きみだけ

特別仲良かったわけではないが別れというものは何度経験しても辛いものだ。短いか長いかわからない三年、家族だったナースが船を降りることになった。理由は家の事情だと話しているのが聞こえてきた。彼女を見送るために甲板に出るとマルコの姿があり、この気持ちを共有したくて声をかける。

「さみしくなるね」

「そうだな」

そう思っているのかどうかよくわからない声色でひらひらと手を振る。その姿が急に消えていなくなるんじゃないかと不安に駆られた。

「マルコは、いなくならないでね?」

「あたりまえだよい、なまえこそ降りるなんて言うなよ」

当たり前だと言い切ってくれたことが嬉しいのに、私にも降りるなと言ってくれて、まだ傍にいてもいいのだと思え安堵のため息がでた。私が降りる時はどんな時だろうか、想像もしたくない。オヤジの船でマルコのそばで命尽きるまでと決めているのだから。

ナースが一人抜けた穴は大きいらしく新たなナースが入ってきた。はじめはどんな人が新しい家族になるのだろうと楽しみにしていたというのに、こんなにどす黒い感情になるとは思ってもみなかった。彼女はなにかにつけてマルコを呼んだ。もしかしてマルコが目当てで乗ったんじゃないかとすぐに噂になったくらいだ。私もきっとそうなのだろうとモヤモヤするものが心から離れなくてしんどい。

「マルコ」

「悪い、またあとでな」

またあとで、何回言われた言葉だろうか。そして、その度にやってこなかった時間だ。もう期待するのはやめた。

彼女が乗ってくる前は組手をしてとか緊急時の治療法や対処法を教えてとか言って、後ろをちょこまかとつきまとっていた。もちろん好きな人と過ごす時間を増やしたいという下心はあったが、家族の役に立ちたい強くなりたいという気持ちも本当だった。今はどうだろう、朝から晩まで彼女につきっきりで言葉をかわすタイミングがない。よくてせいぜい挨拶くらいだろう。きっとわざと引き止めているのだろうと考えてしまうのは我ながら性格が悪い。

「でね、私が呼んでるのにあの子ったら急かすようにマルコの腕をひっぱるんだよ」

「ふうん」

「マルコも笑顔でさ、そっちに行くの」

「それで拗ねてるわけだ」

目の前でジュワッといい音がなる。今夜はコロッケだそうだ。人数分のコロッケを揚げるためにこんなはやくから調理しているサッチには頭があがらない。とは言えしっかり愚痴は聞いてもらう。サッチも適当に返事をすればいいものを律儀にちゃんと聞いてくれるものだからついついとまらなくなってしまう。

「いつもなら振り払うのにさ」

「うん」

「マルコも、あの子のこと好きなのかな」

そう呟いた時だった、ボチャンッと音をたててすべり落ちたコロッケに、その勢いで跳ね上がった油がかかったのは。

「あつっ」

「わりい!」

すぐに冷やせと氷水のはいったボウルに手を突っ込まれたが痛みはひかない。

「ごめんなあ結構かかったよな」

「すぐ治るよ」

「医務室行けよ」

「行きたくない……」

「ほら、会えるしさ」

会いたくないのだというのがわからないのだろうか。二人でいるところなんて見たくもない。仕事だとわかってはいても彼女には別の目的があるようにしか思えないのだ。周りはもうそういうことだと認知している。彼に片想いしている私だってそういう認識になってもおかしくはない。

サッチに行けと言われ渋々医務室へ向かうとちょうど人が出てきたところだった。なんとなく会釈をし医務室の前まで来ると耳をすませた。何も聞こえない。仕事に集中でもしているのだろうか、そう思い扉を開けると目にはいってきたのは彼女を抱きしめるマルコの後ろ姿だった。なにを見ているのかよくわからずフリーズしてしまう。その広い背中が太い腕が彼女を抱きしめているのだと理解した時、そっと扉を閉じた。

