林檎を無視した白雪姫

*トリップ主


どうやら私はハリー・ポッターの世界にトリップしたらしい。組み分け帽子がグリフィンドールとハッフルパフで悩んでいたので、ハッフルパフを希望した。原作に関わるのが怖かったから。希望通りハッフルパフに組み分けられ、平々凡々に生活している。2年下のハリー・ポッターは賢者の石を例のあの人から守ったり、秘密の部屋の怪物を倒したり、シリウス・ブラックを助けたりと、原作の通りの英雄っぷりである。日記のトム・リドル、ちょっとだけ見てみたかったな。美男子に眼福を求めて何が悪い。ただ、その美男子がわたしの悩みだったりするのだが。


今年はいよいよ炎のゴブレットだ。原作通り、トライ・ウィザード・トーナメントが行われ、ダームストラングやボーバトンの生徒もホグワーツにやってきた。天馬めっちゃ綺麗だった、うん。ゴブレットによってビクトール・クラム、フラー・デラクール、セドリック・ディゴリー、そしてハリー・ポッターが選ばれた。英雄から一気に卑怯者扱いされつつも、第一の課題をクリアしたハリーすごい。もちろんあのくだらないバッチはつけなかったし、知り合いがつけていたらそれとなく注意はしたけれど。ハリーも応援しようという雰囲気になってよかった、うんうん。そんな事を考えながら大広間で昼食をとっていると、親友のジュディがデザートをお皿に盛ながら話しかけてきた。



「ねぇ、ナマエはパートナー決まったの?」
「決まってないよ。ジュディみたいにモテたら苦労しないんだけど」
「そんなことないわよ!あなた、何て呼ばれてるか知らないの?そうだ、アンドリューにパートナーが決まっていない人がいるか聞きましょうか?」
「あれ?スリザリンのマーティンじゃないの?」
「ああ、彼?もう別れたわよ。ガツガツしててうっとおしかったから」
「えっ」
「あら、アンドリューだわ!ちょっと聞いてくるわね!」
「ちょっと、」



親友ジュディの肉食っぷりに驚かされつつ、トライフルの最後の一口を飲み込んだ。ジュディはグリフィンドールのテーブルで新たな彼氏アンドリューとイチャイチャしていた。巻き込まれては敵わないし、先に寮に戻ってしまおう。


実際、パートナーに誘われていないわけではない。申し込んできた人物はわたしの悩みの種であるセドリック・ディゴリーである。初めて目にした時は、本当に王子様みたいだと思った。だが、彼の運命を知っているわたしは積極的に関わろうとはしなかった。そんなわたしの心を知らないハッフルパフ・プリンスは、なんとわたしのことが好きらしい。平々凡々なわたしをである。本当ならレイブンクローのチャン・チョウとくっつくはずなのに。アジアンビューティーという言葉がぴったりな可愛らしい女の子であるミス・チョウには見向きもしない。それに1年生の頃からアプローチされているし、2年生の時には1度告白もされている。勿論丁寧にお断りしたけれど。それ以来、セドリックが距離を縮めようとする度に、わたしは一歩引き下がり、なんとか友人という線引きを守っている。そして最大の問題なのは、一途に想いを寄せてくれているセドリックに、絆されているわたしである。物静かで優しく、勉強もスポーツもできるハンサムな彼に求愛されて、心が動かない方がおかしい。


どうしたものかと考えつつ廊下を歩いていたら、手前から歩いてきたダームストラング生に声をかけられた。どうやらパーティーのパートナーのお誘いらしい。がっちりした体格の割に優しそうな雰囲気である。悩み続けるのも面倒だし、原作にも関係なさそうだし、申し出を受け入れてしまおう。



「わたしでよければ、よろしくお願いします」
「本当に?よかっ「ごめんね、彼女は僕と約束してるんだ」えっ?」
「セドリック?」
「そういうことだから、それじゃあ」



そのままセドリックに肩を抱かれて中庭まで連れて行かれた。昼食の時間とはいえ、人がいないわけではなく、廊下でもチラチラとこちらを見られ、今もなお視線を感じ居心地が悪い。そんな中、ベンチに促されて隣に座った。



