本文
 ずっと一緒にいてもう何度だってこうしているのに、いつも、きれいで大事だと思う。俺の動きに合わせてひくひく震える真っ白なお腹も、赤くなった首筋も、俺を見つめてくれる茶色い目も、全部が好き。好きで、愛おしくてたまらなくなって、いつも制御できずに言葉がこぼれる。
「かみちゃん、かみちゃん、かわい、きもちい?」
「ん、……、っ」
「なか、ぎゅうぎゅうや、かわい……」
 神ちゃんが突くたびにびくびく反応してきゅうっと俺のを締めつけるのが、こんな狭いところ、自分の内側に俺を受け入れてくれてるんやって思えて、幸せで溶けてしまいそうになる。こくんと頷いてくれた神ちゃんの髪は乱れていて、いつもあんなにきれいにして気にしてるのに、今はそうじゃないんやって思ったらまた愛おしくなった。
「かわいいなあ、かみちゃん、ぁ、きもちいよ、」
「は、……ん、」
「かみちゃん、すきや、だいすき……」
「っ、……」
 顔を寄せて、ちいさな唇を食むようにキスをしながら突き上げる速度を上げていく。舌を絡めながらぐっと奥を押すように突いて、一緒に前も擦ってあげると反応が増す。締めつけがきつくなって、込み上げるままに薄い膜越しに欲を吐き出した。神ちゃんもほぼ同時にいったようで、俺の下で体がびくん、びくんと震えている。ぎゅっと抱きしめながら俺も出し切って、しばらく二人で息を乱しながら肌をくっつけ合い触れるだけのキスを何度か交わす。やがて神ちゃんが落ち着いたのを見てゆっくり抜いた。いつもこの瞬間がさみしくて、今日はおしまいだと自分に言い聞かせる。俺を見上げるちょっとぼうっとしてとろけた目がかわいくて、ゴムを捨てたあとすぐに身を寄せた。
「かみちゃん」
「ん?」
「ちゅーしたい」
「んは、なによ今さら」
「え、あかん……?」
「ちゃうよ、さっきはぐいぐいしてきてたのにって」
「今神ちゃんの顔見たらまたしたくなって、したいって思ったの言いたくなってん」
「しげってほんま素直やな」
 神ちゃんがおかしそうに笑い、一瞬掠めるだけのキスをしてきた。驚く俺を見てまた笑う。
「なに間抜けな顔してんねん」
「え、なんで?」
「今言われて俺もしたくなった」
「ずるいわ。先に言うたん俺やのに」
「なに、一回でええの?」
 いたずらっぽく目を細める神ちゃんに、飼い主にゴーサインを出された犬みたいにキスをした。神ちゃんとキスするのが好きだ。触れてるのは唇だけなのに、こっから全部伝わってくるみたい。甘ったるくて、どっからどう見ても幸せいっぱいなカップルのいちゃいちゃ、やと思う、我ながら。だから今日も、ずっとつっかえているものを口に出すことなくそのままにしておいた。しばらく意味なくだらだらといちゃいちゃして、ぎゅうぎゅうになりながらシャワー浴びて、隣ですうすう眠る神ちゃんの寝顔を見つめる。昔からずっと変わらない、あどけなくてかわいい寝顔。無意識に口角が上がっている自分に苦笑する。
 だけど同時に一人の時間が訪れると襲ってくるざわつきが無視すんなと言わんばかりに膨らんできて、溜息をつきそうになったのをぐっと堪えた。いやいや、なんも、不安なことない。さっきだって神ちゃんからキスしてくれたやん。好きってちゃんと伝わってくる。わかってる、考えすぎやって。でも、一度気にするとあれこれ余計なことまで考えてしまう性分がどうにも心をかき乱す。
 お互い男を好きになったのが初めてで、男とそういうことをするのも初めてで、神ちゃんは抱かれる側になるのも勿論初めてで、不慣れすぎてわからないことだらけのまま二人でゆっくりじっくり段階を踏んでここまで来た。どうしても負担が大きくなる神ちゃんもようやく「気持ちいい」でいっぱいになれるようになった、と、思ってる。最初の頃はぎこちなかった表情や反応も今じゃずいぶんとろけて、神ちゃんから誘ってくることもあるくらい。色んなところから俺への気持ちもめいっぱい感じてる。だけど最近気づいた。