心臓がバクバクと鳴っている。なんだ今のは。仕事中ではないのか、休憩中なのだろうか。それでも公私混同するような人ではないと思っていた。だからこそ私の想いもずっと秘めていたというのに。隊長としての立場があるから困らせることはわかっていた。だから我慢をした。その結果がこれか、乾いた笑いがでる。責めるのならノックを忘れた自分だ。

サッチの所へ戻ると不思議そうな顔をされた。

「はやいな、ちゃんと行ったか?」

「……抱きしめてた」

「は?」

「マルコがあの子のこと抱きしめてたの」

「そんなわけ、ないだろ」

「あるよ」

だからやめたと言えば跡残っても知らないぞと言われた。火傷したところをそっとなぞる指に心配してくれているのだとわかるがもう戻る勇気がない。寒いと言えばホットコーヒーに温めたミルクをたっぷりいれてくれた。

そうこうしていると冬島についたという声が聞こえてくる。その言葉にサッチと共に降りるとすでに浜辺に人がいた。美男美女である、きっとカップルだろうと思ったがどうも違うらしい。サクサクと雪の上を歩き近づく。

「白ひげ海賊団が来るって聞いて見に来たんです」

「私も兄がいるならと思いついてきました」

白ひげ海賊団が近づいていると聞いて見学に来た兄妹だと言う。悪い人たちではなさそうで、サッチもいる安心感から話をするとテンポよく弾み楽しくなってきた。

「良かったら街案内してくれよ」

「喜んで!」

「こいつちょっと落ち込んでるからお前に頼むわ」

「え?」

肩をガシリとつかまれ兄という男性の方へグイッと押された。

「俺にはお姉さん、よろしくな?」

「もちろんですよ」

兄である人に私を押し付けるとサッチは鼻の下を伸ばしていた。体良く押し付けただけで本音はそこだろうと呆れてしまう。思わず手ぶらで降りたものだから二十分だけ待ってくれと伝えると私達は船に戻り身支度をした。

せっかくなら普段着れない裏起毛のワンピースを着たいしお化粧もしたいし髪の毛だっておろしたい。それなりにかわいくなれた姿を確認して部屋を出るとちょうどサッチも出てきたところだった。

「おめかししちゃって」

「楽しまないとね」

「元気になって良かったよ」

「……ありがと」

タラップまで並んで歩いていると声をかけられた。

「よお、なにやってんだ」

ふりむくとマルコがいた。もう彼女とはいないのだろうか。さきほどまで抱きしめていただろうに平然としている姿が切なくなった。そうやって誰も知らないところで誰も知らないマルコの姿を見せているのだと思うと泣きたくなる。私も好きだとアピールでもすれば今、隣にいるのは私だったのだろうか。
ふと気が沈んだ私に気がついたのかサッチは極めて明るい声で応えた。

「俺たち、デートでえす!」

そして肩に腕を乗せて「なあ」と至近距離で笑顔で言われるもんだから、敵わないなと苦笑する。マルコは私達がそういう関係になったと思ったのだろう。

「本気か?」

ひどく驚いた様子を見せた。もう恋人のいる彼にどう勘違いされてもかまわない。だってヤキモチどころか気にもとめないだろう、へえそうなんだ、で終わる話なのだ。ただ誤解させる言い方をしたサッチがおもしろくてでもやめなさいという気持ちを込めて止めた。

「サッチ、言い方」

「でもなまえもお前もデートじゃん?」

「一緒に行くんじゃないのかよい」

なおもデートという言葉をつかう。しかし自分達ではなくお互いにな、という意味をこめてだ。どういうことだと聞いてきたマルコにそれぞれ人を待たせているとだけ答えて降りた。行ってきますの言葉に行ってらっしゃいは返ってこなかった。これ以上待たせるわけにもいかないし、マルコには関係ないだろうという暗い気持ちがあらわれてしまうからすぐに離れたかった。

