ずっと好きだった人に告白をされ付き合ってから一ヶ月がたつ。その間いつでも私を支配しているのは不安だった。
「なまえ、今日は先に帰っとって」
「うん、わかった」
毎日一緒に帰ろうと約束したことはないけど暗黙の了解となっていた。こうやって別々に帰る日も珍しくはない。人気者の彼を見るために残る人も朝早く来る人もいるし、メールするくらい仲の良い人だっている。だからって『浮気される』なんて思いはない。
でも私なんかより良い人はいっぱいいる。それに気がつかないでほしい、ずっと私だけを見といてほしい。そんな思いがちょっとしたことでも私を簡単にどん底まで突き落とす。
今日一緒に帰れない理由はなに?
聞けるわけがない。だから私はいつも聞き分けの良いふりをする。大丈夫、きっと部活終わりにみんなでどこかへ寄るんだろう。
「すまんな、夜に電話する」
優しく微笑んでそっと頭を撫でる。その声も、その顔も、手も、何もかもが好き。
「うん、まってるね」
不安というものは時に現実に起こってしまうものだ。いや、不安だからこそ敏感になるのか鈍くなるのか。つまりどういうことかというと『私は不安についていけなくなった』ということだ。
今日の昼休み、一緒に食事をした後めずらしくジュースを買ってくると席を外した仁王。
彼が置いて行った携帯に女の名前から着信が入った。戻ってきた時に携帯なっていたよと伝えるとその場で確認していた。チラッと覗き見してしまったのがいけなかった。そこには可愛らしい絵文字つきで『また行こうね』と書かれていた。その場はなんとか冷静を保ったがもう駄目だった。
いつフラれるか。
いつ離れていってしまうか。
仁王を疑っているわけではない、でもそんな風に考えてしまう自分が嫌だった。
その人は誰なの。
どういう関係なの。
どこで何をしていたの。
たった一ヶ月、それでも私には長い時間だった。告白された時は間違いなく嬉しかったのに、ずっと不安でたまらなかった。
もう限界だと思った。
「別れる」
そう告げた時の彼の顔は一生忘れない。なんでなのか理由を聞かれたけど答えなかった。辛くてアドレス帳から消すのも躊躇ったが、消さないといつまでも引きずりそうだから消した。
別れを告げてからもメールが届いたが開いた事はないし電話もとらなかった。なんで別れたというのに連絡がくるのか、学校でもなるべく会いたくなかったが同じクラスだから関わらないようにするので精一杯だ。
ここ最近寝不足だったが休むことなく出席したのがいけなかった。友人からも顔色が悪いと心配されたが、みんなが思うより元気で意識もハッキリしている。ただ問題なのは顔色が悪い、それだけだった。しかしその問題が新たな問題を引き起こしたのだ。
「先生、みょうじさんが体調悪そうなので保健室に連れて行きます」
授業中いきなり聞こえた声に驚く。先生も私を見てすぐに納得し頼むと言った。私は大丈夫だと断る間もなく手を引っ張られてしまう。
無言で私の手をとり早歩きで進む仁王。強ばっていたのは彼にバレバレだろう。どこに行くのかと思ったが意外にもちゃんと保健室だった。
「寝不足じゃろ、ちょっと寝ときんしゃい」
「でも、先生いないし」
「いつもこの時間はおらんのじゃ、言うとくき心配しなさんな」
こんなに話をするのはいつぶりだろうか。仁王は私を一番端のベッドに寝かせた。
「……なんで、別れる言うたんじゃ」
ここでこの話をされるとは思っておらず答えるのに時間がかかった。いまだに握られている手が逃げられない事を告げている。
「私が、弱いから、不安に勝てないから」
「何が不安なんじゃ」
「いつか……仁王が離れていくこと」
そう伝えると沈黙になった。この沈黙に堪えられなくなりずっと怖くて見ていなかった彼の顔へ視線をむける。すごく悔しそうな今にも泣きそうな顔をしていた彼がいた。
「仁王……」
思わず声をかける。
「誰が離れていくって?離れていったのはお前さんじゃろ」
仁王のその言葉にハッとした。私がずっと抱えていた恐怖を彼に与えてしまったのだ。
私が逃げることでその恐怖を彼に渡してしまった。なんてことをしてしまったのだろう。泣きそうになるが涙はでなかった。
だって彼が泣いていたから。
「お願いじゃから俺のこと信じて、本当に好きじゃき」
「私……」
「なまえ、もう一度俺と付き合ってください」
不安は、もうない。
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