 ……なんか、えっちの最中、神ちゃんの声をほとんど聞いていないような気がする、と。
 俺がおしゃべりすぎるのもあるかもしれないけど、かなり控えめなような、気が。それまでは全然気にしてなかったのに、一度そう考えてしまうとどんどん気になって積み重なっていき、だからってこんなことで悩んでるなんて誰にも言えず俺は一人頭を抱えていた。だって、だってさあ、恋人がえっちのとき全然声出してくれないなんて悩み、色んな意味で誰にも言えんやろ。ていうか改めて言葉にするとくだらない悩みすぎてちょっと自分に呆れる。
 別に、それが嫌なわけじゃない、断じて。神ちゃんがそういうタイプなら全然それでいいと思ってる。無理して出してほしいなんて思わない。けどもし逆に神ちゃんが何かを気にして無理してそうしてるとかなら、そんなことしないでいいって言いたかった。……女の子と比べてとか、萎えるかもとか、そういう理由で声を抑えてるなら、そんなん全部意味ないのにって。でもこれも俺の想像でしかないし、もし神ちゃんが本当に控えめタイプだった場合絶対に気を遣わせてしまう。今度はわざと声を出すようになるかも。それは避けたい。でもでもそうじゃなかったら……。
 と、いつもこの調子でループして、最近はそのまま寝落ちすることもしばしばで。かわいい顔して寝ている隣の恋人に悩みを打ち明けるか黙っておくか、その二択で俺は今のところずっと後者を選び続けているのだった。

 結局昨日もそのまま寝落ちしたようで、気づいたら朝になっていた。ねぼすけな恋人をベッドに残したまま顔を洗ってお湯を沸かす。一応少し多めに沸かしたけど、多分起きてくるにはもう少し時間がかかるだろう。今まで俺がどんだけ飲んでても興味を示さなかった白湯を三十になった途端健康を意識して飲み始めたのはなんというか神ちゃんらしくてかわいいけど、朝揃って飲めるのは半分くらいの確率だ。最近ハマってるアプリの影響で早寝になってきてるから、これでも少し上がった。
 今日は午後からグループ仕事、レギュラー番組の収録だ。切り替え切り替え。お揃いのマグカップの片割れに注いだ白湯を一口飲んで頭を振った。
 
 仕事やその楽屋なんかでは、俺と神ちゃんはそれほどべたべたと絡まない。楽屋ではお互い違う位置を陣取るし、違うメンバーやスタッフと話す。そりゃあまったく喋らないことはないけど、多分側から見て付き合っているようにはとても思えないと思う。淳太やMちゃんに雑に絡んでる俺に見向きもせず、神ちゃんはスマホをいじっている。ゲームかブログの更新か。そこに無理に絡んでも痛い目を見るだけなので相手してくれるやつらに絡み倒していたところでスタンバイになり、今日も無事に収録を終えて、一旦家に帰ってから神ちゃんの家に向かう。俺が来週から映画の番宣で忙しくなるので、一緒に過ごせる時間は大事にしたかった。
 元気な王子に迎えられて家に上がり、丸くなってる姫に挨拶し、昨日は神ちゃんがご飯を作ってくれたので今日は俺が作ることにした。ちょっと張り切って色々と作ってしまったが、俺より量を食べる神ちゃんはそれをぺろりとたいらげてにこにこと満足げにお腹を撫でている。
「ごちそうさまでした。うまかったあ、しげほんまに最近料理の腕上がったな」
「頑張ってんねんもん。楽しいしな」
「ええことやん。ご飯おいしいと毎日頑張れるし」
「うん。あと、神ちゃんがうまそうに食べてくれんの嬉しいから」
「俺も、俺が作ったもんしげが食べてるときおんなじこと思うわ」
 ちょっと照れくさそうに笑ってから、神ちゃんが優しく俺を見つめた。きっと俺ら、おんなじ顔してるんやろな。
「神ちゃんの料理なんでもうまいからなー。料理してるとこ見んのも好きやねん」
「それ前も言ってなかった?」
「ずっと好きやもん。昔ちょっかいかけたら怒られたから、寄らんようにしとるけど」
「え、そんなことあったっけ」
「あったよ。今思うとそら包丁とか火とか危ないからわかるけどな」
「それはあかんわ。別に寄るくらいならええよ、邪魔せんといてくれれば」
