ギルガメッシュ(弓)

(特殊な設定なので注意)


どこかの世界の聖杯っていうすごいやつで、英雄召喚システムっていうのを利用した擬似サーヴァント化運用を、国から選抜された人間に施される。その英霊っていうのは、聖杯が生まれたどっかの世界の知らない英雄の霊的存在で、なんかすごく強くてヤバいらしい。選ばれた子供たちは(高校生くらいの年齢じゃなきゃ適合しないらしい。よくわかんないけど)この国の未来のために身を捧げて依代になる。既に何名かは成功していて、何名かは失敗してこの世からいなくなったんだって。英霊は依代になる子供たちの性格や性質に合った者が憑依される。または、英霊に気に入られれば適合するっていう見解もある。なんにせよ、成功率は10%ほど。
この国は四方八方他国に囲まれた不利な立地でありながら、他国より先にこのテクノロジーを導入し戦争に勝ってきた。それでも、そんなチートな独占状態が長く続くはずもなくって、英霊召喚システムは、新たな戦争のルールを作っただけだったけど。

「名字名前、入りなさい」
自分の置かれた状況から目を背けて、走馬灯のように色々思い返していたら遂に名前を呼ばれてしまった。あぁ、お母さん、お父さん、弟たち、ごめんなさい、お姉ちゃん多分死にます。
監視が扉の前に2人、私の入室を促している。手には拳銃。きっと麻酔銃とかではないんだろうなぁ、こんな所で逃げ出すような腰抜けの兵器なんか、この国はちり紙をゴミ箱に放り投げるような気軽さで捨てちゃうんだろうなぁ。
昨日まで私、ベッドで寝っ転がりながらスマホ弄ってたのに、こんな知らないところで、家族も近くにいない所で、私のこと道具にしか見てない人達に囲まれて死んじゃうんだ。ちょっと人より頭が良くって、国の知能テストは将来就職で有利になるから、貧しい家を私が支えてあげられるようにと受けたらこれだ。基礎的な問題ばかりで楽勝だと思ってたんだ。なのに1番最後に高校生なんかじゃ絶対解けないような、下手したら今の研究機関だって頭をひねっているようなテーマの数式問題があって、私、気づいたら夢中でそれしか解いてなかった。あなた、もう回答時間は終わりましたよ。と係員に呼び止められるまで全く気づけなかった。私の解答用紙は裏面まで数式でびっしり、最後の問題以外は無回答。だから点数なんて見るまでもないと思ってたのに。
当たってた。私の唯一の解答は、正解だったらしい。それでこれだよ。私は死ぬ。短い人生だった。

「名字名前、早くしなさい」
悪あがきで扉の前に立ち尽くしていたら、中から冷たい声が聞こえた。あーあ、終わりました。この死神め、そう言って招き入れた人間たちを今まで何人実験道具にして殺してきたんだ。お前がやればいいだろ人殺し。ばーかばーか。
私は扉を開けて中に入った。もうどうでもよかった。アドレナリンが出すぎて感覚がなくなってるのかもしれない、震えも恐怖もなくて、ただとんでもない倦怠感と虚無感だけが私という人間に覆いかぶさってる気がする。
部屋の中は殺風景で、ただ一つ人間がひとり入れるだけの真っ白なカプセルがあるだけ。声の主は居ない。どうやらスピーカーで喋ってるみたいだ。卑怯者、姿も見せないのかお前は。魂を取りに来るなら、悪魔だって姿を現すぞこの外道。
「中へ」
なんて冷たい機械的な声なんだろう。お母さん、私死ぬなら、あなたの声を最後に聞いて死にたかった。可愛い弟達の声でもいい。ぶっきらぼうでも暖かいお父さんでもいい。さようなら、さようなら、私こんなつまらない戦争のために死にます。
言われた通りにカプセルに寝そべる。横になった瞬間、素早くカプセルの蓋が閉まった。真っ白だ。こわい、蓋の境目もなくて、すごく狭いところにいるのに宇宙に放り出されたように永遠で深い場所にいるみたいだ。こわい、こわい、こわい。
「生体番号102号配置確認。英霊憑依システムFate、起動開始」
全てが白紙の世界に、よく分からない機械的な配列の文様が青く光出した。私を兵器にできちゃうかもしれない残酷な殺人機械が動き出した。身体がじんわり冷えていって、瞼が自然に閉じていく。思っていたような激しい痛みはなくて、眠りに入る前の幸福な倦怠感が降りてくる。そうか、そうやって死なせるのが責めてもの償いなの?ふざけるな、許せない、馬鹿にするのも大概にしろ。あぁ、でも、すっごく眠い。眠いよ、あ、どうしよう、私、寝ちゃう。やだ、やだ、許さない、やだ、ちくしょう、やだ、や、



















