アシュヴァッターマン

「っだぁらァーッ!!!」
カボチャを被った陽気な骸骨共を、車輪の形をした自前の武器で引き倒す。砕け散った骸骨共は飴だのクッキーだのを残して霧散していくが、倒しても倒して、ワラワラと湧いてきてキリがない。
「ンだよこの浮かれ頭どもはよォ!!!」
声を荒らげながら次々現れる、いつもとは様子の違ったエネミーたちを粉砕する。その度に散らばる菓子を踏みつけて、アシュヴァッターマンはいつも以上に苛立ちながら武器を振り回した。
その後ろを、ちょこちょことついてまわりながら小さい女の子が編みかごを持っている。エネミー達の落としたお菓子をかごに入れて、キラキラとした大きな目で中を覗き込んでいた。
「あ?おいマスター…まさかそれ食う気じゃねーだろうな」
「?」
アシュヴァッターマンの言葉に、不思議そうに首を傾げる少女のほっぺが不自然に膨らんでいる。ちょうど飴玉を1つ口に含んでいるように。
「バカヤロォーー!!」
首根っこを掴んで、片手で両頬を摘む。ぷぺ、と小さな口から飛び出たカラフルな色の飴玉がころりと地面に落ちた。
「変なモン口に入れんなバカ!腹壊すぞ!」
大きな声で怒鳴られたことはさほど気にとめず、名前は地面に転がる舐め途中だった飴玉を未練がましく見ている。それにさらに苛立った様子で、アシュヴァッターマンが名前の両脇に手を入れて持ち上げる。
「おーまーえーはーよー!あっぶねぇから下がってろや!」
イヤイヤと顔を横に振って、バタバタ足を動かす名前にあぁ!?と凄む。名前はべっと舌を出して、くるっと逆上がりのように体をひねらすとアシュヴァッターマンの手を離れて地面に着地した。集めたお菓子のかごをギュッと抱いて、アシュヴァッターマンから守るように見てくる。
「がーっ!わーたよ!取らねぇから今食うのはヤメロ!それが食っていいもんか調べてからだからな!」
ぱぁ、と途端に顔を明るくした名前に大きなため息をついた。ハロウィンだからだかなんだか知らないが、菓子を残して消えていくエネミーの意図も全く分からない。ただ珍妙な格好をしているからといって、悪さをしない訳では無いので野放しにはできない。
不意に名前の持つ連絡用の通信機がピピッと音をたてた。名前はかごの底のお菓子に埋もれていた通信機を取り出すと、応答ボタンをぽちりと押した。
『順調かな。名前くん』
空に映し出されたモニターに、男の姿が映し出される。名前は男に向かってコクリと頷いてみせた。
「オイロリコン学者、どうなってんだコレは?」
アシュヴァッターマンが地面に散らばる菓子を指さして男に問いかける。
『調査中だが、菓子に何らかの毒物が含まれていることはない。ただの菓子のようだね。あと私はロリコンではない』
モニターの男は笑顔で青筋をたてながら答えた。それを聞いた名前は満面の笑みで、モニターの男に集めたお菓子を掲げてみせた。
『あぁ、食べても問題は無いよ。ただし、近くにサーヴァント反応だ。それを食べるのは、敵を倒してからにしてもらおうかな』
「サーヴァントォ?へぇ、シャドーサーヴァントじゃなくてか」
アシュヴァッターマンが驚く。シャドーサーヴァントも発生するのは稀だが、サーヴァントとなると更に珍しい。大抵のサーヴァントは、聖杯から力をもらい目的のために手段を選ばず動くため、出現次第倒すことになっている。
『あぁ。そのサーヴァントがこの事態を引き起こしていることは間違いない。反応が強い場所を案内する。君たちの区域内だが、必要なら他地域からも応援を呼ぼう』
「へっ。要らねーよんなもん。うし、行くぜマスター」
こくりと頷いて、地図に示された箇所をアシュヴァッターマンと共に目指して歩いた。



「豚どもぉ〜〜〜!次の曲、いっくわよぉーーー!ちゃんとついてきなさーーーーーい!」
ギャーーー!という観客の悲鳴が響いた。座席に縛り付けられた人々が、広い道路の真ん中に仮設されたような簡易なピンク色のステージを囲むように座らされている。んだこれ。アシュヴァッターマンは現場に着くなり、眉をひそめた。
『…………………』
モニターの男もその光景を見て、いつもの涼しげな表情を崩して絶句していた。
名前はというと、初めて見る光景にワクワクと体を前のめりにしている。デデテン♪デデテン♪とリズミカルに鳴り出した大音量の音楽にアシュヴァッターマンが耳を抑えた。
「だァ〜〜〜〜!!!!るっせぇ!やめろ!」
「え?ちょっと!ストップ!…なによ、今から新曲お披露目だったのに。ガサツなノイズを入れないでちょうだい!」
