出会いがあれば別れもあるのは、陸でも海でも平等なんだと思う。三年、勤めたナースが島に降りると言った。はじめは男でもできたかと周りがはやしたてたが、結果は両親の介護をするためだと言う。家族はもうオヤジとその仲間しかいない俺は少し想像してすぐにやめた。知らない世界が一つくらいあってもいいだろう。
「さみしくなるね」
「そうだな」
「マルコは、いなくならないでね?」
「あたりまえだよい、お前こそ降りるなんて言うなよ」
ナースの最後の姿を見送っていると隣にやってきたこいつは、いつも俺の後ろについてきて組手をしてくれだの緊急時の治療法や対処法を教えろだの何かしら理由をつけてやってくる。それが嫌な気持ちになるどころか、かわいくて仕方がない。みんなの役に立とうと少しでも強くなろうとする姿はとても美しく綺麗である。いつから、なんていうのは覚えていない。でも彼女に恋をしている、というのは今現在わかる真実であった。
さて、一方でかわりに入ってきたナースは小賢しい女だった。目的のためならば声を変え服を変え接し方を変える、そんな奴だ。はじめは誰もが俺を狙って入ってきたかと思っただろう。なんていったって初日から
「マルコ隊長」
「マルコ隊長は?」
「マルコ隊長が」
と口を開けばマルコマルコと俺の名を呼ぶ。勘違いする奴がいてもおかしくなくて大きなため息がこぼれた。
「わざとだろ」
「やっぱりマルコ隊長には隠し事できないですね」
だってセットで見て貰えたら変に絡んでくる人はいないはずだから、新人の特権ですよ利用させてくださいね。人懐っこい笑顔でとんでもないことを言う。しかしこんな彼女を嫌いにはなれずクツクツと笑った。
「そんな奴ここにはいねえよい」
「マルコ隊長だけに教えます」
「いらねえ」
「私、本当にオヤジが好きでたまらないんです」
だから白ひげ海賊団のナースとして乗ったのだと言う。いつかオヤジを一人でも見れるくらい任せてもらえるくらいの実力や経験がほしい。そう語りながら今日から一週間分のスケジュール表を確認している。
「まだ、覚えることしかできないのがもどかしいです」
「すぐできるようになるさ」
言うだけあって仕事は熱心だ。些細なことも質問をしてメモをとり独学をしわからなければまた質問にくる。この繰り返しだ。オヤジの役に立っている、そう言える日も遠くないだろうとその姿を見守る。
医務室で教えながらテーピングの練習をさせていると、四番隊の奴がコソコソと入ってきた。
「どうした」
「いや〜よそ見してたらパックリです」
サッチ隊長には内緒にしててくださいと続けるこいつはバレたくなくて怪しい動きで入ってきたのだということがわかる。サッチにバレたところであいつはそこまで怒ったりしないはずだが、仕事の振り分けがかわってしまうとか同じ隊同士だとなにかあるのだろう。深く関わりたくなくてどうでもいいとだけ返した。
怪我の手当はせっかくなので新人にやらせることにした。
想像より手際よくやったものだから手当を受け出ていったあとに、ほめてやった。
「うまいうまい」
「練習したんですよー!」
そういって手を大きく振りかぶりピースをしようとしたところで薬剤にあたってしまい落ちそうになる。それを咄嗟に受け止めると、彼女もまた手をのばして受け取る体勢になっていた。このままだとこけてしまう、そう思い腕をグッとひいた。
そのタイミングで扉が開く音がした。しかしこんな直後で振り向こうとも思わなかった。ちょっと間があり閉まるのと同時くらいに、こけなかったことと薬剤の瓶が無事である事を確認しホッとする。さっきの手当はきちんとできていたから別の人だろう。医務室は体調不良でなくとも隊長である俺に用事がある奴が多く尋ねる。なにも声がかからなかったと言うことは急ぎではなかったのだろうと判断した。
