「あっ、見て一氏!ちーたんがおる。ちーたーん!」
「はあ?誰?ああ、千歳か。お前ほんま好きやな」
「ちょっと!聞こえるやんやめて!」
「んなわけあるかいどあほう、ここ三階やぞ」
風にあたろうと窓を開けたら、大好きな人が木陰で休んでいるところを見つけた。大きく手を振ると、それに気付いて手を上げてくれる。
(そっちに行ってもいい?)
身ぶり手振りでそう伝えてみると、おいでおいで、と手招きされた。すでに興味を失っていた一氏には声もかけず、人にぶつからないように廊下を走り抜け、急ぎ足で階段をかけ降りる。
「ちーたん!会いたかった!」
「はは、俺も。なぁ、これ、なまえちゃん飲まん?」
「え?いいん?」
昼休みにこうして一緒に過ごせるなんて、とても幸運だった。すでにストローがささっている紙パックのジュースを、なんの躊躇もなく受けとる。
「うぇっ、これ、えーとその」
「甘いん、好きやって言っとったけん」
冷たさを失ったそれは、くどいほど甘かった。飲みかけのものをくれようとしたのはこういう理由だったのかと納得しつつ、甘いにも限度があると思って迷わず返す。
「ありがとうね、でもお返しします」
胸元に押し付けるようにして無理矢理渡すと、楽しそうに笑いながらそれを私の膝元に乗せた。
「なまえちゃんにあげる」
「いやいや、一口もらったし大丈夫!」
「遠慮せんと」
「お気遣いなく」
私たちの間を行ったり来たりする紙パックのジュース。きりがないので、思い切ってストローをちーたんの口元へ差し出す。
「……もー!ちーたんが飲んで!」
抵抗することもなくそのままおとなしく飲み続け、しばらくしてから自分の手で持ち直す。にやりと笑ったかと思うと、私がそうしたように彼もストローをこちらへ向けた。
「なまえちゃんも、あーん」
ほら、と急かされてつい口に含んでしまう。ただでさえ甘すぎるジュースが、より一層甘味を増した気がした。
「甘すぎるー、もう飲まれへん」
「ほんなら俺頑張って飲むけん、飲ませちくれんね?」
再び膝元に戻ってきた紙パック。彼を見ると、小さく口を開けて待っていた。そんな様子が憎らしいほど可愛くて、つい意地悪をしてしまいたくなる。
「頑張るも何も自分で買ったんやろ?」
空いている手を伸ばしてほっぺたをつねれば、痛い痛いと言いながらニヤニヤしていた。なんだか楽しくなってきて、私もきっと同じような顔をしていると思う。
「のーまーせーちー」
「いーやーやー」
「…………お前ら何やっとん」
声のしたほうを振り向くと、呆れた顔をした一氏とはしゃいでいる小春が立っていた。
「もうユウくんったら、ふたりの世界を邪魔せぇへんの」
「やっとくっついたんかお前ら」
「ふたりともシャラップ!……ごめんねちーたん、私とそんなふうに勘違いされてもて」
「いんや?嬉しかよ」
「えっ、どういう意味!?」
期待しながら聞いてみれば、わしゃわしゃと髪を撫でられる。
「さあ?なまえちゃんはそげんわかりやすかとこがむぞらしかねー」
「めっちゃはぐらかされた気ぃするけどこれはこれでイイ!うふふ!!」
「千歳はんの愛はひねくれてるわね、なまえちゃんは気付いてないみたいやけど」
「あほやな」
「ちょっと一氏!ちーたんのこと悪く言わんといてくれる?」
「お前のことじゃボケが」
いつの間にかふたりきりじゃなくなっていたことにむっとしていたけど、彼が楽しそうにしているからどうでもよくなった。紙パックのジュースは依然として膝の上に乗ったまま、甘い匂いを放っている。もう一度手にとって大きく腕を伸ばし、有無を言わさず持ち主の口元へ持っていく。
「ちーたん、はい」
一瞬困ったような顔をしていたけど、観念したようにストローを口にくわえた。ちゅう、と最後まで飲み終えたところで、よしよし、と豊かな髪を撫でる。自分がされて嬉しかったからしたことだけど、騒がしいふたり組にまた冷やかされた。