◇うっかり手を握ってしまう話

友達だと思っていた人を異性として意識し始めるキッカケなんて、意外と単純なんだと思う。



「おはよー」

「おう、おはよ」

登校して真っ直ぐに教室へ向かうと、隣の席の忍足が漫画を読んでいた。それは私も大好きな作品。

「あ、今日発売やったっけ?朝練あったんやないん、買うの早ない?」

「俺は浪速のスピードスターやからな!」

「読みたい読みたい!」

決め台詞をスルーしながら忍足が座っている椅子にぐいぐいと詰め寄る。つまりはお互いに半ケツ状態。もちろん体はかなりの密着状態だが、私も忍足も気にすることもなくそのまま漫画を読み始める。

「こっからでええん?」

「とりあえず!後でちゃんと読ませて」

「このさ、失ったものばかり数えるなって台詞ぐっとくるよね」

「おん、今日から座右の銘にするわ」

「ぶっは、忍足単純!」

お互い黙って読める性格ではなく、ここ良いとかこれは泣けるとか感想を言い合う。最後のページをめくると気になるシーンで終わっていた。

「ああ!今回も良いところで終わってる!」

「気になるな〜けど俺は単行本派や、三ヶ月待つ!」

「えー私は今日立ち読みでどこまでいってるか見ようかなあ」

「裏切り者!」

どんな漫画でも当然のように良いところで終わっていて、きっとこの後はこうなるああなると盛り上がる。段々と俺があのキャラなら〜なんて、もしもトークになるがそれですら楽しくて止まらない。

「おはようみょうじさん」

「あ、白石君おはよう」

「二人はそんな密着して何してるん」

「「漫画読んでた」」

二人そろって答えると白石君は、はあとため息をついた。

「思春期の女の子と男の子がむやみやたらに密着するんやありません。読み終わったなら離れなさい」

まるで母のようなこと言いながら私を立たせて自分の席に戻した。と言っても忍足の隣なので二歩ずれたら移動完了。せっかく楽しかったのに水を差されたのでなんか言ってやりたい気持ちになったので、精一杯の反抗をしてみた。

「そうやって意識してる白石君がやらしいんだよ」

「なんやてこら」

「白石はむっつりやからな」

「いてまうで」

「「その笑顔が怖いっす」」

いつものようにおかんっぷりを発揮している白石君に、どうしようかと思っていると先生が入ってきた。まだ授業が始まってほしくはないがお説教から逃れられると思うとナイスだ。

「よーし出席取るで〜席戻りや」

始まった授業を全く聞くことなく、ノートに落書きをしながらさっきの白石君の台詞を思い出していた。

密着って言っても相手忍足だし、今更どうこうなんないし。忍足だって何も考えてなさそうだったのに。何が問題なのだろうか、普通は意識するものなのだろうか。忍足ってあんまり異性って感じがしない、仲が良い方だとは思うが特別だとは思わない。性別が違うだけで友情は成り立たないのか。

あーもうわからん!

私にしては珍しく、どんどん難しい思考になってきてその考えを落書きと共に消えれば良い、と消しゴムに手を伸ばした。

が、勢いあまって机から落ちてしまった。ちょうど私と忍足の机の間に。

すぐに取ろうと思ったが忍足の方が早くて、何も言わずにノートを取りながら手を私の方へ伸ばしてきた。私もその様子を横目で見ながら手を伸ばしたら、距離感が思っていたより近かったみたいだ。消しゴムを受け取るつもりがうっかり忍足の手をぎゅっと握ってしまった。

あ、間違えた。

ごめん、と手を離そうとしたのに何故か器用に消しゴムを間に挟みながら私の手を握り返してくる。なんの冗談だと睨むように忍足の方を向いたら顔を赤くして俯いていた。

え、なんで?

訳がわからないのに真っ赤になっている忍足を見たら、なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。照れるならしなきゃ良いのに、そう思う気持ちとは反対にこのまま離してほしくない気持ちもあって複雑だ。

先生に見つかったら怒られる、いやからかわれるに決まってる。どうしたら良いんだろう、と思うのに動けずにいると「お前ら、何してん」ぼそっと白石君の声が聞こえて、それに反応したのか忍足が慌てて手を離した。いきなり離すもんだから消しゴムがまた落ちて、今度こそ自分で拾った。

忍足に握られていた手はすごく暖かくて、女の子とは違うごつごつした手だったのにすごく安心する気持ち良さがあった。それからチャイムがなって気がつけばお昼になっていて、友達とご飯を食べていても話の内容なんて全く頭に入ってこない。そしていつもまでも熱の引かない手のひらを見ては忍足の照れた顔を思い出す。




ああ、今、私、忍足を意識してる。