◇謙也とガチャガチャをする話

入学してしばらくすると、テニス部にかっこいい人達がいると噂になった。一度一緒に見に行こうと誘われ、ついて行ってから気になりだしたのは忍足謙也。教室まで聞こえてくる彼の元気な声。いつでも誰にでも笑顔を向けるところが私とは違って魅力的に見えた。

ある日の放課後、いつものように教室から外を眺めていると、テニスの練習をしている人たちの中に忍足がいなかった。

「あれ、どうしたんかな」

ひとりごとをぽつりとこぼすと、教室のドアが開く音がした。

「自分、部活行かんでええの?」

それは間違いなく私の探していた人で、驚くあまり返事をすることすらできなかった。何も言えずただ見つめているだけの私に「俺は忘れ物してん。急がな部長に怒られるわ!みょうじさんも遅刻せんようにな!」そう笑って教室を出て行った。

思えば忍足から名前を呼んでもらえるのは初めてだ。知っていてもらえたことが、じわじわと実感してくる。うんくらい言えば良かったのに、そう反省しながらあつくなっていく頬を冷えた両手で覆った。

部活を終えるとすぐ、楽しそうにおしゃべりをしている友人たちに声をかけて立ち去る。
あの時からずっと頭のなかに残っていた彼との会話を噛みしめたくて、ちょっとだけ遠回りをしながら帰っていると、駅前のすぐそばにある商店街が目に入る。なんとなくそちらへ足を進めると、変わったガチャガチャを見つけた。
本体には”お楽しみ”としか書かれていない。何が入っているのか気になって、私は硬貨を入れてつまみを回してみた。早速中を見てみると、ある動物をかたどった消しゴムのようだった。

幼稚園のころ、こういうの集めてたな。
トカゲっぽい形をしていいるそれをくるくる回しながら懐かしむ。消しにくいどころか汚れが広がったこともあったことを覚えているが、なんとなく筆箱にしまった。もし彼が消しゴムを忘れたなんて会話をしていたら渡せるかもしれない、なんて想像をしながら帰宅した。

翌日も声をかけることなんてできなくて、筆箱のなかにしまいこんだ消しゴムをそっと撫でる。
いつものように一日が過ぎたから、いつもと違うことがしたくなったけど、結局いい案が思い浮かばず昨日と同じあのガチャガチャのある商店街へと向かった。硬貨を入れて、つまみを回す。夢中になっている自分がおかしくて、小さく笑った時だった。

「何が入ってたん?」
「び、っくりした……」

近くから聞こえた声にふりかえると、忍足が私の手にあるカプセルを興味ありますと言わんばかりに見ていた。慌てて開けるとやはり昨日と同じ動物の消しゴムが入っていた。

「あ、きりん」

そう言って消しゴムを彼に渡した。

「ええなー。これやって消しゴムでたことないねん」
「忍足は、なにがでたん?」

好奇心で聞いてからはっとした。うわ、忍足としゃべってる!

「俺?俺はー、あー……誤解せんとってな?」

そういってカバンから出したのは、いちご柄の小さなパンツだった。なんと言っていいのかわからず曖昧に笑うと、彼も困ったように笑っている。

「スマホのパンツ、やねんて」
「……あー、可愛いね?」
「今日こそ消しゴムやとええなぁ」

そう言いながら彼はガチャガチャをまわすと、ひとつのカプセルが手元に落ちる。中身は狙ったかのようにスマホのパンツだった。

「また……!!!」

彼の驚いた表情が面白くて笑っていると、あ、と気の抜けた声が聞こえた。

「みょうじさん、よかったらこれとそれ、交換せん?」
「きりんと?」
「おん、俺はこれな」

渡されたいちごパンツ。
有無を言わさないところがまたおかしくて「いいよ」受け取ってきりんを渡した。
受け取ったもののどうしようかまじまじ見ていると「みょうじさんのスマホ裸やろ、はかせたってな」そう言われたのではかせてみた。
ちょっぴりまぬけになった私のスマホ。

「ええ感じやん」
「次は何がでるんかな」

もしかしてパンツと消しゴムしかないのかという疑問と他にもあるなら見てみたいという気持ちがまじる。

「またパンツやったらどないしよー……あ、」

再びまわそうとしていたらしい彼が、財布をのぞき込んで動きを止める。

「小銭、もうないわ」

あわてて私も小銭入れをのぞくと、必要な硬貨はもう入っていなかった。

「私も、なくなっちゃった」

ふたりで顔を見合わせながら、思わず笑ってしまった。

「また明日ここで待ち合わせ。な?」

そういってまぶしい笑顔で笑ってくれたことが嬉しくて、大きな仕草で頷いてしまう。明日も彼に会えると思うと、とてもわくわくした。

家に帰ってすぐに小銭を探した。

「これだけあれば大丈夫かな」

貯金箱に入れられていた百円玉を数枚取り、忘れないように財布へしまう。
今日しゃべれたこと、明日も会えることが嬉しくて思い出してはにやけてしまい中々寝れない。このまま寝れなかったらという心配はよそに、いつの間に寝ていたのか気が付いたら朝になっていた。
もしかして夢だったんじゃと不安になったが、充電しているスマホを見るとそこにはいちごパンツをはていて現実なんだと物語っていた。

