「名前、どれがいい?」
机の上に並べた三つのDVDを楽しそうに眺めながら問うシエルに、あたしはソファーに三角座りしながらうーんと曖昧に返す。
“明日急にオフになったから泊まりに行ってもいい?”
そうシエルから電話が来たのが三時間前。夜九時を回ったところだった。
丁度あたしも明日は仕事が休みでその電話に了承してから一時間後、十時過ぎ頃にシエルは片手にお酒の入ったスーパーの袋、そしてもう片手にレンタルDVDを持ってやってきた。
「お酒買えたんだ」なんていたずらっぽく言ってみれば「俺ももう二十歳になったから」って返ってきてもうそんな年になったのかとあたしが驚いた。
シエルに初めて会ったのはシエルがアイドルになって一年目の事。
もともとハーフで大人っぽい顔立ちをしていたから、三つも年下だと知ったときは驚きを通り越してショックを感じたのを今でも覚えてる。
付き合い始めて三年。あたしも社会人になって独り暮らしするようになってからちょくちょくうちに泊まりに来るようになった。二人で過ごす時間はいつでも穏やかで、シエルがアイドルだとか、いろんな不安をすべて掻き消してくれる。
「ねぇってば。どれがいい?」
あまりにも決めないあたしにしびれを切らしたのか、シエルは三つのDVDを持って隣りに座ってきた。
こういう時シエルは距離感が近い。あたしにだけだったらいいのに多分誰にでもそうなんだろう。さすがは外国の血。
「うーん…じゃあ…」
あらためてDVDを見てみればまぁなんともシエルの好きそうな映画ばかり。
洋画の恋愛映画が一つとアクション映画が一つ。そして日本のホラー映画が一つ。
「じゃあ、この恋愛映画で」
「まさかとは思うけど字幕つけようなんて言わないよね?」
「…じゃあ…このアクションえい…」
「これも字幕なしだよ?」
「…」
「…」
こいつ…あたしがホラー苦手なの知っててわざと他は洋画ばかり借りてきたな…。
目の前でニコニコあたしを見つめるシエルは到底三つも年下とは思えない。
「…このホラーはどういう内容ですか…」
「えっ?これ?え、これに興味あるの?」
待ってましたと言わんばかりの笑顔。可愛いと思ってしまうから悔しい。
「えっとねー…。人を殺して食べるのが趣味の…」
「もう結構です」
「まだ全然説明してないよ?」
「うん、いいから」
「あ、いいんだ。じゃあこれにするね」
「はっ!?ちがっ!!そういう意味じゃ…!!」
「はーい、再生しまーす」
あたしの努力もむなしくピッという軽快な音が鳴って映画が再生される。
「無理無理無理無理…」
「はははっ!!ほんとに苦手なんだね」
ソファーに横向きに座って耳と目をふさげば横から楽しそうなシエルの声。
ほんとありえない。
「もーじゃあそんな名前のために…おいで?」
ふふっともう一度楽しそうな笑い声の後、そうっとシエルの方を見ればシエルもソファーに横向きに座って手を広げて待っていた。
その胸にありがたく飛び込ませてもらって、目と耳をふさぐ。
と、そのままシエルの手があたしの後頭部に添えられる。
そしてそのままそうっとソファーに押し倒された。
目の前にはシエルの顔。
「えっと…何してるの…かな…?」
何秒そうやって見つめあっていたのだろう。すごく長かった気もするし、すごく短かった気もする。
やっとあたしが発することのできたのはそれだけで、その言葉すらうまく出てこなくてつっかえた。
「なにって…見てわからない?」
「見て…って…」
「そんなにホラーが怖いなら俺が名前食べちゃおうかなーって」
対するシエルはいたって冷静でそれが余計パニックにさせる。
「だめ?」
「だめって…そういう問題じゃなくで…」
「じゃあどういう問題?明日二人とも休み。映画は怖いから見れない。やることがない。じゃあもう問題なくない?」
積みだ。もう返す言葉がない。
「このままキスするまで無言だったらオッケーの合図ね」
勝手にそんなルール決めてシエルの顔が少しずつ近づいてくる。
ああ、ダメだ。勝てない。好きだ。大好きだ。
「今夜は寝かさないよ…なーんてね…」
唇と唇が触れる一瞬前。
まるで悪戯する子供のように無邪気に小さく呟いた声に。シエルのこの声に。
今宵もあたしは溶かされていく。
ドラマチックなあれこれ / Ciel Aikawa