◇私の知らない君

眠かった午前の授業がやっと終わり、お昼ご飯を食べようとせわしなく動き出す教室。いつも一緒に食べているクラスメートのちよはいない。赤点で呼び出されたそうで、他の人が誘ってくれた。しかしなんとなく気分ではなく一人で食べることにした。

「屋上は味気ないよなあ、裏庭行こうかな」

裏庭なら今の時間は陽があたって気持ち良いはずだ。ハンカチを敷いて緑を眺めながらポカポカしながらお弁当を食べる。考えただけでもう美味しい!決めたなら早い、さっそく私は裏庭へむかった。

「良かった、誰もおらん」

さっそくご食べる準備をしお弁当に手をつけようとしたその時だった。


「なまえ」


声がした方を向くと、幼なじみの白石蔵ノ介が立っていた。

「蔵、どないしたん?」

「お弁当持って外行くとこ見えたから俺も来てみたんや」

ニッと笑って上げる手には彼のお弁当。

「そうなんや、一緒に食べよう」

「おん、そのつもりやで」

本当は少しさみしかった。

「一人なんてめずらしいな、友田さんはどないしたん?」

「赤点で呼び出されたんやて」

「赤点……なまえはちゃんと勉強しいや」

「大丈夫、とったことない」

普段の何気ない話をしながらご飯を食べ終えた。
一息ついてまたお喋りがはじまる。蔵はむかしから話を聞くのもするのも上手で私とは大違い。いつも一緒にいて退屈しない。家族とおるよりも安心する。

「今度ご飯作ったる、またうちおいでや」

「え、ほんま!蔵のご飯好き!」

バッと蔵の方を見るとニコッと返された。

「ほんで出掛けようや」

「久し振りやねー部活休みなんや」

「せやねん」

「ご飯なんやろー楽しみやなあ」

「きのことサーモンのクリームパスタやな」

「え……うちの嫌いなんばっかりやん」

一瞬意地悪な顔をしたが、私は彼の性格を忘れていたようだ。

「なまえはわかってへんなー。きのことサーモンとクリームの偉大さを!かなり良い組合わせなんやで!今の俺らに必要や!」

なんでもきのことサーモンとクリームでビタミンDかなんかとカルシウムとを取り、日光に当たることで骨が強くなるんだとか。あぶらたっぷりのったサーモンが良いんやとかなんとか……うっとりした顔で頷いている彼には申し訳無いが、嫌いなもんは嫌いなのである。

少し不満げな顔をしていたらポン、と頭に手がのった。

「美味しく作るから、食べてな」

そんな優しい顔をされたら食べないわけにはいかんやん。

「うん」

「ほな、ぼちぼち戻るか。そろそろチャイム鳴るで」

「蔵、ほんまはな1人で食べるん少し寂しかったねん。追いかけてきてくれてありがとう。」

「知ってる」

「そっか」

「どういたしまして。ちなみになまえは知らんやろうけど、わざわざこんなんするん自分にだけやからな」

急に真剣な顔をされた。こんなに真剣な顔テニス以外で見たことがない。まして自分にむけられるだなんて。

「幼なじみの得やな!」

このなんとも言えない空気をどうにかしたくてわざとらしく大きな声がでた。蔵は少し困った顔をしてまあ良いかというように少しため息をつく。

「ほら、行くで」

差し出された手を当たり前のように握り、当たり前のように横を歩き教室へと戻る。



さっき見た顔を私は知らなかった。
幼なじみなのに知らなかった。

ああいう知らない顔をいっぱい持っているのかもしれない。それを私が知らない人達は知っているのかもしれない。それをずっと隣で違う誰かが見ていくのかもしれない。

なんだろ、このモヤモヤした気持ち。
わからなくなって不安につぶされそうになって思わず握っている手をギュッと強く握ると、こっちを振り返った蔵がまた強めに握り返してくれた。

急に蔵が遠く感じる。
今はまだこのまま一緒にいたい。

この気持ちをそのまま伝えたら蔵はどんな顔をするだろう。