あいさつが飛び交う教室のなかで、彼を見つける。少し距離があったので声を掛けるのをあきらめようとしたとき、ふっと彼が視線をこちらに向けた。私が見ていたことにすぐに気が付いて、ひらひらと手を振ってくれたから、同じように手を振り返しだけなのに、彼はとても嬉しそうに笑っている。
放課後が待ちどおしくて、先生の声なんてちっとも頭に入ってこなかったけど、なんとか無事に一日を終えることができた。

今日はこれのためだけに来たと言っても過言ではない。自然と早歩きになる自分の姿がショウウィンドウに映されて恥ずかしくなりペースを落とした。
それでも昨日よりは早く学校を出たので私が先につくだろう。先にまわすか忍足が来てから一緒にまわすか、どちらが彼にとって好印象だろうか。そんな気持ちで約束の場所へと向かう。

「みょうじさん!」

呼ばれた声に足元から目線を上げると、すでにガチャガチャの前にいる彼が今朝と同じように手をふってきた。

「え、忍足はやっ!」
「うーん、めっちゃ楽しみやーって思ってたら走ってたわ!」

そう言いながら、彼の手はすでにつまみを握っている。そのままつまみを回す様子を、私はじっと見守っていた。だけどいくら待っても何の音もしなくて、さすがにお互い顔を見合わせる。

「なんも出てこおへんね」
「俺、金入れたよな?」
「え!それはわからへん……」

お店の人に声をかけると、どうやら品切れのようだった。お金は返ってきたものの、今日一日楽しみにしていたことはこれでおしまいなのだと思うと悲しくなった。

「今日こそ消しゴムあてたろ思ってたのに」
「忍足は消しゴム集めてるん?」

キリンを交換してほしいと言われたのはただダブってしまったからだと思ってた。
しかし「せやで、変わってる消しゴム好きやねん」と教えてくれた。
初めてまわした時も私は消しゴムが出たっけ。忍足と話すきっかけになればと筆箱に入れていたのを思い出しそれを取り出す。

「この前これが出て、良かったらどうぞ」
「ええの?」

受け取った忍足は消しゴムを見るとすごく驚いて「これ!!!イグアナやん!!!!」ほんまにもらってええんかと何度も聞いてきた。

「うん、私、何かなって入れ物あける瞬間がすきなだけやからええねん。忍足は消しゴムとイグアナがすきなん?」
「おー、イグアナ飼っとるからなぁ」
「え!そうなん!?見たみたい!」

そう言うと、彼は目を丸くして驚いていたようだった。

「みょうじさん、爬虫類とか大丈夫なん?」

その問いかけに平気だと伝えると、にっと笑いながらスマホを差し出してきた。きょとんとしていると、私もスマホを出すように促される。

「みょうじさん。連絡先交換しよ?」

「あ!うん!する!」

ワンテンポずれてスマホを出すと「そんなに好きなら来年爬虫類展行こや」と言われて、そんなまるわかりだったのかなと恥ずかしくなった。
どうせバレてるなら自分で気持ち伝えた方がいいよね、そう思い決意した。

「うん、私、忍足が好き」

すると忍足は一気に顔を赤く染め「え?え、俺?」さっきより驚いているようだった。
あれ、なんでだろうと思って彼を見ていたら「イグアナが好きなんかと・・・」と言われ私の失態だと気づかされる。

「……とりあえず、交換、しよか」

言われるがまま連絡先を交換して解散。
結局私は振られたのかなと泣きそうになりながら歩いていると着信をしらせるメロディーが鳴った。

『……あ、みょうじさんやんな?』
『は、はい』

スマホごしの声はどこか少しだけ雰囲気が違っていて、緊張のあまり言葉数も少なくなってしまう。それは何故か彼も同じようで、ふたりの間に長い沈黙があった。

『……あの、さっきのことやねんけど』

そうストレートに切り出したから、何も言えずに黙り込んでしまう。

『突然、やったから。まだどう言っていいのかわからんくて』
『……うん』
『それでな、考えてみてん』

心臓がぎゅっと締め付けられているような感覚がして、とても苦しい。きっとこう言うのだろうとあたりをつけて、私はその言葉の続きを待った。

『友達から、よろしくお願いします』