エレン・イェーガー

※スクールカースト



「おはようエレン」
振り返ったエレンが気だるそうに私を一瞥すると、ああ、とだけ言ってまた前を向いて歩き出した。私はその隣に駆け足で近づいて並ぶ。
「眠そうだね」
「寝てねぇからな」
そう言って特徴的な大きな目を細めた。若干、目元にはクマが見える。
「何で?」
私が聞くと、別にいいだろと言ってこちらを見ずに面倒くさそうな顔で早足に行ってしまった。
毎日頑張って声をかけているけど、どうにも嫌われてしまっているみたいだ。私は溜息をついて、自分の教室へと向かった。

「闇の騎士、今日こそ一緒に駅前の占いの館に…」
「行かねぇって」
「そうだよミカサ氏、エレン氏は僕の家でアニメ鑑賞を共にするんだからね」
「行かねぇから」
下校の時間、なんとなくエレンのいる教室を覗いてみると、なにやらいつもの取り巻きに囲まれて楽しそうにしていた。暇そうなら一緒に帰れないか声をかけようとしていたけど、どうやら予定がありそうなので身を引く。特定のグループに入れてもらわないで、いつもどこかをフラフラしている私とは違い、エレンにはエレンの友達がいる。
はぁ、とため息をついて踵を返した。別にみんなのことが嫌いなわけじゃないけど、なんでかこの学園で私がもっと仲良くなりたいとか、喋ってみたいとか思ったのはエレンしかいなかった。
「闇の騎士!」
「エレン氏〜!」
「だからどっちも行かねぇって」
不意にエレンが振り返って、教室の入口あたりにいた私と目が合った。あ、という顔をされたので、一応小さく手を振り笑う。
「お、名前じゃねぇか、帰りか?一緒に帰ろうぜ」
後ろから声がして振り返る。幼なじみのジャンだった。相変わらず高校デビューの不良スタイルを貫いていて逆に凄いけど、何だかんだ素が出てきているのでもうそろそろやめた方がいいと思った。面白いから言わないけど。
「ああうん、」
「名前」
今度は教室の方から名前を呼ばれた。不思議に思ってまた振り返る。眉間にシワを寄せたエレンがすぐ後ろまで来ていた。
「あ?なんだよナード野郎」
「お前じゃねぇよ」
雑にあしらわれたジャンが「なんだとテメェ!」とエレンに詰め寄ろうとした。が、ピタリと止まってその奥にいるミカサに視線を向けた。
「ミカサ!」
「立ち去れ」
「うわ、ジャンだ…」
ミカサと、ついでにアルミンにまで怪訝な顔をされている。大丈夫かお前。
「行こうぜ。帰るだろ」
ぐいっと腕を引っ張られて歩き出したエレンにつられて歩いた。いやでも、と後ろを見るとジャンに絡まれている2人が何か言っているのが見える。
「エレン」
呼びかけても気にせず私の腕を掴んで進むエレンに負けて、校舎の外まで引っ張られながら歩いた。