「なあ、今度一緒に作らへん?」
「一緒に? ご飯?」
「楽しそうやん」
「ふふ、ええよ」
「やった。楽しみや」
 小さな未来の約束がこんなにも嬉しい。きゅっとほっぺを持ち上げて笑う顔がかわいくて、幸せだと思う。
 俺が飯を作ってる間に神ちゃんには風呂に入ってもらったから、神ちゃんに皿洗いをお任せして風呂に入る。昔は面倒くさかったスキンケアも今じゃ風呂上がりに自然とこなせるようになったし、髪は伸ばしてる上にパーマをかけたから流石に自然乾燥ってわけにもいかなくてしっかり乾かしてるけど、濡れたままで戻って神ちゃんに叱られてドライヤーしてもらうのも好きなんよなあ。今日はおりこうさんのしげちゃんで行くけど。
「んふふ、眠い? ここで寝るの?」
 リビングに戻ると、ソファに座った神ちゃんがうつむいて甘い声を出していた。声の先の神ちゃんの大事な子は神ちゃんの膝の上で目を閉じている。
「寝ちゃった?」
「うん」
「ご主人様大好きやもんなあ」
 起こさないようにそっと隣に座り、肩に頭を預ける。髪乾かしといてよかった、この状態じゃ神ちゃんは動こうとしないだろうし。神ちゃんがふっと笑う。
「なに対抗心燃やしてんねん」
「ええやん、膝取られたんやから肩くらい貸してよ」
「はいはい。明日から忙しいもんな」
「んー、ありがたいけどな」
「頑張ってな。無理したらあかんよ」
「ん。ありがと」
 優しく頭を撫でられる。あー、ペットたちもこんな気持ちなんかな。存外おっきい手に撫でられると気持ちよくてつい目を閉じた。やば、俺も寝そう。目を開きかけた瞬間、ちゅ、とおでこに柔らかい感触があってびっくりしてばっと起き上がる。
「うわ! びっくりした」
「こっちのセリフやねんけど! え? 今ちゅーしたやんな!?」
「もう、起きちゃったやん。ごめんなあ」
 膝の上ですやすや寝てた子は俺の反応に驚いた神ちゃんに驚きぴゃっと降りていってしまった。そのままケージに避難していく。
「あっ、ごめん……いや神ちゃんのせいやん」
「しげが急に動くからやろ」
「やから神ちゃんが、っ、!」
 言い返そうとした俺の口を神ちゃんに塞がれ、驚いて固まる俺の舌を神ちゃんが捕まえて深く絡めてくる。え、なになになに? いきなり積極的すぎて驚いたが、やられっぱなしも嫌で俺からも舌を動かして追いかける。そのうち神ちゃんの手が俺の太ももを撫で始めて、思わずびくっと震えて唇を離した。危ない、このままだと確実に勃つ。
「え、ちょ、どうしたん?」
「……せえへんの? 今日」
「いやっ……え、だって、昨日もしたばっかやし大丈夫なん?」
「全然平気」
「でも準備とか……」
「もうしてある」
「えっ!? マジか……」
 そういうことをし始めたばかりの頃は、神ちゃんの体を気遣ってできるだけ負担をかけないようにしていた。慣れた今でも、まず仕事が第一だしなんとなく連続でしないというのが暗黙の了解になっていたところはある。それを破って神ちゃんがおそらく風呂で準備を済ませてたのかと思うと、驚きと共に顔が緩みそうになって必死に隠した。
 神ちゃんが眉を下げ、覗き込むように俺を見つめる。
「……しばらくできひんから。しげはしたくない?」
「……んなわけないやろ……」
 それはさあ、反則やん。かわいい恋人にそれ言われて燃え上がらない男がいるか? 本当に少し不安に思ってたのかもしれないし、これ言って俺がこうなるって全部理解されてるような気もして、わからなくて敵わない。でも好きでたまらない。抑えていたものがこぼれそうになって、かぶりつくように神ちゃんに覆い被さりキスをした。

 仕事と仕事の間、移動の車に乗り込みほとんど無意識に息を吐いた。雑誌の取材、番宣バラエティの収録、ワイドショーの取材、公開イベントに向けての打ち合わせ、エトセトラ、エトセトラ。主演をさせてもらえることは本当にありがたくて、一つ一つが大事な仕事だから全部に真剣に取り組んでいるけど、こういうとき一人での外仕事は知らないうちに気を張っているんだと気づく。元々内弁慶なのもあり、昔よりはマシになってるとは思うけど緊張や不安とはなかなかさよならできない。最後に会った日で止まっているメッセージの履歴を見て、閉じて、スマホを伏せて目を閉じた。