目が覚めると、とても綺麗な人に見下ろされていた。1番初めに目に入ったのは血みたいに赤い目。端正な顔で、神様が人型の中で1番力を入れて彫刻したんじゃないか?とい思うくらい綺麗。髪は金糸みたいにキラキラしてて、なんかとにかく全部の要素が眩しくて派手。身につけているのは鎧。それもキンキラキンで、隅から隅まで眩しすぎる。人形だ、人間かと思ったけど、あまりにも綺麗だ。端正な人形だろう。
「たわけ、誰が人形だ。ま、凡百極まりない感性の人間の率直な俺への賛美として特に許す」
人形が喋った。どうやら人らしい。思わずまじまじと見つめるが、本当に人だとしたらとんでもなく美しい。もしや、女神的なアレだろうか。男にみえるけれど、手を合わせたほうがいいのだろうか。
「オイ、女。我に手を合わせて拝むのを即刻やめろ。でなければその両手切り落す」
迅速に中断して正座した。ヤバイ、神かと思ったけど命刈り取る系の奴だったのかもしれない。
「妙な召喚に呼ばれたと思ったらなんだコレは。他所の戦争など自分達の手だけで片付けられんのか無能共。どこから聖杯を見つけてきたかは知らんが、随分と驕った世界もあったものだ」
私を見ていない。どうやら別に話しかけているのか、独り言かもしれない。でもその話を聞いて、合点がいった。
「貴方、英霊…?」
「頭が高い」
冗談や軽口でもなく、本気で言われてるのが分かる。言葉の圧が、体をビリビリ震わせる。体…体?
ふと思い出して、自分を確認しようと下を向く。ない。体がない。何も見えない、手の感覚もあるし、自分が彼に対して土下座しているのも確かなのに、足も見えない。ゾッとして顔を手で触ると、感触はあった。ただ、見えない。透明人間になってしまったみたいだ。
「みたいではなくなっているんだ雑種めが。夢だがな」
頭上から声がする。事実のみを伝える冷静な声に心が落ち着いてくる。雑種とかいう呼び名の意味は分からないが、どうやらここは夢の中のようだ。
「少し違うがな。貴様の精神世界だ。端的に言えば夢というだけだ」
なぜ私の精神世界に美形の高圧的な英霊がいるの?そこでようやく思い出した。依代召喚。私はまだ、カプセルの中にいるのだろうか。
「だろうな、ちなみに呼吸は止まっている」
死んでんじゃん。やっぱ死ぬんじゃん。あーあー、ほら見ろクソッタレ。何が国の最高技術だ、国家兵器だ。ざまぁみろ!お前らご希望の殺人兵器はできあがらなかったみたいだな!ィェーィばーーーか!
「ほぉ、ではこのまま死ぬか。我との契約を結ばず、力も望まず、このまま眠るように死ぬか」
はた、と喜ぶのをやめて彼を見上げた。目を細めてこちらを見下している。判断は、こちらに委ねているように思えた。なぜだか分からないけど、なにかとてつもない力を持っているように感じられる目の前の彼が、私なんかの答えを待っている。私は考える間もなく答えた。
「嫌だ」
「絶対に嫌だ」
ハッキリ目を見て、怯えも震えも隠さずに、思えば初めてこの空間で声を出した。私と目の前の彼しかいない空間は、今更気づいたが宇宙みたいな場所だった。地面も天井もない。背後には、無数の銀河が見える。
私の答えを聞いた彼はじっと私を見据えている。赤い瞳に心の中なんて全て見透かされているように感じた。現にさっきまで声も出していなかったのに普通に会話されていたし。
値踏みする目が容赦なく私を射抜きそうだけど、きっとここで目を逸らしてはいけないと本能で分かった。絶対に認めさせてやる。心の中であれだけ生への諦めを唱えていたのに、心の奥底では一心不乱に願っていた。このまま殺されてたまるか、私の命の価値を、英霊でも幽霊でも化け物だろうがなんだっていい。
見ろ、測れ、認めろ、そして寄越せ。私が生きるために、このくだらない世界をめちゃくちゃにするために、私がボロボロになったっていい、手足なんかくれてやる。頭だって踏み潰されたっていい。ただ、その為の力を寄越せ。死ぬのは、その後がいい。

