蜂蜜漬けの薬指

*Tu sei tutto per me.の2人



「ナマエ、起きて」

「あと五分…」

「ダメ。今日はデートでしょ?」

「あー、そんな約束したかも」



眠そうに目をこすって、あくびをしながらベッドから起き上がるナマエ。シーツを巻きつけて洗面所に向かうのを見届けてから、ケトルでお湯を沸かす。昨日の夜から卵液に漬け込んでおいた厚切りのバケットを取り出し、たっぷりのバターでじっくり焼き上げる。生クリームを泡立てていたら、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。二人の生活音が重なる幸せを噛み締めながら、冷蔵庫からフルーツを取り出した。


あのバーで告白してから順調に交際が発展し、ナマエを丸め込んで同棲までしている。僕もそれなりに仕事を認められ、俗に言うWエリートWというやつの仲間入り。大きなプロジェクトを成功させ、使えない上司からまとまった有給をもぎとって過ごす穏やかな休日。昨日から携帯電話の電源はオフ。以前からナマエと約束していたデートの前日だというのに、昨日は随分と求めてしまった。反省はしているが、後悔はしていない。ナマエも愉しんでくれたのだから、喜ばしいことである。


ケトルで沸かしたお湯でコーヒーをドリップ。バニラビーンズの甘い香りが漂うバケットを裏返して、フルーツをカット。焼きあがったバケットとカットしたフルーツを盛り付けて蜂蜜をかけ、ホイップした生クリームを添える。コーヒーをカップに注いだところで、ダイニングにナマエが現れた。



「ん〜、いい匂い」

「温かいうちに食べて」

「トムの作るフレンチトーストが世界で一番好き!いただきまーす!」

「めしあがれ。ナマエ、また髪乾かさずにでてきたの?いつも風邪ひくからやめなって言ってるのに」

「だってトムが乾かしてくれるのが気持ち良くて…」

「…困った人だ」



ナマエが首にかけていたタオルをとって髪を乾かす。惚れた弱みというやつか、ナマエをドロドロに甘やかしてしまいたい。戦闘服のスーツにパンプスを身につけたキャリアウーマンな彼女も、すっぴんでフレンチトーストを頬張る無防備な彼女も、引っくるめて愛おしい。前者は最初に惚れたナマエの姿で、後者は自分しか知らないナマエなのだから。甲乙つけるなんて不可能だろう。



「今日はどこ行くの?」

「ナマエの行きたいところ」

「テート・モダンは?」

「いいよ」

「何着ようかな」

「コーディネートしてあげるよ」

「何から何までトムに頼りきりね。一人じゃ生きていけなくなっちゃう」

「させないよ、一人になんて。ずっとそばにいる」

「うん、ありがとう」



ファッションに無頓着なところも、照れると小鼻を掻くクセも、丸ごと全部愛している。今夜あのバーに行こう。二人が始まったあの場所へ。そして新しい始まりを迎えよう。ジャケットの右ポケットに潜ませたリングは、きっと君の左薬指に似合うはずだから。



蜂蜜漬けの薬指
Please marry me.