 あの夜は存分にいちゃいちゃべったべたの甘いえっちをして、幸せな気持ちに満たされながら眠った。でもやっぱり神ちゃんの声はほぼ聞けなかった。神ちゃんからあんな風に誘ってくれたんだから、したくないわけじゃないはず。でもやっぱ、声、出したくないんかなあ……。
 だって聞いてしまった。もうぐずぐずになった神ちゃんの弱いところを擦ったときの、一瞬の上擦った声。そのあとはまたいつもみたいにほぼ吐息だけに戻ってしまったけど。思わず漏れちゃった、みたいな感じ。……これって、やっぱ、わざと抑えてんのかなあ……。そんでそんなの、理由限られてくるよなあ。あー、聞きたい、でも聞いて神ちゃんのこと傷つけたらどうしよう。大事にしたいのに、それなら何も聞かない方がいいんじゃないか。でも我慢してるなら必要ないって教えてあげたいし……。あー、また無限ループやん。一人でぐるぐるやってても意味ないのに。しばらく二人で会えないのに、会えないから、神ちゃんのことを考えてしまう。……まだ仕事は終わってない、集中しないと。一旦全てを頭の中から追い出して、脳と体を休めるために眠りについた。

 久しぶりの玄関に足を踏み入れると、家の主よりも先にかわいらしい足音が迎えてくれた。じゃれついてくる体を撫で回してやると、神ちゃんが微笑ましそうに眺めながら「熱烈や」と笑う。靴脱げへんからちょっと待ってな、と神ちゃんが王子を抱っこしてくれた隙に靴を脱いでリビングに向かうと、降ろされた王子が大興奮で足の周りをぐるぐる走り始めた。
「はは、かわい」
「遊んであげて。ご飯ぱぱっと作っちゃうから」
「ええの? なんかやることない?」
「今日は俺に作らせて。ほら、遊んで遊んでって言っとるし」
「じゃ、お願いするな。ありがと」
 そう言ってくれたのではしゃぎまくりの王子とたっぷり遊び、久々でちょっと警戒しつつも匂いを嗅いで警戒を解いてくれた姫を撫でちょっとじゃらしてあげていたら、神ちゃんが「しげ、動ける?」とキッチンから声をかけてきた。
「うん」
「もうできるから持ってってもらっていい?」
「うわ、うまそ! 唐揚げやん!」
 きつね色にからっと揚げられた唐揚げからは湯気が立ち昇っていた。めちゃくちゃうまそう。皿を運びながら腹が早く食べたいと訴えている。用意を終え、グラスに酒を注ぎ、二人でこつんと合わせた。
「じゃ、しげお疲れ様でした」
「神ちゃんもお疲れ」
 乾杯して一口飲んだ酒が体に染み渡る。そうしてすぐに箸を持って唐揚げに手を伸ばした。あつあつの唐揚げにかぶりつくと、カリッとした衣と柔らかい肉から旨さが溢れ出してくる。はふ、と熱さを吐き出しながら神ちゃんを見た。
「んーー! うっまあ!」
「うん、うま! よかったー、久々にやったから」
「神ちゃんの唐揚げ好きやからむっちゃ嬉しいわ、ありがと」
「いえいえ」
「でもさ、唐揚げってパパッと作れるもんやなくない?」
「んや、昨日から仕込みはしといたから」
「え? そうなん?」
「うん。今日しげに会えるのわかってたし、やったら作りたいなと思って」
「……そっかあ」
 ああ、嬉しいな。立て込んでいた仕事が終わってやっと迎えた今日を、神ちゃんも待ってくれていたんだ。一人の時間、俺のために使ってくれたんだ。
「幸せもんやー、俺」
「あはは、そんな唐揚げくらいで」
「くらいじゃないよ。神ちゃんが作ってくれたんやから」
「そんな喜んでくれるなら俺も嬉しいわ」
