紅白にはまだ早い



午後7時。店は混み合うご飯時。オーダーミスをする新人と、休憩から帰ってこない同期。鳴り響くチャイムとオーダー、溜まる食器。洗浄機の熱気とむせ返るチキングリル、派手に水をこぼす新人、ここで目標売上の突破、厨房から出てこない店長。兎にも角にも、猫でも犬でも宇宙人でも手を貸してほしいほど忙しい年の瀬。

「クリスマスにバイトなんかしていいの?」

煙草の匂いを漂わせ帰ってきた同期はヘラヘラ笑う。ここで嫌な顔なんてしない。

「稼ぎ時ですからね」

同期は最もだという顔をしてフロアに向かった。仕事に私的な感情は挟まない。場の空気を悪くしない。作業に徹する。そして適度にサボる。これがこの職場で学んだことだった。

「瀬菜山さん、あのお客様は私が対応しておくからレジお願いね」
「ナマエさあん…わかりました」

クレームに発展した水こぼし騒動を平に収める。五枚の半額クーポンと、下げきった頭。怒号が収まり過ぎ去った嵐とスタッフの不満。高まる団結、合わないレジ金、休憩から帰らない店長。みんなを置いて早上がりする同期は閉店した店の前に待つ女性と手を繋いで帰った。これから彼女とクリスマスデートらしい。

「バイト辞めようかな…」
「ええっ。ナマエさんが辞めたら、私も辞めますよ」

すっかり暗くなった帰り道、残業30分の9時半帰り。マフラーで埋まったちいさな口がもごもごと動いている。慕ってくれる新人は可愛いが、彼女はここで辞めたら他に行くところなんてあるのだろうか。いや、自分もきっと、行く場所なんてないのだろう。

「明日私休みだけど、大丈夫?」
「あの人と二人なんですよね…がんばります」
「がんばって」
「憂鬱です…じゃ、また、お疲れ様です」

背を丸めて帰る後ろ姿を見送る。やる気がないのに他人に厳しい同期に怯える新人をかわいそうとは思わない。齢17歳の少女よ、嫌なことをたくさん乗り越えて人は成長するのだ。なんて、楽して生きてきた自分を高い棚に置いて達観を嘯く。

そう思った矢先、彼女の隣には背の高い男性が並んだ。彼氏だろうか。なんだ、そんな憂鬱さえ吹き飛ばしてくれる相手が、いるんじゃないか。


白い息の溶ける夜。
今夜は聖夜だった。

暗い道を歩いていると曲がってきた二つの光に目を眩ませ、道路脇に避けた。しかし予想に反して、暗がりから現れた車は進もうとはせず、たらたらとぴったり私の歩みに着いてくる。蛍光灯で光る赤のバンパーに、ははあ、と確信を持った。

「何か用かな」

真っ黒なガラスをこつんとやれば、しめやかに変形を始める真っ赤なスポーツカー。みるみる大きくなるそれは、白い顔が出てきて、にやにやと笑っている。

「お仕事、お疲れ様です。死にそうですねえ」
「そう、死にそうなの。家まで送って」
「おや珍しい」

どうせ何も言わなくても連れ去るくせに、と悪態をつく気力もなく、再び変形した車の上質なシーツにどさっとカバンを投げ捨て崩れ落ちた。車の中はナルシストな彼らしく、ローズの香水のような香りがただよっている。

「ああー疲れたあー」
「カバンを投げるなんて…私の中に…なんて暴力的な女だ」
「うっさいわね」

カーナビに向かってイラつきながら、運転席に埋まる。身体が重力を自覚したように沈んでいく。

「許しますよ。ふふん、今日は機嫌がいいんです。何故かって?オートボットの馬鹿どもを欺き、私が勝利を収めたんですから。古代の遺産がどう、とか。ああ、あの時のあいつらの顔、今でも思い出せば震えが止まりませんね」
「ふうん、」
「それにメガトロンにも褒められたし、今日は完全に私が主役でしたよ」

上機嫌に話すノックアウトの声を聞いていると、ゆっくり、しかし確実に眠気が襲った。ぼろぼろな身体、可哀想な私。今日はクリスマスだって言うのに、プレゼントの一つだって貰えずにバイトでは扱き使われ挙句宇宙人に攫われる。なんだそれ。

10時23分、特番はもう始まっている。今日はコンビニでおでんとビールと小さなケーキを買って、今頃家で観ている予定だった。あたたかい部屋に独りで。

独りのクリスマスか。
恋人と手を繋いで早上がりした同期や、彼氏に慰めてもらう新人の姿を思い浮かべたが、さっきより穏やかな心のうちに気づく。

ふとノックアウトの声を聴く。
低いが一定ではなく、上機嫌がうかがえる声色。こちらまで嬉しくなるような声。ああ、独りで帰っていたら、この声は、この空間は、はっせいしなかったのかな。

「ノックアウト」
「はい?」
「クリスマスプレゼントをありがとう」

よく回る口が止まった。と思ったら、少し間を置いて、
「…まだ、話してる途中ですが」
悪態は控えめだった。

「ああ、最後の最後で格好がつかないな」

突如、助手席に備え付けられた収納ボックスが開いた。ふわっと舞う花びら。中には大量の白いバラが入っている。よく見ると白だけでなく、赤のバラが均等に包まれた紅白の花束だった。むせ返る匂いはここから来ていたのか。

「メリークリスマスナマエ。頑張る貴方にご褒美ですよ」

バラの花束を拾い上げたその奥にある、紺色ジュエリーボックスには何が入っているのだろう。

ただ一つ言えるのは、同期よりも新人よりも、私は一番幸せ者だってことだ。



2017.12.25
MerryX'mas!!

赤と白の混ざった花束はプロポーズに使うらしいですよ