「あれ?名前、またお昼パン?しかもそれ購買のやつじゃないよね?」
大学のお昼休み、弁当を持ち寄って集まった仲良し五人組。その中の一人に一番突っ込まれたくないところを突っ込まれ、心が一つ跳ねる。
「へっ?あ、うん、そうそう」
「どこのやつ?最近いっつも食べてるよね?」
「えっと、近所の個人でやってるパン屋さんの」
大学生ともなればいろんなところから人が集まっていて少々の地元情報を出してもそうバレない。
「へーそうなんだ」
案の定、そういっちゃえばそれ以上どこにあるかは尋ねてこない。
「そんな美味しいの?」
「へ、あ、うん」
ここからは適当に返事しておけば大丈夫だ。
…本当は美味しいからっていうよりもっと大きな理由があるんだけどね。それを言っちゃうと質問攻めにあうのは分かってるから言わないけど。
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学校終わり、私が一目散に向かうのは駅。新しいアルバイト始めたから早く帰らなきゃ、なんて皆に嘘をついて駅までの道を走る。今日の朝、あの人はいなかった。なら…。
「もー…電車…」
電車が来るまでのちょっとの時間ももどかしい。たった二駅で家に着くほど近くの大学に進学したけど、それでもその二駅が遠く感じる。
時間にして五分。体感にして一時間以上電車に揺られ、飛び降りて改札を出てすぐ右。坂道を上る途中にそれはある。
「いらっしゃいませ〜」
ドアを開けた瞬間ふわっと香る香ばしい香り。そして。
「あ、君、また来てくれたの?」
「あ、は、はい…!!」
ふわっと優しい笑顔の人。
―――私がここにパンを買いに来る最大の理由の人。
「朝も来てくれたんでしょ?店長に聞いたよ」
「あ、えっと…ここのパン、美味しくて…あの…」
あははと笑った後、ありがとう、と少し訛って答えてくれる。
最近、ほんと最近。少しだけ仲良くなって知ったこと。越智さんという名字だということ。下の名前はたすきで、実は関西人であること。仲良くなるとつい関西弁が出ちゃうこと。
たったそれだけのことだけど、それを知れた日は夜寝られなくなるほどうれしかった。
「名字さん、出来立てだけど、これどう?」
丁度運んでる最中だった籠をこちらに向けてくれる。
「あ、か、買います…!!」
そう言われちゃうと買っちゃうじゃん。断れないよ。
越智さんの持っている籠からパンを取りながらちらりと越智さんを盗み見。
…あーだめだ。かっこいい。
一目ぼれからの完全な片思い。何歳かも分からないし、ここで働いているとき以外何をしているのかもわからない。それでもかっこいいし好きだ。
「…そんなに見られると動けないんだけど…?」
「へっ!?」
不意にかけられた越智さんの言葉に我に返ってみると困ったような笑顔の越智さん。
「ご、ごごめんなさい!!」
やっばい。やらかした…。
慌てて目をそらす。
と。
「ちょっ!!」
急に後ろから越智さんの慌てた声が聞こえて腕を掴まれた。
「あっぶなぁ…」
私の腕の先にはパンの乗ったトレー。傾いてパンが落ちかけたのを止めてくれたらしい。が。
「あ、ごっ、ごめ…!!」
「あっ、いえ…その…私もすみませんっ…」
それどころじゃない。ぱっと離された手。逸らされた顔。見えない表情。
「じゃ、じゃあ…ゆっくり見てってね」
「え、あ…」
そそくさとその場から離れていく越智さんを止める術は私にはない。
籠を置いてお店の裏に入っていった越智さん。そうなってくると私はこの店にいる意味がない。
「お会計お願いします」
越智さんが渡してくれたパンだけが乗ったトレーをレジに持っていけば、笑顔の素敵なお姉さんが会計をしてくれる。
「120円です」
カバンから財布を出して…最悪だ…小銭全然ないじゃん。一万円札しかない…。
「すいません、一万円しかなくて…」
大丈夫ですよ〜、と相変わらず素敵な笑顔のお姉さん。これが越智さんだったら話すチャンスが増えてうれしかったのにな…。
「九千円のお返しと…八百八十円のお返しです。ありがとうございました」
パンを受け取り店を出る。
明日…どうしよう…私に来られても気まずいよね…。
「あのっ!!」
急に聞こえた声。声の方向は今さっき出たばかりのお店から。それもよく知った声。思わず足が止まる。
「あのっ…名字さん!!今週の土日…!!どっちか空いてますか!!」
周りの人が何事かとじろじろ見てくる。
そりゃそうだ。パン屋の制服着た男の子が大声で女の子に声かけてるこの状況。私も通りすがりの人間だったら見てた。
「よかったら…!!あの…お茶だけでも…!!どうですか…!!」
そんなの返事は決まってる。
というか、こんなこと言われてるなんて夢のようだ。
「もちろん…是非…!!」
ふわりと香る / Ochi Tasuki