悪戯にだきしめる

「次の島は春だって聞いたよい」

「そうなんだ、はやく街中を歩きたいな〜」

部屋から食堂へ向かう途中たまたま出くわしたものだから、お互いに自然と歩くペースを合わせる。きっと春という情報は航海士からだろう。偵察にはまだ行っていないはずだから確かとは言えなくても暖かい陽気を思い出し気分がはずむ。

「降りたら飯でも行くか?」

「マルコと二人で?」

「嫌なら他も誘っていいよい」

「まさか!びっくりしただけ」

街を歩いていて鉢合わせたら一緒に食事や買い物、飲みに行ったりはしていた。けど、こうやって予め約束というものをしたことがなかった。だから驚いたのだ。自由気ままな印象を持つ彼が女であるただの船員と降りるだなんて。それこそ気分屋が働いたのだろうか。でも断る理由なんていくら探してもない。むしろ私からお願いしたいくらいだ。デートだと、勝手に思うくらいは許されるだろう。

「じゃあな」

彼は甲板へ行くと言い背を向けた。いつも着ている紫のシャツに白い羽根がついている。ニュースクーから新聞を買った時のものだろう。わざわざ声をかけるほどでもない。取って羽根ペンにでもしようか、そんなことを考えながらそっと手を伸ばす。それと同時に彼の足が止まった。急な静止にこちらも止まろうとするがうまく反応ができなかった。顔面に思っていたよりも強めの衝撃がかかった。

「うっ」

零れた声は全く可愛げのないものだった。鼻と唇を打ってしまい無意識に擦る。唇は少し切れてしまったようで血の味がした。

「悪い」

「大丈夫」

心配そうに顔を覗き込んでくるものだから気恥ずかしくて足が後ろにすすんでしまう。しかし背中に手を当てられそれ以上下がることはできなかった。

「マルコ?」

「もっとはやく振り返ってたら正面から抱きしめられたのになあ」

「からかわないでよ」

思ってもないでしょ、と頬を膨らませると残念だと小さく笑った。

「背中のゴミとってあげようと思ったのに」

「取ってくれよい」

「じゃあ後ろむいてよ」

「このままでも取れるだろ?」

相変わらず顔を覗き込むようにしながら背を抑えているから身動きがとれない。それなのにはやくと急かすから抱きしめるように手をまわすしかなかった。なんとか羽根をつかむと顔が近づきそっと触れるそれにたじろぐ。

「怪我させるとは思わなかった」

「え?」

「舐めれば治るって言うよな」

口に弧を描く彼にやられたと思った。この羽根はわざとつけていたのか。それにしても医者が舐めれば治るだなんて適当なことを言うものではない。でも何度も角度を変えて啄むようにされるキスを拒むことはできなかった。