どれくらいそうしていたのか分からないけど、もしかしたら1時間や2時間かもしれないし、1分も経っていなかったかもしれない。私を値踏みしていた彼は、唐突に爆笑した。それはもう盛大に、フーーーハハハハハハハハハハハハハハハハと後ろに転げて爆笑した。不敬すぎるわこの雑種ゥーーーー!!!とか言いながらなおも爆笑した。私は若干引いてしまったが、それでもどれだけ笑われようが心は変わらなかった。こんなくだらない人間兵器のチェスごっこをしている世界ごとぶっ壊してくれる英霊をずっとずっと、もしかしたら国に収集されるよりも前に、英霊システムが公表されるよりもずっと前、産まれた時から求めていたようにすら感じるんだ。
ひとしきり笑ったのか、ガシャガシャと鎧の音をたてながら、彼は立ち上がった。その目はもう笑っていない。少し涙が出てるけど。泣くほど笑うなよ。
「傲慢で不敬で自惚れた女よ。いいだろう、契約だ。ただし、俺を少しでも飽きさせてみろ。貴様の息の根をすぐさま止めてやる」
いいのか。力を貸してくれるのか。信じられなかったけど、目の前の彼は確かにそう言った。具体的にどう飽きさせないのかは全然分からないのでもしかしたら目覚めて数秒で内側から殺されてしまうかもしれないけど、今はそれでいい。ただ今は、私をこんな目に合わせた連中への目覚めの挨拶をしたい。それだけだった。
「オイ、俺はこの世界に対して反吐が出るほど呆れているが興味はあるぞ。目が覚め脱出したのならまずは俺に観光案内をしろ雑種。つまらなければ殺す」
マジで大丈夫だろうか。まぁ、今更仕方がない。でも上手く言えないけど、なんとなくやっていけそうな気がする。…そう言えば、まだ彼の名前を知らない。
「名字名前です。世界をぶっ潰すためによろしくお願いします」
「はっ、俺に名を名乗れと言うか。たわけが」
「崇拝するための呼び名がないと不便ですので!」
「フン、いいだろう」
あれ、チョロ………何でもありません。

「しかと聞けよ雑種。畏れ多くも貴様に憑依する至高の英霊の名は───────」




今度こそ目を覚ました私は、ベッドの上。夢オチでもなんでもない、彼は確かに私の中にいる。手枷もなにもない、真っ白なベッドと、恐らくとても頑丈な壁。足音が聞こえる。きっと奴らだ。手を出したら家族を殺されるかもしれない。友人も、私に関わった全ての人は一人残らす。首筋にヒヤリとした感覚がした。ギルガメッシュが私を計っている。それがどうした、その程度の覚悟であったのなら殺す。そう聞こえる。
見くびるなよ、そんなのあのカプセルに入った瞬間から綺麗さっぱり棄てたよ。だって1回私は死んだんだから、もうこの世界に家族も友達も知人もいないよ。
あぁ、もうすぐ扉が開く。ドキドキする。なんて言おう、どうしてやろう。
ねぇギルガメッシュ、見ててね。私、多分すっごく貴方と気が合いそうだから。
貴方が飽きたなんて言う暇もないくらい、全部ぐっちゃぐちゃにしちゃうんだから。