酔わせるフルーツ

上陸後、いつものごとく仲間と酒場へ降りる。広くは無いお店だが貸切状態になってしまい、申し訳なく思う反面気兼ねなく飲めてたすかる気持ちも本当。それでも全員ははいらなくて先に入ったものたちだけで飲み始め、入れなかった者たちは別のお店へ行くだけだ。一件目で入れた私はそこまで長居するつもりはなくてカウンターに座ると隣にはマルコが座った。

「よう」

「みんなの所じゃなくていいの?」

そう言って指さした先には各隊長が自然と集まった場所だ。マルコはそちらをチラリと見るとため息をついた。

「船でも一緒なんだ、たまにはゆっくりさせてくれ」

「そんな言い方して」

思ってもないくせに、と付け足すとこっちの方が気楽に飲めるだろうと言われた。確かにそれもそうだ。顔を合わせるのはお店の人で飲むタイミングもペースもテーブルで囲むよりずっと自由だ。

「それに、たまにはなまえと飲むのも悪くねえ」

「光栄です」

アハハと笑いあって乾杯とグラスをコツリと鳴らした。チーズとナッツをつまみに出され、本格的な料理がでてくるまでそれをつまみながらお酒を楽しんだ。

「マルコは何飲んでるの?」

「この島限定って書いてあったやつだ」

「おいしい?」

どんな味だろうと気になって聞いたら無言でグラスを差し出された。飲んでみろという事だろう。今更、この歳になって間接キスだと恥ずかしがることはない代わりにむず痒い嬉しさが広がった。一口飲んでみるとアロマのようなふしぎな香りが広がり舌触りは少しザラリとしているのに重たくはない。なんというお酒だろうか。初めての感覚におもしろいと思い同じものを頼んだら、マルコも気に入ったのかおかわりをしていた。

「たしかにここでしか味わえないね」

「だな、満足するまで飲んでおけよ」

二杯目を口にしながらそんなこと言う彼はきっと嫌となるくらい飲むつもりなんだろうなと思った。

「最近どうだ」

「この前イゾウに上手くなったってほめられた」

「銃はからっきしだもんな、お前は頭脳戦派だよい」

「一番隊らしくていいでしょ」

「いつから一番隊は頭脳戦になったんだ」

適当に返事をするとわざわざ拾って笑ってくれる。ただの日常の会話が楽しくて愛おしい。そもそもこの人を愛してやまない私はどんな時間も彼がいればすべて愛おしいと思うのだろう。

「あとサッチに色っぽくなったって言われた」

「あいつ……ないとは思うが気をつけろよ」

「うん、ないよ」

「なまえは船でも人気だよい、常に警戒しろ」

そんな話ははじめて聞いた。男たちが集まった時にでも話題にでるのだろうか。確かにナースの人達とお風呂に入れば誰がかっこいい誰にだかれたいとかそんな会話がはずむことがある。好きな人がいるとバレたくない私は自ら話にはいることはしなかったが、男性達もきっとそんな感じなのだろうなと想像が容易い。

ついつい自分の事ばかり上機嫌で話していた私は気がつけば五杯目のグラスをもらった。マルコに至っては八杯目である。同時に飲み始めたのにペースがはやい。

「マルコは?」

「ん?」

「最近のはなし」

「ああ……ちょっと前にナースに告白されたねい」

なに、それ。聞いてない。この前もみんなでお風呂に入ったのにそんな話は聞いていない。言わないということはコッソリ付き合いだしたのだろうか。踏み込んでもいいのか、いや、私が知りたくない。嘘。知りたい。気がつけばマルコを睨みつけるようにジッと見てしまっていた。

「そんなに見られると穴があくよい」

「なんて、返事したの?」

「さあ、どう思う?」

お互い良い感じに酔っている。頬を少し赤らめて浮き立つような感覚で駆け引きみたいなやりとりがはじまった。
真意を探ろうと更に見つめていると彼の瞳がギラリと光った。そのことに気がついた私は背中をゾクリと震わせる。鳥肌がたつ。その体に、触れたい。唇を這わせたい。抱きしめられたい。温もりを感じたい。唇を、重ねたい。彼の目もそう訴えている。今、同じことを考えているのがわかる。

「そんな目でみんな」

「マルコこそ」

「俺の事ほしくてたまらないって顔、やめろ」

「逆でしょ、マルコが私をほしくてたまらないって顔をしてるの、鏡を見てごらん?」

クイっと顎で御手洗に行って確認しろとジェスチャーをすると素直に立ち上がった。だからそのまま見に行くのだと思ったのに腰を強くひっぱられた。まだ飲んでいる仲間に俺らは先に戻ると声をかけるとグイグイ出口に進んでいく。なんだというのか、助けを求めるように近くにいたサッチにアイコンタクトを送ると静かに首を横にふった。

「マルコ、どこ行くの」

「どっちが欲しがってるかわからせてやる」

「どういう、」

意味と聞きたかったのに唇で塞がれてしまった。たった一回のキス。でも深くて長かった。脚が震えてうまく立てない。唇を離すと私を抱えるようにして宿へ向かった。簡単に鍵をもらうとガチャリと開け乱暴に施錠をした。

