◇好きになってほしいだけ

まわりに誰もいないよね?

きょろきょろとあたりを見渡してから、鞄を探る。あった!今日の帰りは新発売の謎味プリッツを食べながら帰るんだ!そう意気込んで待ちきれずに1本口に入れようとした。

「おい、そこのちっこいの」

びくりと思わず肩を揺らす。まずい、おかし持ち込んじゃ駄目なのに堂々と学校で食べちゃった。怒られる!
ぎゅっと目をつむり、すみません!と声に出そうとした時だ。

「それは、なんだ?」

固くつむったはずの目を開けてみると、その長い首をかしげてただただ不思議そうにする跡部様がいた。





あの出来事のあとから、跡部様は庶民のおかしをいたく気に入ったようだった。今日は何があるんだとか、他におもしろいものはないのかとか、私たちはおかしに関する話をよくするようになった。

「跡部様跡部様!2月になったから、新商品がたくさんでてるんだよ!」

敬語で跡部様に話しかけた時に、同い年なんだからやめろ、と言われたので普通に話している。跡部様って意外と気さくな事を3年になって初めて知った。

「これがね、ハイチュウ焼き芋味。カントリーマァムの焼き芋味に、わたあめ焼き芋風味もあるよ!」
「芋味ばっかりじゃねーか」

呆れたような言葉を口にしながら、同年代の男の子とかわらない無邪気な笑顔を浮かべる。迷惑とは思われていない、と解釈しておすそわけをした。

「ハイチュウが意外といけてるんだよ!今日の焼き芋味セレクションの中でナンバーワン!」
「俺はわたあめ?が好きだ。このふわっと溶けるのにベタつく後味がなんとなくクセになる」
「おお、跡部様マニアックだねー」

明日も楽しみにしている、そう言って跡部様は部活へ向かっていった。


明日も明後日も来てくれたらいい。でも、いつまで来てくれるのかな?私は気付いてしまった、この他愛もない時間がどうしようもなく好きなことに。

そして、跡部様を好きになってしまったことに。

恋に落ちる、とはよく言ったものだ。その言葉の通り、私は跡部様の少年のような笑顔に落ちてしまった。

あれから約二週間、バレンタインを明後日に控えたこの日。これで最後にしようと、ひとつのおかしを手に取った。


「どうしよう、緊張してきた」
「何がだ?困りごとならなんでも言ってみろ」

思わず出た独り言に返事が返ってきたので、驚いて鞄を落としてしまった。無言でさっと中身と鞄をひろう跡部様を前に、私はただただ立ちすくむ。

「ご、ごめんね!ありがとう」
「いや、これくらい構わねぇよ」
「お礼に今日はこれをまるまる一つあげましょう!」

今しかない。そう思って、私は昨日買ったばかりのチョコレートを差し出した。

「でもね、跡部様。これでおしまいにしよ?」

駄目だ、泣いてしまいそう。
でもここではぐっと涙をこらえて、ちゃんと伝えなくちゃいけない。

「跡部様とこうやっておかしについてたくさん話せて楽しかった」

ありがとう。そう言い残して、私は教室から逃げるように飛び出した。



明日はバレンタイン。
きっと彼はたくさんの特別な思いのこめられた贈り物をもらうのだろう。それを渡す勇気は、私にはない。
バレンタイン前日の今日、自分なりにこの恋心と少しの思い出にけじめをつけた。



バレンタイン当日は、おそろしいことになっていた。むせかえるようなチョコレートの香りと、それとは違う甘い香りをまとった女の子達が跡部様のまわりにいた。昨日、最後とはいえ静かにチョコレートを渡せてよかったと素直に思えた。

放課後、さっと教室から出て裏門へ回るべく足を進める。でも、未練がましくも一目だけ跡部様を見ていきたくて、テニスコートに足を向けた。

「おい、そこのちっこいの!」

聞き覚えのある声と台詞で呼び止められ、驚きを隠せないまま立ち止まる。

「……なまえ、これをやる」

ぎゅっと箱を押し付けられて、再び驚いた。これは、いつだったか『買うんじゃなくて貰ってみたい!』と話していた、バレンタイン限定のチョコレート?

「ホワイトデー、楽しみにしてるぜ」

どういう意図があるのかはわからなかったけど、やっぱり彼が好きだと思った。