 神ちゃんがにこにこ笑う。添えられたレモンさえ神ちゃんはかけないのに俺のために用意してくれたんやなあって嬉しくなる。ご飯とお酒がよく進んで(神ちゃんのお酒は控えめの量で)、すっかりお腹いっぱいになった。神ちゃんはもう風呂を済ませたらしく、皿洗いのあと俺も入らせてもらう。湯船に浸かりながらここ最近の疲れがほぐれていくのを感じた。鼻歌を歌いそうになるくらいの気分でいたけど、ふと思い出す。見ないふりをしてた問題のことを。
 久しぶりに会って、明日の入りは遅くて、……そういうこと、になるとは思う。そうなったら、やっぱり気になってしまう。そんな気持ち抱えながらすんのってどうなんかな。でも勇気が出ない。一つ間違えたら崩れていくような気がして。ネガティブが発動して不安ばっかり膨らんでいく。
「しげー?」
「え、あっ、なに!?」
「ごめん、いつもより長いからちょっと心配なって。ええよ、ゆっくり入って」
「や、もう出るよ!」
 考え込みすぎていつのまにか相当浸かっていたらしい。心配してくれた神ちゃんにそう返事して慌てて風呂を出た。
「ごめん、なんか急かしたみたいになっちゃったな」
「そんなことないって。や、なんか、ぼーっとしちゃった」
「忙しかったもんな」
 神ちゃんは納得してくれたようだけど、ふわふわのタオルで水滴を拭いながら反省する。何やってんだ、俺。髪を乾かし終えてリビングに戻ると、今日は神ちゃんの膝の上には誰もいなかった。ごろん、と吸い寄せられるようにそこに転がる。
「うわ、重っ」
「……かみちゃんー」
「なーに? 甘えんぼうか」
 神ちゃんの体はあったかくて、いい匂いがする。しっかり筋肉のついたしなやかな脚が好きだ。神ちゃんは笑いながらまたペットにするみたいに頭を撫でてくれる。ぐりぐりとお腹に顔を埋めた。
「でっかい犬やなあ」
「犬やないわ」
「気持ちよさそうにしてるやん」
「神ちゃんがしてくれてるからやもん。他のやつに尻尾振らんわ」
「犬やん」
「もうなんでもええわ、神ちゃんにされるなら」
「なんやそれ。それかでっかい赤ちゃんやな」
「それ小瀧やん。他の男の名前出さんといて」
「あはは、出したんおまえや」
 神ちゃんが笑って太ももが揺れる。今のは勿論冗談だけど、他の人の話を出されて嫉妬するという感情は、最近わかってきた。俺ってこんなに独占欲あったんや、って自分に驚いている。つっこみつつもなだめるようにもっと撫でてくれた神ちゃんの手が、そのうちするりと耳に絡んできた。優しく撫でたりすりすりする指に、違う感覚が呼び起こされる。
「……かみちゃん、」
「んー?」
「なんか、えろいんすけど」
「なにが?」
「触り方」
「……えろく触っとるもん」
「っふ、顔真っ赤にして言うことちゃうって」
 ぼそっと落とした神ちゃんの顔が見たくて起き上がったら、恥ずかしそうにふいっと逸らされた。肌が白いからわかりやすい。かわいいな、と思ったらもう体が動いていた。何度か唇を重ねてからお互い求め合う。唇を離して見る神ちゃんの潤んだ目に腹の底からふつふつと揺らめく興奮と、それから、はっと気づくものがあった。
「しげ?」
「あ、のさ、かみちゃん」
 いつもならこのまま寝室にもつれ込むのに、動かない俺に神ちゃんが不思議そうな顔をする。
「……? どした?」
「えー……と、あのー……」
「うん?」
 なんで言葉ってこういうときうまく出てこないんだろう。でも多分、迷いがあるからだ。これを口に出していいのかわからない。神ちゃんは意図を掴めてない顔で、だけど急かさずに俺の言葉を待っている。まっすぐ、目を逸らさないで。その顔を見て腹にぐっと力を入れた。
「ごめんな、あのな」
「うん」
「もし、嫌な思いさせたらごめん。ほんまに殴ってくれてええから、傷ついたら絶対言うて。いや傷つけたいわけやないんやけどでもこれでもしかしたら神ちゃんのこと、」
「わかったから! しげがそんなこと思うわけないやん、そんなん知っとるから。……むしろ俺がなんか、嫌なことしてた? ごめん、」
「ちっっが、それはマジでないわ、ないから! いや、俺が勝手に色々考えてただけやねん、やから神ちゃんは意識……してないかもなんやけど」
「うん……?」
