からだからはじまる

強引でも関係もっちゃえばそれなりに大事にしてくれるんじゃない。

ってアドバイスとは到底言えないことを口にしたのはサッチだった。私がマルコに片想いしていることに唯一気がついた人だ。毎回暇つぶしとでも言わんばかりに会えば最近どうなんだと問い詰められる。その度に何も変化はないと話していたため、つまらないと一蹴するかのように提案という名のばかりに押しつけをしてきた。

「そんなの、できるわけないでしょ」

「最近あいつ忙しいだろ」

「うん」

「寝不足なところにお疲れ様って強い酒を飲ませてベロベロになったところでやっちまえよ」

「キッカケの話じゃなくて……」

「なに?なまえ処女なの!?」

「サッチ!!」

今日は相当暇だったのか御手洗の帰り道バッタリ会って、そのままサッチの部屋に連れていかれた。だからだろう、誰にも聞かれる心配がないのでいつもより大胆な発言をしてくる。

「私で遊ぶのやめてよ」

「いやいや応援してんのよ」

どこがだと呆れてため息がでてしまう。目をランランに輝かせて私の話を肴に呑んでいるだろうが。

「特定の人はつくらなさそうというか」

「今まではいたことないな」

「家族に手を出すのもイメージにない」

「するどい、面倒事になるからって言ってたわ」

「ほら!もう望みないじゃん」

「過去は過去!未来は切り開け!」

もう話にならない、と私もグラスを口にする。でも確かに家族である私と関係をもってしまえば罪悪感でズルズルとでも大事にはしてもらえそうだ、なんて一瞬でも想像してしまった。お酒もすすんでいるせいかサッチはまだ下品な言葉を並べて一人盛り上がっている。


先日の買い出しリストの締切を一週間延ばしたのにまだ持ってこない。忘れてるんだろうなとわざわざ部屋に出向いたのが間違いだった。酔っているのか大きな声で会話しているらしく、ところどころ漏れて聞こえてくる単語はひどいものだった。
処女だ遊ぶなだ、とても家族同士の会話とは思えない。それもまさか自分の密かに想いを寄せている相手の声だと気づいた時は吐き気がした。無理矢理、なら止めにはいるが会話は弾んでいるようにも聞こえる。それにこんな時間に男の部屋に行くということはある程度わかっているだろう。そう思い部屋へ戻ろうと元来た道を辿るが、やはり気になってしまい戻ってきた。数回ノックをしてようやく扉が開く。

「お、マルコじゃん」

「いつになったら買い出しリストだすんだよい」

「あーあれな!なあ、なまえ終わった?」

「この前全部埋めて返したでしょ」

「え〜どこやったかな」

力の入らない手足で机を探るサッチに、ここでしょと紙を数枚掴んでこちらにやってくる。どこにあるか把握しているくらいの仲なだということがわかる。実際まるで自分の部屋かのようにリラックスしている姿も目の当たりにしてしまった。

「はい、直接渡せば良かったね」

「そうだな、次からはそうしてくれ」


噂をすればなんとやら、こんな時間にやってきたのはマルコで、わざわざ書類を取りに来たというではないか。いつもなら人がいたらそんな理由で入ってこないというのに、大概わかりやすいし拗らせてるよなあと思う。どうせなまえが居ることがわかって気になって仕方なくなったんだろう。あからさまに嫌そうな顔をしていて笑ってしまいそうだ。

「もう用事はすんだか?」

「あ?あぁ……」

ちょっと意地悪をしたくなって追い返そうとするがどく気配がない。ずっとなまえを見ている。さあ、どうでるのかとワクワクして見ていたが、緩く開いた口とは逆に手に力がはいってクシャリと皺が寄る音がした。

「ほら、行くぞ」

と思えば逆の手でなまえの手首をつかんだ。なまえは何故だという顔をしているもののグラスを置いてゆるりと立ち上がった。

「どこに行くの?」

「こんな時間まで男の部屋に居座るな」

あからさまな嫉妬なのに子供扱いされたと思ったのだろう拗ねた顔をしている。お互いにブツブツと文句を言いながら俺の部屋を出ていった。おもしれえ!これは絶対なにか展開あるはずだ。もしかしたらさっき話してた寝込みを襲う作戦が行われるかもしれない。きっと明日の酒もうまいだろうとご機嫌な気分のままベッドにダイブした。


「私、子供じゃないんだけど」

「危機感の無さは子供だよい」

「サッチじゃん」

「そういうところだ」

「じゃあ、マルコはいいの?」

と、言うのも自分の部屋に帰されるかと思ってついてきたらマルコの部屋についたからだ。彼の理論で言うとマルコも男なんだからこの時間に二人きりは良くない。それともそもそも女として見られていないのか。いや、それならさっきの注意はされないだろう。でも家族には手を出さないって決めているらしいから……ああ、もうわからなくなってきた。当の本人はしばらく考える素振りを見せた。

「……よく、ねえな」

「じゃあ部屋に戻るよ」

「待てよい」

入ってきたばかりの扉をまたくぐろうとするが未だに離されていない手首に力がかかる。私は酔っているのだろうか、やっちまえという言葉を何度も頭の中で繰り返してしまう。だからはやくこの場を離れたいというのになぜ矛盾したことを言うのだろうか。

「サッチのこと好きなのか」

「なんで?」

「違うならもう夜に部屋に行くのやめろ」

「まだそれ言ってるの」

「わかってないからだ」

「わかってるよ」

「わかってねえ!」

グッと引き寄せられたかと思えば素早く唇が重なり離れた。なにが起きたというのだろうか。私は情けなくもポカンと目と口を開くことしかできなかった。もう一度顔が近づいたかと思えば開いた口から舌がはいってきた。驚いて後ろに下がろうとするが、書類を投げ捨てた手で後頭部を掴まれる。身動きができないまま呼吸をするのも忘れ必死でついていくしかできなかった。

