昼過ぎから降り出した雨は、放課後の今もまだ窓を叩いている。
 ほとんどの生徒が帰り、静けさに満ちている校内。雨の日特有のじっとりとした湿気が充満する廊下を抜け、マックスはロッカーへと向かった。
 男子高校生にしては綺麗に整頓されているロッカーに収まっていた数本のビニール傘から適当に一本を取り出し、扉に備え付けの鏡で少し乱れていた前髪をサッと直す。
 うん、いい感じ。
 右、左、正面。満足げに鏡を見つめてからマックスはロッカーを閉めた。


 マックスが昇降口に着いたとき、ちょうど誰かが傘を広げて帰ろうとしているところだった。
 綺麗な模様の描かれた少し大きめのビニール傘。ぬいぐるみのついたリュックサック。校則違反にならないギリギリのラインを攻めた長さのスカート。
 その後ろ姿を見た瞬間、マックスはその手に持っていたビニール傘を乱暴に傘立てに入れて走り出す。

「ナマエちゃんナイスタイミング〜! 傘忘れたからい〜れて!」

 帰ろうとしていた生徒——ナマエの持つ傘を後ろから奪い取ったマックスは、その右側にしっかりと収まる。
 ナマエは「うわぁ!」と驚いた声をあげるが、身体を寄せてきた人物がマックスだと分かると、眉根を寄せじとっとした視線を送った。
 揺れた傘から落ちた雨粒が、マックスの肩を濡らす。

「またお前かマックス」
「またマックスくんでーす」
「ねえこれで何回目? いい加減天気予報見なよ」

 彼女が呆れた顔をするのも無理はない。
 先週の雨の日も、その前の雨の日も、その前の前の雨の日も、マックスは同じように忘れたと言ってナマエの傘の下に入り込んでいた。

「え〜、だって忘れちゃうんだもん」
「ぶりっ子すな」

 漫画やアニメであれば、きゅるんと効果音が付いていただろう。握った手を頬に当ててわざとらしく小首をかしげると、ナマエは笑いながらマックスの肩を小突く。

「そうだ、ロッカーに置き傘すれば?」
「俺ロッカーにあんま物入れたくないんだよね〜」
「ワガママボーイめ……」

 マックスが傘を持ってくるようになるにはどうすればいいのか。ナマエがうんうん唸りながら様々な解決方法を提案してくるのを、マックスは可愛いなあと思いながら聞いている。
 ナマエは知らない。
 マックスが毎日天気予報をチェックしていることを。ロッカーに数本置き傘をしていることを。ナマエと会えなかった雨の日は普通に傘を差して帰っていることを。ナマエのことが好きで、そういう行動をとっていることを。

 
「……そんなことよりさ、いつも傘入れてくれるお礼になんか奢るよ。予定なかったら今からでも。どう?」
「え〜! そんな、悪いよ……お礼をしてもらえるほどのことじゃ…………駅前のカフェの季節限定ジャンボフルーツパフェで手を打ちましょう」
「ナマエちゃんいい性格してる〜」

 いい性格をしているのはどっちだか。
 お礼と称して放課後デートに持ち込むマックスは抜け目ない。
 校舎を出るときにはしっかり降っていた雨も段々と弱まってきていて、しとしとと傘を濡らしている。
 マックスの隣を歩くナマエは「パフェ食べ行こ〜」と呑気に替え歌を口ずさんでいた。ウキウキと身体を揺らすたび、その肩が傘を持つマックスの腕を掠める。
 雨の日だけの、この距離感。
 まだまだ止むなよ、とマックスは薄闇の空を睨んだ。