マルコは限界だと言うようにフウフウと肩で息をしている。目も据わったままだ。きっと私も同じようにひどく欲情した姿をしているのだろう。ベッドに押し倒されると彼のつけている香水がふわりと香る。爽やかで優しい香り。それを打ち消すような甘ったるく重たく思考が鈍りそうな香り。ネクタリン、ライラック、それにどこか濡れた子犬のような不思議な香りだ。

「はっ、余裕そうじゃねえか」

「私がほしいんでしょ」

「煽ったのはなまえだからな」

余裕なんてものはない。この展開に緊張してどこか冷静な自分がいるだけだ。でも体は正直で彼の香りに、この独特な香りにひどく欲情しているのは確かだ。さっきのキスだけできっと洪水になっているであろうことをバレたくなくてなんてことない顔をする。
首元を吸い上げるように口付け、貪るようなキスをしながら上着を脱ぐ姿に脚をこすりあわせるほど興奮した。そこからはお互いに本能のままひたすら気持ちがいいことを求めた。何度体を重ねたかわからない。

こんな歳にもなってまさか酔った勢いでやりました、なんてことがあるとは到底思っていなかった。
朝起きると彼の腕を枕に抱きしめられていた。目が覚めた時、好きな人の顔が目の前に広がっているとは思わず声がでそうになったのをなんとかたえて起こさぬように上半身を持ち上げる。状況を理解しようと周りを見渡したがベッドは乱れていて服も散乱していた。完全にやってしまった。よりによって好きな人と。いや、好きな人なのが不幸中の幸いか、やはり不幸であるか。
今思うとあのお酒にはなにか入っていたに違いない。あの独特な香りに飲まれるような、はじめての感覚だった。私もマルコもそんなに飲んでいないのにお酒に溺れたように、また欲に溺れたように我を忘れて貪るだなんて失態をしないはずだ。

呆然としていると横から小さく声が漏れ起きる気配がする。下着は遠くにあって取りに行ったところで目が覚めるのが先だろう。今更ではあるが完全に冷静になった今、裸を見られたくは無い。足元にあるシーツを心ばかり胸元へ引っ張った。

マルコも上半身を起こすと思い出したのか頭をガシガシとかいた。

「あー、おはよう」

「おう」

「ねえ、昨日のこと覚えてる?」

私とは違い動揺する様子がないので、もしかしたらと思い聞いてみたら昨夜とは違った鋭い目つきで睨まれる。

「覚えてねえのか?」

「いや、私は覚えてるけど」

「俺も忘れてねえよい」

なるほど、覚えていたか。なんでそんなに冷静なのだ。よくあることなのだろうか。確かナースに告白されたと言っていた。彼女ともこういうことがあったのだろうか。そう考えると辛くなってきてしまいシーツを握る力が強くなってしまう。

「なんで泣きそうな顔してんだ」

「ねえ、なかったことにしよう忘れよう」

もし付き合っているのなら絶対にその方がいい。それに彼からなかったことにしてくれと言われたらきっと死にたくなる。だから先手必勝、言わせてもらった。すぐにそうだなと返ってくると思ったのに違った。

「俺は手放すつもりなんてねえからな」

「なんで」

「なんだよい、泣くほど嫌か」

泣いているのはそういうことではない。とは言えない。でもポロリとこぼれてしまったのは仕方がない。だって何度でも言うがこんな展開想像もしてなかったのだから。それに、なんといっても問題があるじゃないか。

「マルコこそナース……」

「まだわかんねえのか」

そんな成り行きで抱いたから責任とります、みたいなのはいらない。虚しくなるだけだから。だって私はマルコが好きなのだから。同情で付き合ってもらっても嬉しくない。

「やっと抱けたんだ」

「マルコ……?」

「なまえはそのつもりなかったろうがな」

その通りだ。まさかこんな事になるとは思ってなかったしするつもりだってなかったのだ。一度スイッチが入ってしまえばもうなし崩しで、理性も失い何度も求めたことを忘れてしまいたい。

「なかったことにはしてやらねえよい」

「責任とってほしいとか思ってないよ」

本当に頼むからこれ以上惨めにしないでくれという思いで断るとギュッと頭ごと強く抱きしめられた。

「なまえがずっと好きだった」

「え?」

抱きしめられていた手が緩み自然と顔を見合わせる。

「返事は」

「あ、私も、マルコが、好き」

よくわからないまま好きだと伝えてしまう。私はまだ酔っているのだろうか。頭がうまくまわらない。その言葉に満足したように笑った。

「知ってる」

ああ、やっぱりまだ酔いがさめていないようだ。彼に逆上せて夢心地で昨日みたいに熱いキスをされて脳がとろけるような感覚で何も考えられない。もうあの独特な香りはしないけどマルコの香りが体温が私をいとも簡単に酔わせる。そしてまた互いの体温を確かめ合うのだ。