2025バレンタイン

「チョコは好きじゃねえ」

その台詞は物陰からたまたま聞こえてきたものだった。新しく入ったナースからの質問に対する答えだ。きっとバレンタインが近いから聞いたのだろう。彼女も彼のことが好きなのだろうか。場所も場所なのでこのまま告白の流れかもしれない、聞きたくなくてすぐに離れた。

「チョコ、だめなのか」

誰にも聞こえない小さな声で反復した。何故なら次いつ島に到着するかわからないからと、前に寄った街で買ってしまっていたのである。マルコに、チョコを。もちろん自分の属する隊長含め隊員達やお世話になっている人達の分も買ってある。それらは全部同じ物で、彼のだけ特別に奮発したのだ。
でも好きじゃないとなると、あげるわけにはいかない。自分へのご褒美で食べるか、それなら落とし所ができると言い聞かせた。

じゃあ何を渡せばいいのだろうか。チョコが苦手なのか甘いものが苦手なのかがわからない。でも彼女みたいに直接聞く勇気もない。手作りだと大胆すぎるし気持ちがバレてしまうかもしれない、と頭を悩ませる。

告白をしようと思ったことは正直ある。ただそのつもりで近づこうとした綺麗な女性達が軽くあしらわれているのを目の当たりにしてそんな気持ちも引っ込んでしまった。
だから自己満足なのだ、バレンタインに他の人と差をつけて渡すというのは。しかしそれすらも叶わないかもしれない。

結局バレンタインまでにどこかの島に寄れることもなく、なにかを作るわけでもなく当日をむかえることになってしまった。このままだと彼の分はない。一番隊隊長なんて、みんな義理でも必ず渡すというのに。知らないふりをして渡してもいいだろうか。迷惑だと思うだろうか。
そもそも彼女の気持ちに応えるのであれば他の女からというのがそれこそ迷惑だろう。彼女は綺麗で誰にでも平等に優しく気配りができて彼とも仲良く笑っているところをよく見かける。渡さない方が無難かもしれない。自分にそう言い聞かせて大量のチョコレートを紙袋に入れ持ち上げる。

「エース、いつもありがとう」

「お!なまえもくれるのか!ありがとうな!」

「イゾウ隊長も」

「エースの次かよ、自分の隊長に一番に渡さないのかい」

「一番はオヤジです!」

呆れている顔をしたイゾウ隊長もオヤジという言葉にそれもそうだと頷いた。エースへ先に渡してしまったことはもう忘れてしまったらしい。
配っていたはずが次々と俺にもくれと人が集まってくる。歩き回るよりずっと楽で助かるなと思いながら渡していると、クルーの中から彼の顔が見えた。

「マルコ、隊長?」

「俺にもくれ」

「え、でもチョコ好きじゃないって……」

言ってたよね、もしかして彼のことではなかったのか。相談でも受けて教えてあげただけなのだろうか。疑問に思っていると手を首にあて言いづらそうに声を出す。

「あー、よい……今から、好きになるから」

「どうしたんですか」

やはり自身のことではないか。嬉しそうにもらっている彼らを見て少し欲しくなってしまったのだろうか。人が美味しそうに食べていると食べたくなる気持ちだろうか。それならわかるが苦手だとわかっている物をあげるのも気が引ける。

「だから、なまえからほしいって、わかれよい」

戸惑って動けずにいると顔を赤らめて吃るように口を開いた。そんな表情でそんなことを言われたら勘違いもしそうになるわけで、期待したらだめだと騒がしくなる心臓に言い聞かせる。

「あの、ちょうどなくなってしまって」

言い切る前に悲しそうな顔をするから思わず周りに人がいるのも忘れて大きな声をだしてしまった。

「マルコ隊長のは別に用意してるので!取ってきます!」

ああ、未練たらしく今日まで大事にとっておいて良かった。彼の言葉にどんな意味をもつのかわからない。でも欲しいと言ってもらえた、受け取ってもらえる。そう思うと私の胸は高鳴る一方だ。急いで取りに行くためすぐさま振り返って走りだしたので、マルコ隊長がふにゃりと嬉しそうな顔をしていたのも周りがはやし立てているのも私だけが知らなかった。