交わらないベクトル

*ちょっと切ない



今日もアイツとの視線は交わらない。何故ならアイツは俺じゃない別のヤツを見ているからだ。



「ナマエ、おはよう」
「今日は早いのね。おはよう、シリウス。良い朝ね」
「そうだな」



お前が俺を見てくれたら、どんなに良い朝だろうな。

ナマエはトーストにアプリコットジャムを塗りながら、少し離れた席のリーマスを見ていた。そのリーマスは隣に座っているピーターと談笑をしている。ナマエの視線に気付いていないのか、それとも気付いていないフリをしているのか。おそらく後者だろう。

己のコンプレックスを気にして、ナマエに離れて欲しいと思っているのだろう。ナマエが話しかけても素っ気ない態度をするのだから。でも、その冷たい態度は、特別な感情の裏返しからだ。見ていればわかる。悲しそうな、寂しそうなナマエを見つめるリーマスの苦痛に満ちた目を見ていれば。

リーマスはかけがえのない友で、劣等感を捨ててナマエを受け入れて欲しいとも思うし、そのままナマエに酷くあたってくれれば俺を見てくれるかもしれないという浅ましさもある。
ナマエは愛おしい女で、リーマスへの想いを俺に向けてほしいと思うが、一途にリーマスを思い続けるナマエは燦爛として輝いている。

リーマスにコンプレックスがなかったとしたら、どうなっていたんだろう。
絶妙なバランスを保っているこの友人という関係は、おそらく崩れ去っていただろう。温かく微笑むリーマスと、その手を取る笑顔のナマエがいるに違いない。



「そんなにマーマレード塗って甘くねぇのか?」
「そう?わたし甘いもの好きだから」



ナマエは幸せそうに目元を赤く染めて、たっぷりとマーマレードが塗られたトーストを齧った。まるで甘いものを通してリーマスを見ているようだった。

ナマエにそんな顔をさせるトーストにまで嫉妬する俺も俺だけど。リーマスを見つめているようなトロンとした顔で、トーストを食べるナマエの視線を何とかして逸らしたかった。



「ナマエ、砂糖をとってくれないか」
「砂糖?どうぞ。シリウスって甘いもの、苦手じゃなかった?」
「俺だって胸焼けするくらい甘いのが飲みたい時もあるさ」
「変なの。飲みきれない方に1シックル賭けるわ」



クスクスと微笑むナマエの視線を奪えて満足したはずなのに、胸の中には虚無感しか残らなかった。砂糖をたっぷり溶かしたが、口にしたコーヒーはほろ苦かった。



絡まない視線、交錯する想い
リーマスのチョコレートなら、甘ったるく感じるかもしれないな