「あの……、……えっちのときに……」
「はあ?」
「待って待って真剣な話なんよ、これほんまやから、ごめんごめんごめん」
「……なに?」
 呆れた顔で返してきた神ちゃんに慌てて縋りつくと、怪訝そうな顔をしながらもなんとか聞く姿勢を取ってくれた。
「声……出さないやん、神ちゃん、あんま。それ、なんか……考えてたりする?」
「え……」
「勿論な、無理に声出してほしいとかそんなん思ってるわけやないよ!? 神ちゃんがそういうタイプならそれでええんやけど、それも大好きなんやけど、もしなんか……声出さない方がいいって思ってるとかなら、全然、出してほしいというか……あーなんか変態くさくなる、ごめん……」
「……変態くさいなあとは思ったけど」
「ごめんって! でもほんまに、」
「うん、しげの言いたいことはわかるよ。我慢してんねやったらってことやろ。我慢……っていうか、うーん……」
「いや、ほんま、全然無理に出そうとせんでええからな?」
「無理はせんけど……。まあ、うん、そういうとこはあったかもやけど」
「神ちゃんの声で俺がどうこう思うとか、あるわけないやろ。どんな神ちゃんも好きやから、全部見せてほしいし聞かせてほしい」
 手を絡めながらそう言ったら神ちゃんが俺を見て少し目を見開いて、それから柔らかく笑った。うん、と少し照れながら小さく返してくれたあと、はーー、とでっかく吐かれた息とともに安心したような顔をする。
「……びっくりした。なに言われるかと思って……」
「え?」
「別れる、とか、言われるかと思った……」
「はあ!? 言うわけないやろ! なんで!?」
「だって、急にあんな顔するから……」
「っ……不安にさせてごめん。雰囲気ぶち壊しなのわかってたんやけど……。ずっと悩んでてん。神ちゃんに隠し事してる気分で……。こんな気持ちですんのよくないかなって」
「大丈夫、わかってるから。しげのそういうとこ好きやで」
「かみちゃあん……」
「……でも俺、おあずけ食らってる気分やねんけど」
 絡められた手、神ちゃんの綺麗な指にきゅうっと力がこもる。上目遣いで見つめられて、燻っていた炎が一気に燃え上がるような衝動。どちらからともなく動いた。

 俺の下で身体を震わせる神ちゃんの、小さな口から漏れる声が愛しい。少し掠れて、低めの、吐息混じりの声が俺の動きに合わせて聞こえてくるのが嬉しくて、もっと聞きたくなって角度を変えた。
「っあ! ん、あ、ぁ……」
「はぁ、っ、あ、かみちゃん、」
「あ、……っ、しげ、ぇ、」
「かみちゃんのこえ、かわいい、だいすき」
「や、あっ……」
「は、っ……おく、きもちいな、おれもきもちい……ぁ、っ」
「ん、きもちい、しげ」
「かみちゃん、かみちゃん……」
 甘ったるい声が鼓膜を揺さぶる。溶けそうに熱い奥が俺に合わせて絡みつく。興奮が増すばかりで動きを止められない。神ちゃんに何度もキスを落としながら、もっと深く繋がりたい、って気持ちが膨らんでいく。だけど、ふと神ちゃんが静かになっているのに気づいた。さあっと芯の温度が冷えていく。
「か、かみちゃん……?」
「……ごめん、やっぱあかんわ」
「えっ」
 動きを止めた俺を急に起き上がった神ちゃんががばっと押し倒し、俺の上に神ちゃんが乗る。状況が飲み込めなくてフリーズする俺をよそに、神ちゃんが腰を揺らしてきて思わず声が漏れた。
「ちょ、いきなりなに……!」
「俺の声がうるさくてしげの声ぜんぜん聞こえんの、嫌や」
「え、ちょ、なっ……うあ、!」
「ん、っ……。しげ、もっと呼んで、なまえ」
「え、……っ、かみちゃ、」
「っ……、もっとききたい、しげの声」
 神ちゃんがうっとりとした顔で笑う。完全に主導権を握られて、俺の上で揺れる神ちゃんに反応することしかできない。でも神ちゃんは満足げに微笑んでぎゅうっと締めつけてくる。待って、どういうこと? 全然わからん。でも気持ちいいし、神ちゃんはえろいし、もうあかんなんも考えられへん。いつのまにか口の端からこぼれていた涎を神ちゃんが拭うように舐めてキスをされ、そのまま動きが速まる。もう限界が近づいてきて腰を震わせると、唇を離した神ちゃんに耳元で名前を囁かれ、とうとう達してしまった。神ちゃんもいったようで、俺の上で体がびく、びく、と大きく震えて強く締めつけられる。