華やかなドレスを着た、ピンク色が眩しい髪の少女がステージ上でマイク越しに大声で曲を遮ったアシュヴァッターマンに怒鳴る。
「ノイズ撒き散らしてんのはテメーのほうだわクソが!人間縛り付けてまで何してんだ!!」
至極正論なのだが、少女はツン、と腕を組んでそっぽを向いた。
「違うわよ、別に縛り付けてるつもりは無いわ。ただ私が歌うと衝撃波が出ちゃうのよね。それで豚どもが吹き飛んじゃうのはカワイソーでしょ?だから飛ばないように固定してあげてるの!」
本気で言っているようで、少女は悪意の見えない可愛らしい笑顔でそう答えた。アシュヴァッターマンは「やべーなこいつ」と顔を引き攣らせ武器を構えた。
『あいっかわらず非合理な小娘が…。アシュヴァッターマン、さっさとその目障りなステージごと引き潰してくれないか』
男がモニター越しにも分かるくらい、ギリギリと歯音をたてていた。珍しいなと2人して顔を見合わせていると、ステージ上でマイクを構えていた少女が「あ!!」と声を出した。
「マネージャーじゃない!なぁにアナタ、何してるの?でもちょうどいいわ!アタシここ来たばっかりだから、マネージャー募集中だったの!本当はもっとセンスのいいのがいいけど、ま、アナタで妥協してあげるっ」
「あ?なんだよアルキメデスさんよぉ。知り合いだったんか?」
嬉しそうにモニターの向こうにいるアルキメデスに手を振る少女。アシュヴァッターマンの言葉に、ぶつりとアルキメデスの中の何かがキレた。
『知るかァーーーー!!!!いいからさっさとその小竜の頭をぶん殴って口を開けなくしろォーー!!!!』
「お、おう」
初めて見るアルキメデスの激怒した姿に若干引きつつも、1度降ろしかけた武器を肩にかけた。が、ピタリと動きを止めた。さっきまで大人しく後ろにいた名前が、ステージの最前列にいるのが見える。
「あら?なにかしらこの子ネズミ」
縛られた誰かが気絶して手から落としたのか、落ちていたピンク色に光るペンライトを両手に持って振っている。頬を上気させて、瞳を輝かせてステージ上のエリザベートを見つめていた。
ぱぁ、とエリザベートの顔が明るくなる。
「な、なに?もしかして…応援して、くれてるの…?」
うんうん、と首を縦に振る小柄な女の子に、両頬に手を添えて顔を赤らめながら「うそ…」と声を漏らした。
「ほ、ほんとぉ?なんかさっきから全然豚共が反応しなくなっちゃったし、ていうか起きててもちっとも合いの手とか入れてくれないし、せっかくの初ステージなのに…で、でも最初の外回りなんて、こんなもんよねって頑張ってたんだけど…うそ…ほんとぉ…?」
かなり嬉しいのだろう、目に少し涙が見える。声も鼻声だった。いや、当たり前だろ…と胡乱な目でアシュヴァッターマンが呟いた。
「っ!いいわ!今からは、貴方にだけのオンステージ!喜びなさい、とびっきりキュートでポップな新曲、特別に、貴方のためだけに歌ってあげる!」
その言葉と同時に、再び音楽が響きはじめる。解放されたと安堵していた人々がギャー!!!!と悲鳴をあげた。青ざめたアシュヴァッターマンが猛スピードで名前の体を抱えて後方に飛び退いた。が、間に合わない。エリザベートの口が大きく開く。アルキメデスはブツリと音声を切った。
「〜♪〜♪〜〜♪」
「………あ?んだよ、うめぇじゃんか」
あれだけの前フリで、拍子抜けしたアシュヴァッターマンがぽかんと口をあけた。名前はもぞもぞと腕から抜け出し、また最前列でペンライトを振っている。エリザベートは気持ちよさそうに、名前の方を時折見ながら楽しそうに歌い上げていた。
だったらなんでこの縛られた人間たちの大半が気絶してるんだ?衝撃波というのも出てないように見えるが。
はてなマークを浮かべるも、自分のマスターが楽しそうにしているこの状況をぶち壊すことも出来そうにない。アシュヴァッターマンは行き場のない闘争心を鎮火させて肩を落とした。
『………ああそうか、あの小娘、誰かのために歌うのであれば上手く歌えるのだったな…』
通信を切っていたと思っていたアルキメデスがため息をついて言った。なんだそりゃと顔をモニターに向ける。
『適当に何曲か歌わせておけ。それから回収しろ』
「倒さねぇのか?」
『話の通じないサーヴァントばかりで、今までは倒すしか無かっただけだ。あの小竜が話が通じるとは言わんが、それでも貴重なサンプルだ』
ただ本当に喋りたくない。そう付け加えて通信を今度こそ切った。
「…はぁ〜、なんっだよ、モヤモヤすんなぁ」
地面に座り込みながら、楽しげに跳ね回るマスターを見て、まぁ、楽しそうだしいいか…?と口角を上げるのだった。