女王メイヴ

ちゅっ、と可愛らしい音をたてて、頬にキスをしてきたメイヴちゃんはそのままこちらにしなだれかかる。細くてサラサラな髪が顔にあたってくすぐったい。メイヴちゃん、くすぐったいんだけどと文句を言えば、クスクス笑って顔を近づけてくる。
「私のマスター」
私の頭の後ろに腕をまわして、鼻と鼻がぶつかるぐらい間近にメイヴちゃんの顔が迫る。人形みたいに全てのパーツが完璧なメイヴちゃんの顔をぽーっと眺めていたら、そのまま顔が近づいてきて柔らかいメイヴちゃんの唇で口を塞がれる。ちゅっ、ちゅっ、と数回バードキスをして、そのまま私の胸に飛び込んで抱きついてきた。
「ふふふ」
何やらご機嫌みたいで、嬉しそうに笑ってる。
「メイヴちゃん、なんかいい事あったの?」
「ええ。今もこれからも、ずっといい事ばかりよ」
よくわかんない返しだった。それでも嬉しそうにじゃれついてくるメイヴちゃんが可愛いので分からなくてもいいのかもしれない。
最初の頃はこんな姿絶対見せてくれなかったのに、頬を緩ませて幸せそうにこっちを見てくるメイヴちゃんなんか全然想像してなかった。貴方が私のマスター?ふーん、なんか野暮ったい。第一声からしてこんなんだったので、この子と聖杯戦争なんか絶対勝てないと思ったのに。
勝った。私達は、2人で。何度だって死にかけたけど、何度だって傷ついたけど、その度私達の心は近づいていった。
「好きよ、マスター。大好き、愛してるわ」
メイヴちゃんはいつからかこんな風に直接的に気持ちを伝えてくるようになった。好き、好き、と言われる度にドキドキして胸がキュッとなって、甘い蜂蜜を頭の中にたっぷり流し込まれたようにぽーっとしてしまう。
「うん。私も」
ギュッと抱き返して、私も返事をする。
「あは」
メイヴちゃんが笑ってる。よかった。








血塗れのマスターを抱きしめて、どんどんと小さくなっていく心音を聴いている。脆くて細い体が一生懸命にたてるその音がどうすることもできず聴こえなくなっていくのに、たまらなく涙が溢れてくる。私のマスター、私の、私だけのマスター。大切な、初めて私に恋を教えてくれたマスター。ごめんなさい、最後の最後で、アナタを守れなかった。
お腹に空いた穴からどんどん血が溢れてく。胸から耳を離して顔をみたら、トロンとした顔でまだかろうじて意識を保っているようだった。口が微かに動いているけれど、声が出ていない。
「なぁに、マスター。聞こえないわ、私に聞かせて。ちゃんと、聞かせて…」
堪えきれずに涙が邪魔をして、穏やかな声のまま話しかけられなかった。今マスターは、半分夢を見てる。私の魅了で痛みを感じないように、甘く蕩ける心地でいるはずだから、だから気を抜いてはいけないのに。
「─、の」
「なぁに、なぁにマスター」
顔を見つめて、血を拭おうとしても自分の手だって血まみれだった。頬に着いた血は線になっただけだった。
「メ──、泣い、─るの、」
「泣いてないわ、幸せだもの、泣いてないわ」
魅了は確かに効いてるはずなのに、涙に気づいた彼女がメイヴの頬に伝う涙を触る。頬にぺたっと血がついても、その手をメイヴは包み込んでなんとか笑ってみせた。
「そ、──よかっ、た」
あぁ、死んでしまう。自分の体が光の粒に変わっていくのが見えた。大好きなマスターの頬に両手を添えて、顔を最期まで見ていたい。
「マスター、愛してるわ」
最期の言葉で別れを告げる。忘れたくない、幸せな日々も、なんてことない会話も、あなたの温度も忘れたくないのに。
「うん」
突然、ハッキリした声が聞こえた。消えてしまうほんの数秒間、夢を見ているはずの彼女がこちらに向かってニッコリと笑いかけている。
「ありがとう。大好きだよ」
もうそんな力なんてないはずなのに。あぁでもそうね、どんなピンチだって、アナタは立ち上がったものね。
「あは」
最期は心から笑顔で笑えた。涙でぐしゃぐしゃだったけど、アナタにはどう見えてた?
光が体を包んでいく。アナタの体も、一緒にいけたらよかったのにね。