「あ、……、すご、どくどくして……、むっちゃ出てる……」
「ちょ、言わんといて……」
「なんで。うれしい、しげでいっぱい」
 子どもみたいににこにこ笑う神ちゃんがかわいくて、でもえろくて、達したばかりなのに熱が集まりそうになる。一旦昂りが収まって、そこでばっと起き上がった。
「待って、なに、どういうこと!?」
「なにが?」
「いやいや。えっ、俺の声……ってなに!?」
「やから、俺が声出すとしげの声聞こえへんやん。それが嫌やったの」
 あっけらかんと言い放つ神ちゃんに対して、こっちは全然頭が働かない。
「え、……えぇ……?」
「いや……まぁ、最初はちょっと思ってたよ。女の子みたいな声は出せへんし、俺のそういう声しげは聞きたいんかなって。でも、しげってほんま好きとかかわいいとかストレートに言いまくるから、変に心配せんでもええなって自分の中で解決しててん。やから……さっきのでわかったけど、たぶん、しげの声聞こうと思うと自然と黙っちゃうんよ。かわいいから聞きたいねん、しげの声」
「か……わいくはないやろ……」
 色々衝撃すぎて、とりあえず返せたのがこれだけだった。でも神ちゃんはむっとした顔で言い返してくる。
「かわいいやろ。気持ちよさそうに俺の名前呼んで、好き好き言いまくってんで」
「いやっ、その自覚はあるけどな!? やったら俺だって神ちゃんの声聞きたい! 神ちゃんばっかずるいで!」
「やってそしたら聞こえんやん」
「じゃあ俺も声出さへんよ?」
「……なんで? 嫌や」
 途端にしゅんと悲しそうな顔で見てくる。う、神ちゃんのそういう顔弱いんやって。ていうか俺が神ちゃんに弱くないとこなんてないんやけど。返せずにいると、不意に耳をはむ、と食まれて思わず声が出た。
「ちょっ……! なにしてん」
「じゃあ出させたる」
「えっ」
 座り込んだ俺の膝の上にいた神ちゃんが体を離して、ずるりと抜けていく。ていうか挿れたまんまで何してたんや俺ら。俺のから手早くゴムを外して捨てた神ちゃんの指がまだ芯のないそこにするりと絡み、柔らかい唇が触れた。反射的に引きかけた腰がぐっと捕まえられる。
「声出さへん余裕あるならそうしてみ」
「あ、っ、ちょ、かみちゃん!」
 小さな口に飲み込まれて、あたたかい粘膜で擦られるとたまらなく気持ちよくて勿論声なんて我慢できるはずもない。神ちゃんやたらフェラ上手いんやもん、無理やってこんなの。あっという間に育って、このままだと危なかったので神ちゃんの頭を優しく掴んでゆっくり引き抜いた。
「いかせたかったのに……」
「も、あかん、一旦終わりな」
「ふふ。気持ちよかったやろ」
 神ちゃんが得意げに微笑む。この子のドヤ顔ってなんでこんなかわいいんだろうか。
「むっちゃ気持ちよかったよ。でも、いくなら神ちゃんと一緒がええな」
「……ええけど、俺が上な」
「うん。ここ乗って?」
 優しくお願いしたら、神ちゃんが俺に跨ってくれた。腰を掴んでゆっくりと押し開いていく。神ちゃんの吐息が耳元でこぼれた。あー、ここからは忍耐勝負だ。普段は神ちゃんに勝とうとも思わないしお願いはできるだけ聞いてあげたいと思ってるけど、こればかりはそうもいかない。俺の声を聞きたいならそれでもいいけど、神ちゃんの声も聞かせてほしい。神ちゃんは俺をかわいいと言うけど、俺だって神ちゃんにそう思ってる。これは負けない自信がある。負けず嫌いで頑固なのはお互い様だ。今夜は長くなるやろなあと思いながら、かみちゃん、と名前を呼んで、穴のいっぱい開いた耳をお返しに舌でなぞった。

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