「……逃げられねえだろ」

ようやく終わったと思えばそんなことを言われ口を噤むしかできない。男が本気にならなくてもいとも簡単に身動きを塞いで好きにされてしまう。

「だからって、こんなことしなくても」

いいじゃん、そう言いたかったのに先に涙が流れてしまい続けることができなかった。マルコにとっては説教の一環でそんなつもりはない動作かもしれないが、私にとっては好きな人とのキスだったのだ。それをこんな形で叶えたくなかった。


やってしまった、その言葉以外にでてこない。それっぽく言葉を放ってみたものの泣かせてしまった。それはそうだろう、ただ楽しく飲んでいただけなのにこんなおっさんにキスをされて舌までいれられて、不快だっただろうし怖かっただろう。でもあまりに無防備なこいつに謝る気はなくて、なんならまだ怒りさえある。これに懲りて大人しくなればいいが、あまりに泣く姿に少しずつ冷静になってくる。我ながらこれではあまりだと思った。

「俺じゃなかったら最後までされてたよい」

「わかったってばっ」

掴んでいたことを忘れていた手を振り払って遠ざけるように胸を叩かれた。違う、いや、違わない。こういうことが言いたいが、こういうことを言いたいわけではない。いっそ想いを伝えてしまおうか、そう頭に過ぎる考えにこれ以上拗れてしまっては支障がでるかもしれない。なんて、言い訳をして逃げ道をつくってしまう。恋にこんなに臆病になるとは思ってもみなかった。

「わかったから、続きしてよ」

「は?」

何を言っているのか、聞き間違えだろうか。続きってなんだと聞こうとして口を閉じた。

「こんな時間に、男の部屋で、なにもないわけないんでしょ?」

「……何が言いたい」

「だったら、襲ってよ」

止まらぬ涙を流しながら上目遣いで睨まれても、それこそ誘って居るようにしか見えなくて目眩がする。本当に、なにもわかっちゃいない。俺だからそんなこと言っても手をだされないと高を括っているのだろう。自分への信頼が今は憎らしい。


これは言わば開き直りだ。サッチの影響を受けたわけではない、このままさっきのキスがなあなあで流れてしまうのが嫌だった。それならマルコの言うことを利用してやろうという魂胆である。手を出すなら最後までしてほしい、ヤケクソみたいなものだ。自分が言ったんでしょと煽れば深く眉間に皺を寄せて頭を抱えた。

「お前なあ」

「じゃあサッチの所に戻る」

「抱けば気がすむのか」

「二度と男の部屋には行かない」

「……わかったよい」

そう言うと共にまた深く口付けられた。そのまま何度か角度を変え繰り返すと所謂お姫様抱っこをされ思っていたより優しくベッドへ置かれた。

「覚悟、できてんだろうな」

サッチの言う通り彼は徹夜で疲れているのかもしれない。強いお酒を呑ませたわけでもないのにこんなに簡単に抱いてくれるとは思わなかった。うん、と頷くと少しカサついた手がスルリと腰から入ってきてそのまま背中を這いホックを意図も容易く外す。前止めのボタンを一つ一つ丁寧に外されていく中、急に羞恥心が襲った。それが伝わったのか「もう遅い」と言い脱がす手はとまらない。


まさかこんなことになるとは思っていなかった。本当に手をだしてしまっていいのか、考えようとしても頭はうまく働かなくて、きっと朝になってお互いに後悔するんだろうなということだけ頭の隅でぼんやり思う。それに、もう止められるわけがない。自分は思っていたより我慢強いわけでもなく理性がもなくただの雄だということを知った。

そこからはそれこそ本能のままに快楽を貪った。途中で嫌と言われても待ってと言われても何一つ叶えなかった。だって、お前が誘ったんだ。
やることをやり終えたら気絶するかのように眠ってしまったなまえを温めたタオルで綺麗にして自分も横になる。本当は気持ちを伝えてしまいたかった、だから、せめてと抱きしめて眠ることにした。

ふと目が覚めるとそこになまえの姿はなくて、やはり後悔が待ち受けていた。起きた時に横にいないというのが、想像以上に堪える。これはなかったことにしたいという気持ちの表れなのだろうか。今更かもしれない。もう顔も見たくないかもしれない。それでも、この喪失感がひどく心を抉るように突き刺さる痛みから逃れたい。どこまでも自分勝手だと乾いた笑いがでる。重たい身体を引きずるようにして気持ちを伝えるべく、なまえの部屋へとむかった。


昨日の続きが気になっているというのに、あの二人はまだ食堂にやって来ない。昼を過ぎたというのに、何度目になるかわからないが時計を見てため息をつく。二人分の食事を朝と昼も置いてある。これを持って部屋に押しかけようと思ったが二人が裸で抱き合っていたらこっちが気まずいし、何よりマルコにこっぴどくしめられそうでできずにいる。全ての食器を洗い終わりお酒をグラスに注いだ。二人がやって来ないということはつまりそういうことだろう。よほど昨夜は激しかったんだと顔がニヤける。これは想像以上においしいお酒が飲めるかもしれない。保存性の高いナッツをつまんでいると扉が開く音が聞こえた。顔をあげると待ちに待った二人の姿が見えた。さて、どう尋問してからかってやろうかとほくそ笑む。今夜は宴だなと今からワクワクがとまらない。