お互いじゃあまたと別れ兄である彼と二人で歩き出す。お土産売り場や観光地を少し覗いてから夕飯にしようと彼オススメのお店へ入った。

「お酒はこの島の名産品でもあるんだよ」

「私お酒は強いの、これだというやつを飲ませて」

「この島のお酒はどれも美味しいよ、順番に頼んでいこうか」

そう言うと地酒と書かれたメニューをかたっぱしからオーダーしてくれた。
彼の言うとおり喉越しはスッキリしていて鼻から抜ける香りは爽やかだ。それなりにある度数を感じさせないくらい飲みやすくて次々とグラスをあけていく。少し酔ってきたかもしれない、嫌なことも忘れて楽しく過ごせそうだと彼と色んな話をした。

「この島ではなにが流行ってるの?」

「冬島だからね、スノボなんかみんなよくやってるよ」

「いいね、私夏島産まれだからやったことないや」

彼の話を一通り聞くと冒険の話を聞かせてほしいとお願いされた。

「空島っていうのがあってね」

「空にも島があるのか」

「シャボン玉に入ったはいいけどコントロールむずかしくてさ」

「あはは、乗り物酔いしちゃいそうだ」

「人魚に会った時はあまりの美しさに瞬きを忘れちゃった」

「お姉さんよりも?」

「またまた〜」

もう何年船に乗っているかわからない私はその中でも特に印象にのこっている話をいくつかした。彼は聞き上手でどれも楽しそうに笑いながら聞いてくれた。

話がすすむとお酒もすすんでしまう。このお店にある物はほとんど口にしてしまったから別のお店に移動しようかと提案され、それにのった。

「少し歩くけどそこも特産品を使った料理が食べられるんだ」

その言葉にお腹がグウと鳴った。おつまみでは満足しなかったお腹にケラケラと笑った。

「おなかすいてた?」

「そうなのかもしれない」

「次のお店は料理を楽しんでほしい」

「楽しみだなあ」

そんなことを話しながら歩いていると射抜くような視線に気がつく。知らぬ間につけられていたのだろうかと当たりを見渡すとそこにはマルコがいた。その視線もマルコのものだとわかった。なにせ不機嫌そうに眉間に皺を寄せてこちらを見ているのだから。
立ち止まったわたしに気がついた彼が私の視線の先に目をやり心配そうな顔をした。

「知り合い?」

「うん」

「大丈夫なの?」

「隊長なの」

そう答えると少しかたかった表情がやわらいだ。ちょっと待っててね、とその場を離れマルコに近づいた。

「おりてたんですね、地酒美味しいですよ」

無視してお店に入っても良かったが彼の機嫌の悪さがそうはさせないという雰囲気をしていたからだ。降りたならきっと彼女も一緒だろう。辺りをみまわして確認する勇気はない。マルコを待っている姿を見たくない。彼らもデートでも楽しんでいるに違いない。だからお別れの言葉としてもうあなたと飲むことはないですねと意味を込めて地酒が美味しいと伝えた。それなのに。

「行くぞ」

「え!?」

気がつけば腕をひっぱって歩き出すマルコにどういうことだと頭が混乱する。とにかく置き去りになってしまった彼へ振り向きごめんと大きな声を振り絞った。なんで怒っているのだろうか。どこへ行くというのだろうか。わからないままついて行くが持たれた腕が歩きにくい。絡まりそうになる足元に気をつけながらすすめていると、手のひらをとり優しく握り込まれた。なんで、手を繋がれているのだろうか。彼の顔を見るが前を向いているためなにを考えているのかわからない。この手はどうしたものかと悩んだすえ最後のご褒美だろうかと言い聞かせてギリギリ触れるかのような柔らかさで握り返した。

街頭のない方へ進むと小さなバーがあった。そこへ入るとすぐにマルコは地酒を頼んだ。ここで飲むつもりなのだろうかとマルコを見る。地酒がオススメなんだろうと聞かれたのでそうだと返した。

「邪魔したかい」

「思ってないでしょ」

「めずらしく楽しそうにしてたな」

「気が合ったの」

邪魔、だなんて思っていない自分がいる。むしろ嬉しいとすら思っているマルコと二人で飲めるのだから。彼女は一緒にはいなかったのだろうか、悪いが今日だけは許してほしい。一緒に飲める最後のチャンスだから。そう思う気持ちと裏腹にマルコの意図がよめず無意識に緊張してしまう。

