え!?わ、私に聞いてる、の?」

「おん、おるん?」

なんで聞くかな、と焦るがもうそれが答えになっていたみたいで、ふうんと一言。

「忍足君が、好きな人はどんな人?」

なんとなく気まずくて、なんとなく口にした言葉もすぐに後悔した。
それを聞いてどうするんだって話だし、お前と全然ちゃう人って言われたらショックすぎる。でも言ってしまったものはどうしようもなくて、なんでもいいから早く何か答えてよこの会話終わらせようよ!って心の中で急かすしかなかった。忍足君も私もすっかり沈黙してしまって変な空気になったところで、白石君が一言こう言った。



「窓、見とったらわかるんちゃう?」