「ずっと想ってる僕の誘いは断るのに、ポッと出の男の誘いには乗るなんて酷いじゃないか。どうして僕じゃダメなの?」
「ダメっていうわけじゃないんだけど…」
「君以外とパーティーに出るなんて考えられない。もしかして、ダンスが苦手なのかい?それなら一緒に練習しよう」
「えっと、」
「ナマエ」



セドリックはわたしの目の前に跪いて、わたしの右手を両手で包み込むように握った。真っ直ぐなグレーの瞳に射抜かれ、わたしの心がグラグラと揺れている。マズイ、これはかなりマズイ。



「ナマエ、僕はずっと君のことが好きだ。僕を恋人にしてくれないか」
「セドリック、」
「君のためなら優勝を誓ってもいい」



もうダメだ。だってセドリックかっこいいもん。こんな風に懇願されて、ノーと言える女の子はいないだろう。非の打ち所がない優等生には釣り合わないであろうわたしだけれど、それでもセドリックが望んでくれるなら。それに悲しいシナリオを、わたしというイレギュラーが少しくらい弄っても構わないだろう。失うことよりも、守ることを考える方がずっと気が楽なはずだから。



「セドリック、一つだけ約束してくれる?」
「何だい?」
「優勝杯に指一本触れないで。簡単よ、優勝杯の手前で花火を打ち上げるだけ」
「どういうこと?」
「全てが終わったら話すわ。セドリック、わたしと生きるか、誉高い名声か、あなたはどちらを選ぶ?」
「どんなことがあろうと、もちろん、君を、ナマエを望む」
「ねぇ、知らなかったでしょう?わたしも、あなたのこと想ってたのよ」
「あぁ、ナマエ。君が愛おしくてたまらない。まだ見ぬ未来を、これからを、僕の隣で生きてくれ」
「あなたが望むなら喜んで」



セドリックがわたしの右手の甲にキスをして。それからホグワーツ中にハッフルパフ・プリンスとハッフルパフ・カメリアがとうとう結ばれた、と一気に広まった。中庭でこちらを見ていた人から広まったらしい。それから、わたしはセドリックのパートナーとしてパーティーに出席した。驚くことに、ハリー・ポッターのパートナーはミス・チョウだった。わたしは第二の課題でセドリックの人質になり、セドリックは第三の課題で優勝杯に触れず手前で棄権した。わたしとの約束を守ったセドリックは、わたしの膝に頭を乗せて昼寝をしている。闇の帝王は復活してしまったけれど、それは英雄に任せておけばいい。自分にできる範囲で人を助けよう。セドリックの頭を撫でる手を止めると、ぱちりと目を覚ましてジッとわたしを見上げてきた。不満げな表情が可愛らしいけれど、珍しく甘えてきた恋人を目一杯甘やかしてあげたい。セドリックの髪に落ちてきた葉っぱを取り、頭を撫でるのを再開すると満足そうに目を閉じた彼に愛おしさは増すばかり。


初めはセドリックに想いを寄せる女の子からいじめられないかとビクビクしていたけれど、そういったことは全くなかった。むしろ、やっとくっついたのね、とホッとしたムードだった。何でも、1年生の頃から一途にアタックし続けるセドリックに、自分の入る隙などないと諦め、なおかつセドリックを応援していたらしい。


そんなこんなでセドリックと結ばれたたわたしは、闇の帝王が敗れ平和が訪れるであろう少し先の未来に胸を馳せた。



林檎を無視した白雪姫
悲劇のヒロインなんてまっぴらよ

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カメリアは椿です。椿の花言葉は控えめな美。
ヒロインはハッフルパフ・カメリアと呼ばれ、華やかではないけれど、穏やかで優しい美人だと有名だったという裏話。