「好きなのか」

「そうね」

きっとさっきまで一緒にいた彼のことを聞かれているのだろう。恋ではないが好きか嫌いかで言われたら好きである。あんな好青年は中々いないと思う。でもどんな理由であれマルコにだけは好きなのか、なんて聞かれたくなかった。私が好きなのは、あなただけだというのに酷なものである。それだけでも傷ついたというのに次の台詞には傷を抉られ塩を塗られたかのようにひどく傷んだ。

「抱かれるつもりだったのか」

なんで、そんなことを聞かれなければならないのか。なんの関係があるのか。私が、どこでなにをしようと関係ないではないか。家族だから?妹だから?女性クルー全員にそんなことを聞くのか?我慢していた最後の糸がプツリと切れた気がした。

「っ関係ないでしょう!?私は大人なの、子供扱いしないでよ!」

恋人ならいざ知らず、ただの同じ隊というだけでそんなことを聞くなんて馬鹿にされているようにしか思えない。子供でもあるまい避妊の仕方だって理解している。そんなお説教はいらない。

「子供扱いなんてしてない」

「どうだか」

ハッと小さく笑うと先程までの力のある声とは違い弱々しく言葉がつむがれていく。

「逆だよい、なまえが誰かとデートだとか好きだとか抱かれるとか……考えただけで吐き気がする気が狂いそうだよい」

なんだ、それは。まるでヤキモチ妬いたみたいな言い方をする。あなたには彼女がいるというのに、なんでそんなことを言うのだろうか。知らないとでも思っているのか。馬鹿にしないでほしい。言いたい言葉は涙になってみっともなくボロボロと流れた。

「そんなに、嫌だったかい」

なんであなたが傷ついたような顔をするのだ。それがあなたの気持ちだとでも言うのだろうか。そんなの通用すると思っているのだろうか。

「嘘つき!新人ナースとつきあってるくせに!」

「は?なんだって?」

「抱きしめてたじゃん!」

しっかりとこの目で見た。その腕にスッポリうまった彼女だって見た。

「なあ」

「だけど邪魔しないようにって避けてたのに!なんで今になって連れ出すのよ!」

その辛さが、この努力が、あなたにわかってたまるものか。

「私の方が、先だったのに」

そう、先に好きになったのは最近入った彼女じゃなくて私だ。八つ当たりに彼の胸を強めにたたくがびくともしない。そのまま掴まれてしまい、ごめんと謝った。それを言うのなら私より先にマルコを好きになった人なんてそれこそ山ほどいる。後とか先とか関係ない。マルコが選んだ、それだけが重要なのだ。これ以上醜い姿を見せたくなくて下を向こうとすると、抱きしめられ背中をゆっくり撫でられた。そして私の首元に顔をうめた。

「悪い、今めちゃくちゃ嬉しくて情けない顔をしてるから見ないでくれ」

「なに、それ……ずるい」

「ごめんな、なまえが言ってくれた言葉が俺の事を大好きって言ってるように聞こえて嬉しいんだよい」

「顔、見せてよ、信じさせてよ」

そんなの私を好きだと言っているようなものではないか。本当に?目は口ほどに物を言うと言う。彼の顔をみたい。一度額をコツリとあててゆっくりと顔をあげたそこには泣きそうでいてゆるゆると笑っているマルコの姿だった。

「ちゃんと、言葉にして」

「好きだ、なまえが好きだよい」

「私だけでいてくれる?」

「なまえしかいねえよい」

「私もマルコが好き」

ねえ、まだあの子のことを聞けてないよ。でもね、マルコの顔が、言葉が、手つきが、全身で私を好きだと言うから、信じてみたくなったの。両腕を伸ばすと少し頭を屈めてくれた。そのまま首にかけるとなだめるように引き寄せ背中をなでてくれた。マルコ、たくさん話したいことがあるよ。私の話も聞いて、私にはマルコしかいないってわかってもらえるから。