◯月✕日△曜日、天気は晴れ。
1時間目の授業は——。
学級日誌に今日の授業内容と一言を適当に書き、日直当番の欄にカートくんと自分の名前を書く。
「よし、終わった〜!」
「お疲れナマエちゃん。んじゃ、俺、黒板消してくるわ」
前の席に座って日誌を書くのを手伝ってくれていたカートくんはそう言って黒板へと向かう。その背中に「ありがと!」と声をかけると、ガン!と大きい音が鳴る。教卓に脚をぶつけてしまったらしい。
「え、大丈夫……?」
「……だいじょうぶ」
カートくんって意外とドジなところもあるんだ……。
ちょっと可愛いかも、なんて、くすりと笑っていると、机の上で彼の携帯が震えていることに気付く。ちらりと見えた小窓には『マックス』という文字が表示されていた。
「カートくん携帯鳴ってるよ〜! マックスくんから電話!」
「まじ? あー……今、手汚れてるしな……ちょっとナマエちゃん出てくんね?」
こちらを振り向いたカートくんの手は、チョークの粉なのか、確かに白く汚れていた。
「分かった! 用件聞いとくね!」
「ん、サンキュ」
わたしがカートくんの携帯をパカっと開けたのと、彼が「やっぱ待って!」と焦ったような声を出したのはほぼ同時だった。
「へ」
携帯を開くと、電話が切れてしまったのか着信画面ではなく待受画面が表示されていた。マックスくんには悪いけど、まあ、それは今いい。問題なのは、その待受が、何かを食べて笑っているわたしの写真だったということだ。
思わず間抜けな声が漏れた瞬間、いつの間にか戻ってきていたカートくんがわたしの手から携帯を奪い取る。それはもう、目にも留まらぬ速さで。
「……見た?」
「あの……えっと…………ごめん……」
「あーー……いや、こっちこそ、ごめん……」
気まずい沈黙が流れる。
待受にしていたわたしの写真は撮った覚えがなく、画角的にも隠し撮りのように思えた。
「あの!」
「ナマエちゃん、」
意を決して聞いてみようと声を上げると、奇しくもカートくんも同じタイミングで声を上げた。ぱちりと合った視線はすぐさま逸らされてしまう。でも、教室の真っ白な蛍光灯に照らされたカートくんの頬はほんのりと赤くて、きっと悪い意味での行動ではないのだろうと思った。
「ごめん、被っちゃって……先にどうぞ」
「いや……ナマエちゃんから……ドウゾ」
「いやいやカートくんから……」
「いやいやいやナマエちゃんから……」
3回くらいこのやりとりが続いて、耐えきれなくてお互いに吹き出す。
「んふふ……ね、なんでわたしの写真、待受にしてるの?」
「!」
カートくんはわたしが怒っていると思ったのか、さっきまで笑って緩んでいた顔をきゅっと締め、斜め下を見たきりこちらを見てくれなくなってしまった。
しんとする教室に、どこかで練習している吹奏楽部のスケールの音だけが流れている。
「…………が」
「うん?」
「マックス、が」
「うん」
「……好きな子と、付き合えるおまじないだとか言って……勝手に……待受に設定、して……」
「えっ」
段々と尻すぼみになっていく声に比例して、カートくんもその大きな身体を縮こませていく。最終的に体育座りになって頭を抱えてしまった。
「ごめんマジで気持ち悪ィよな勝手に待受にするとか……しかも隠し撮りだし……」
あ、やっぱり隠し撮りだったんだ。
それにしてもいつ撮られたものなんだろう……。そしてわたしは一体何を食べてこんなに頬を膨らませて、こんなに笑顔になっているんだろう……。
待受になっていた隠し撮り写真に意識が持っていかれかけたわたしを、カートくんの深いため息が呼び戻す。
「はあああ……こんな形でバレるとかマジ最悪……もっとちゃんと告白したかったのに……あ゛〜……マックスにナマエちゃんのこと相談しなければ……」
カートくんは抱えた膝に頭を擦り付けて、何やらぶつぶつと呟いていた。普段のクールな彼からは想像がつかない姿に思わず頬が緩む。
「……あのね、カートくん」
しゃがんで、項垂れているカートくんの耳元に顔を寄せるとビクリとその身体を震わせた。
ふわり、と鼻を擽った爽やかな香りが、距離の近さを表していて、なんだか気恥ずかしい。
「……そのおまじない、効果あるかも」
「え?」
「わたし、カートくんのこと……好き、だから……」
そう言った瞬間、勢いよく顔を上げてこちらを見たカートくんと目が合う。
今度は、逸らされなかった。
「……マジ?」
「まじ」
「嘘じゃない……?」
「嘘じゃないよ」
「俺のこと、が、好き……?」
「……うん、好きだよ」
「…………やばい……すっげえ、嬉しい……」
カートくんのことが、ずっと好きだった。
彼がいつからわたしのことを好きでいてくれたのか分からないけれど、きっとわたしのほうが先だろう。わたしが好きになった頃のカートくんは、もっとつっけんどんな感じだったから。
「ナマエちゃん……俺もナマエちゃんのこと好き」
「!」
へにゃりと目元を緩ませて愛おしそうにそう言ってくれたカートくんに、胸が高鳴る。
「両思いってことは……俺らカレカノってことで、いいんだよな?」
「う、うん」
改めて言われるとなんだか妙に照れくさい。
熱くなった頬を押さえようとした手を優しく握り込まれ、頬は更に熱を持つ。
「……あー……ヤバい……その顔、反則すぎ……めっちゃキスしたい」
「えっ?!」
「ダメ? 早い?」
「い、今の今で……?!」
「ん……だってナマエちゃん、今すっげえ可愛い顔してるから」
キスしたくなった、とゆっくりと顔を近付けてくるカートくんに、ぎゅっと目を瞑った瞬間——。
「ちょっとカートいる?! なんで電話出ないわ、け……え……なにこの甘酸っぱい雰囲気……!」
突然ガラリと開いたドアの音とマックスくんの声に、慌てて身体を離す。
「……あら? あー、俺、邪魔しちゃったかんじ?」
床に座り込むわたしたちを見て、キャッ!とわざとらしくリアクションをするマックスくん。
教室にはカートくんの盛大な舌打ちが響いた。