「大丈夫か?」
「はい、すみません」
来客に関しては解決したか出直すか、どれかだろうとたかをくくり気にもとめず使った薬品の整理をしながら片付けを教えた。
「今日はこれでお終いだよい」
「オヤジなにしてますかね」
「行ってきていいぞ」
オンオフはしっかりとしているらしく、仕事が終わりだと聞いた途端ソワソワしだした。好きな人の傍にいたい、そんな気持ちが伝わってきた。
こちらも似たような気持ちである。新人に付きっきりになってしまいあいつとの時間がめっきり減ってしまった。
はじめこそ本を持ってやってきたりしていたがタイミングが悪くろくに会話もできていない。以前であれば夜は部屋に来ていたのにそれすらなくなってしまった。彼女なりに気を使ってくれているのだろうと呑気に考えていた。
朝方だっただろうか、島についたという言葉が聞こえたはずだ。気分転換に島に飲みに行こうか、あいつでも誘おう。そう思い部屋に行くがいなかった。甲板に向かう途中でその後ろ姿が見えた。隣にはサッチがいる。
「よお、なにやってんだ」
「俺たち、デートでえす!」
あいつの肩に腕を乗せて「なあ」と至近距離で笑い合う姿にドンキで頭を殴られた気がした。いつから、そういう関係だったと言うのだろうか。その言葉を裏付けるかのように普段とは違う、オシャレをした姿に目眩すらする。
「本気か?」
「サッチ、言い方」
「でも俺もお前もデートじゃん?」
「一緒に行くんじゃないのかよい」
たまたま途中まで同じなのだと、お互いそれぞれデートだという。誰とどこに行くのか、夜は帰ってこい、簡単に体を許すな、言いたいことは山ほどある。しかしそれを口にしないのは自分がただの隊長であいつがただのクルーだからだ。つまるところ家族なのだ。男女の関係ならば問い詰めることもできるのに。
いつまでも若くて色気より戦いだと思っていたこいつが、家族のためでなく自分のためにめかしこんで男と出かけるようになるとは思わなかった、いや、思いたくなかった。
まだはやいと思っていた、悠長にしていたらあっという間にこうやってどこぞの男に掻っ攫わられるんだろう。その時に自分を許せるだろうか。むしろすでに手遅れかもしれない。血が滲むほどに握りしめた拳、噛み締めた唇は切れたのだろう鉄の味がする。
そんな俺に気づかず二人は笑顔で行ってきますと言い街へと消えていった。
どうしようもなくなって、今頃あいつは、なんて考えたくなんかなくて、倉庫へ行くとひたすら物品の数を数えた。集中して他のことを考えられなくなるかと思ったからだ。久しぶりに会えると喜んでいたのは自分だけだったのだ。彼女はとうに良い人を見つけていた。
いつだ。いつ俺は選択を間違えた。年齢差とか勤務歴とか海賊だから隊長だから、色んなことを言い訳にしていたことに気がついた。あの時もし気持ちを伝えていたら、違った今があったのだろうか。
結局集中してしまうのは彼女のことばかりで、このままじゃ頭がいかれてしまう。自分も降りて気分転換に街でも歩こうか。娼婦と一晩過ごしてしまうのもいいかもしれない。そんなことを考えていた。
島へ降り立つとすぐさま街へ足を向けた。とりあえずお酒でも飲もうか、あびるほど飲んでしまえば少しは頭も良い感じにぼんやりするかもしれない。そうなるまでどれだけ飲めば良いかはわからないくらいに強いが、今はお酒の力に頼りたかった。同じクルーがいるお店はなんとなく行く気になれなくて、こじんまりしたお店が目に入りそちらへ足を向ける。
すると向かい側からコロコロとした笑い声が聞こえてくる。俺の、好きな音だ。思わずとめてしまった歩みに彼女たちは気づくことなく笑いながらこちらにむかってくる。俺の視線に気づいたのはあいつが先で、その様子から隣にいた男は会釈をしてきた。
