「おはようございます」
「…あ、はよ…」
月曜日。朝からいつものようにドタバタと用意して外に飛び出た古田はばったりと有馬に会った。
「…なんですか?」
「あ、いや…そっか、お前隣に引っ越してきたんだなぁと思って」
「古田さんじゃないですか。ここ紹介してくれたの」
「ああ、うん。そうだな」
「行きましょ遅れますよ」
「あ、おう」
いつもの優しい笑顔を向ける有馬。そんな笑顔を自分の家の前で見ていることに不思議な感覚を感じながら、古田は有馬を追いかけた。
(そっか…これから有馬が隣になるのか…)
「古田さん?」
「あ、ごめ、行こっか」
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「ってか、古田さん朝からうるさすぎ」
「えっ?」
「バタバタバタバタ…叫んでるのまで丸聞こえでしたよ」
「え…まじか…」
「まじです」
「だいたい…動き始めるの遅いんですよ。急にバタバタ聞こえ出してこっちびっくりしたんですから」なんてぶつぶつ呟く有馬に古田は一言謝罪。
「俺も今日は遅かったけど、それでも間に合わないとかないし…どうやったらぎりぎりになるんですか」
「はい…あ、あの…もしよろしければ起こしてくれたり…」
「俺はしないですよ」
「はい…」
有馬が来ることで自分自身の生活レベルがちょっとは向上するのでは、なんて淡い期待を抱いていた数日前の自分を殴りたい。どうやら有馬には本当に古田を助ける気はないようで。
「そんなに見てきても俺はなんもしません」
有馬はジロッと古田を一瞬睨んで前を向いた。
(…ってか…)
「…有馬自分の事俺って言うんだな」
「は?」
「あ、いや、有馬っていつも僕って言ってるイメージがあったから…」
「先輩たち相手には俺って言わないようにしてるだけです。マナーですよマナー」
「ほー…ん?いや待て?お前それ俺の事は先輩って思ってないってことか!?」
「あ、ばれました?」
にやっと意地悪く笑った有馬にグーパンチをお見舞いすれば、今度はにひひと子供のような笑顔を向けてくる。
「…古田君…?」
と、不意に後ろから声をかけられ、古田は振り返った。
「おお、安達」
「やっぱ古田くんだ」
振り返ると、そこには会社の同僚であり同期の安達優香がいた。
「おはようございます」
「あれ?有馬くん…?」
自分の会社の同期=有馬の先輩にあたる。有馬はいつもの完璧スマイルで安達に挨拶をするが、安達はびっくりしたように有馬を見た。
「え…?有馬くん電車だよね?古田くんち行ってたの?」
「あ…えっと…」
言葉を濁し、ちらりと古田を見る有馬。
「こいつうちの隣に引っ越してきたんだよ。だから一緒」
古田としては別に黙っておくことでもないため有馬の肩を叩き、安達に説明する。
「へぇ〜…」
古田の説明に曖昧に返事をした安達はじっと有馬を見る。
「…とりあえず…会社行きません?三人とも遅れますよ」
対する有馬はいつもの笑顔を崩さない。
「そうだね、行こっか」
にこり、と。安達も笑顔を向ける。
世間一般的に見ても安達は可愛い。そして有馬はかっこいい。そんな二人が不気味な笑顔を向け合っているこの構図。さすがに古田でもこの状況はやばいと感じる。
「よっ、よし!!じゃあ…今日も楽しくいきましょう!!」
パンっと手を叩いて二人の間に入れば、余計にその二人の間に流れる空気の異様さが分かる。
「そうだね」
「そうですね」
(…ダメだ…俺じゃ無理だ…)
ははは、と乾いた笑顔を二人に向けるが聞こえている気はしない。もうどうしようもないと諦めて一番先頭を歩き出せば一応二人ともついてくるから一安心。
(なんだよ…なんなんだよ…)
いくら考えても突然二人の間に流れ出したこの空気の意味は分からない。
「ねぇ、古田くん」
「は、はいっ!?」
急に声をかけられて我に返り、振り返れば。
「今日、古田くん定時で上がり?」
にこりと笑う安達。
(可愛い…ってそこじゃない!!)
「え、あ、あ、うん」
「じゃあ…仕事終わりご飯行かない…?」
(あーもう…早く会社着かないかなぁ…)
有馬と安達の空気は変な感じだし、もういっそ早く会社について仕事を始めたい。
なんて。人生で一度も思ったことのないようなことを思いながら、古田は安達の言葉を聞き流した。
が。
「ああ、うん…えっ?」
安達のはなった言葉の意味をもう一度、理解しなおして、古田は思わず足を止めた。
「ダメ?かな?」
「えええ!!」
対する安達は少しさみしそうな表情でちらりと古田の表情をうかがう。
「あえっと…嫌ならいいんだけど…」
「っいやいや!!行くよ行こうよ!!」
「…よかった…」
そんなことをされてしまうと対女性対応に慣れていない古田は賛成の声を上げるしかできない。
横にいる有馬に助けを求めようとするが、あまりの急展開に珍しく有馬も驚きの表情で固まっていて使い物になりそうにない。
「えっとぉ…ほかに誰か呼ぶ…?同期とか…あっ有馬も来る…?」
(ば…っか…かよおい自分…!!そこはさらりと言うところだろなになよなよした声出してんだ…)
とにかくどうにか切り抜けなければとフル回転させた脳が出した答えは思ったよりも我ながら情けない声となって出てきて、心の中で自分を殴る。
「ち、違うの…!!」
(ち、違う…?)
が、そんな行動も安達の一言で強制停止させられた。
まるで有馬がここにいないかのように。まるで二人だけの空間のようにまっすぐに古田を見つめだ安達は、立ち止まり少し下を向いて少し迷ったように口を何度か開閉して―――。
「えっと…二人で行きたいなぁ…って…」
「えええええ!!」
古田にとって爆弾を落とした。
―――神様…とうとう俺にも春が来るかもしれません…。