しかし、知り合いか大丈夫かと安全確認をしようとする男の声が聞こえてきて不愉快な気分になってくる。彼女はそんな自分に気がついたのか、私の隊長だとだけ答えるとおずおずと話しかけてきた。
「おりてたんですね、地酒美味しいですよ」
「行くぞ」
「え!?」
気がつけば彼女の腕をひっぱって歩き出してしまった。後ろからごめんという言葉が聞こえてくる。あの男に謝っているのだろう。振りほどいて彼の元に残ることもできるはずなのに大人しく着いくることが気分がいい。しかし歩きにくそうについてくるものだから腕ではなく手のひらをとり優しく握り込むと、しばらく俺の横顔を見つめたあと諦めたようにそっと握り返してきた。
街頭のない方へ歩いてきたら小さなバーがありそこへ入ると地酒を頼んだ。座って見上げてくる彼女に地酒がオススメなんだろうと聞けばそうだけどと返ってきた。
「邪魔したかい」
「思ってないでしょ」
「めずらしく楽しそうにしてたな」
「気が合ったの」
さっきまではあんなに笑っていたのに無表情でお酒を片手に揺らしている。
「好きなのか」
「そうね」
「抱かれるつもりだったのか」
「っ関係ないでしょう!?私は大人なの、子供扱いしないでよ!」
いつも大人しくて冷静な彼女が怒る姿は初めて見る。声を荒らげて周りの客もどうしたのかと視線をよこす。
「子供扱いなんてしてない」
「どうだか」
「逆だよい、お前が誰かとデートだとか好きだとか抱かれるとか……考えただけで吐き気がする気が狂いそうだよい」
感情的になっている今、自分だけでもストレートに伝えてしまう方が良いと判断をした。もう見栄や格好なんてどうでもいい。まだ彼のものになっていないのなら最後まであがいてやるさ。
そう思って伝えたのに目の前の女は顔を歪ましてボロボロと泣き出した。
「そんなに、嫌だったかい」
俺の気持ちも、邪魔をしてしまったことも。すまねえ、そう謝る。そんなに泣くほどのことだったのか。そう聞いたつもりだったが次に投げられた言葉に思考もとまる。
「嘘つき!新人ナースとつきあってるくせに!」
「は?なんだって?」
「抱きしめてたじゃん!」
もはや癇癪をおこしている彼女に誠心誠意答えたいがさきほどから話がつかめない。確かに男避けに俺を使う言動はとっていたが、特別な関係をにおわせたことはないから好きにさせていたのだ。
「なあ」
「だけど邪魔しないようにって避けてたのに!なんで今になって連れ出すのよ!」
なんて言葉をなげていいかわからない。でもさきほどから怒っているはずなのに、その全てがかわいくてたまらなくて顔がふにゃけるのが自分でわかる。
「私の方が、先だったのに」
ドンッと胸をたたかれた。その手を掴むと怒られるとでも思ったのか、そんなの関係ないのはわかってるごめんと泣きながら謝られる。そのまま抱きしめた。背中をゆっくり撫でながら彼女の首元に顔を隠す。
「悪い、今めちゃくちゃ嬉しくて情けない顔をしてるから見ないでくれ」
「なに、それ……ずるい」
「ごめんな、お前が言ってくれた言葉が俺の事を大好きって言ってるように聞こえて嬉しいんだよい」
「顔、見せてよ、信じさせてよ」
誤解されたままなのはわかってる。その状況で信じようとしてくれているのがまた嬉しくてそれに応えたくて、額をコツンとつけ深呼吸してからゆっくりと離れた。
「ちゃんと、言葉にして」
「好きだ、お前が好きだよい」
「私だけでいてくれる?」
「お前しかいねえよい」
「私もマルコが好き」
伸ばされた両腕を首にかけると頭の後ろと背中の後ろに手をまわして引き寄せる。よしよし、と落ち着かせるように撫でると体重を委ねてきた。船に戻ったら勘違いしていることを説明しよう。俺も聞きたいことがある。でもそれらは全部きっとなんだと笑えるはずだ。そして数年後にはそんなこともあったよねと笑い話になるだろう。