「置いてってよかったの?」
バス待ちの列に並んでため息をついたエレンにそう言うと、はぁ?という顔をされた。
「別にどっちとも約束とかしてねぇし」
「そうなのか」
私は今更エレンとちゃんと話ができる機会だということに気づいて、ドキドキしてきた胸の鼓動を手で押さえて深呼吸した。
「何してんだ?」
「いやなんか緊張して…」
「何にだよ」
そう言って呆れながらちょっと笑う顔は初めて見る表情だった。そういえば普段からエレンはあんまり笑わない。いつもつまらなそうな顔ばかり見ていた。
「ジャンのやつと仲良いのか?」
さっきの事を思い出したのか、エレンがまた無表情に戻って聞いてきた。私は少し考えて首をひねった。
「どうだろ、幼なじみだからな。仲良いかって聞かれたら…うんまぁ、いいのかな」
あの悪ぶってるスタイルはどうかと思うけど、昔の大人しくお坊ちゃんなジャンを思い出してちょっと笑ってしまった。何をどう影響されて今の高校デビューを果たそうとしたのか。
「へぇ」
聞いてきた割に素っ気ない態度でそっぽを向かれてしまった。慌てて私から話題を振ろうと、前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、ミカサとアルミンといつから仲良くなったの?」
「仲良くって…勝手に付いてくんだよ」
そうは言っていても、心底嫌という風には見えなかった。3人で喋っていて盛り上がっている様に見える事もあったし、羨ましくて遠目に見ていたから。
「いいなぁ」
「どこがだよ。うるさいだけだろ」
相変わらず眉間にシワを寄せてエレンが不機嫌そうに言う。
「お前といる方が静かでいい」
一瞬意味がわからなくてフリーズした。今なんて?とエレンを見ると、若干頬が赤かった。
「………えっ」
「なんだよ」
つり目がちな大きい目で睨まれる。でもやっぱり頬は赤くなっているので全然怖くなかった。
「…あのさエレン」
ムスッとして黙っているエレンに声をかける。
「よかったら私と、その、」
「………」
大きな目をさらに大きく開いてこっちを見ている。ああもう言ってしまおう、と決心して私は声を振り絞った。
「友達になってください」
「…………ハァ?」
やっぱりダメか…。肩を落として地面を見つめた。誰ともつるむ事がなかったエレンが、最近会ったばかりの私なんかを相手してくれるわけがないんだ。私は所詮知り合い止まりなんだ…。
そう落ち込んでいたら突然手を引っ張られた。ビックリして顔を上げる。エレンは目を細めて、口をぎゅっと閉じていて、なんと言うか、変な顔だ。
「…………」
「えっと、エレン?」
そのまま黙ってしまった。声をかけると眉間のシワが増えた。どうしよう。
「なんだよそれ…」
ぼそっとそう言って、やっと手を離してくれた。どうすればいいのか分からず、ただ怒らせてしまったと落ち込んでいると、ハァーッと今日一番のため息をつかれた。
「エレン、」
「分かったよ、今日からお前と俺は友達だ」
プイッとそっぽを向いてそう言われた。…聞き間違いじゃなければ、確かにそう言われた。
「本当?」
「嘘ついてどうすんだよ。バス来たぞ」
気がつくと言われた通り、バスが停車して列が動いていた。慌ててエレンの後ろをついて行く。
「じゃあ今度からもっと声掛けていいの?帰りとか誘っていい?」
「………別に……」
さっきからこっちを見てくれないけど、別にってことは、いいって事だよね?
嬉しくなって顔が緩んでしまう。ニヤニヤしていたら、視線を感じてエレンの方を見た。
「…そんなに嬉しいかよ」
私があまりに嬉しそうにするから照れたんだろう、また顔が赤かった。
「嬉しい」
「あっそ」
窓際に座ったエレンがまた外の方を向いてしまったけど、降車駅につくまで私は嬉しくてニコニコしていた。


「ただいま」
玄関を開けてそう言うと、料理中の母さんがおかえりーと言って振り返りこっちを見た。
「あら、めずらしい。あんたなんでそんな嬉しそうなの?いい事あった?」
なんで分かるんだよ、と思いつつ恥ずかしいから2階の自室に早足でかけ登った。転ぶわよーと下から声が聞こえる。転ぶわけないだろ。
リュックをベッドへ投げ捨てて、自分の体も顔を枕に埋めて放り出した。今日すげー話せた。あと近かった。
ただ、まさか名前の基準で自分が友人にもなれていなかったとは思いもしなかった。あれだけ声掛けてきておいてなんだそれは、と唖然としてしまった。
はぁ、と最近ますます多くなるため息をついて名前のことを考える。やっぱり、素直に自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてくるような性格が好きだし、誰かに媚びを売るような事もしない、いつだって自分の意思を貫く所がいいと思う。今日喋っていても、それがよく分かった。ただ、どうして自分がこんなにも名前のことで悩んでいるのか、自分でも全く分からなかった。
「…だから俺はどうしたいんだよ…」
はぁ、とまたため息をついた。今日も眠れそうにない。ミカサの言う通り、占いでもやってみようか。信じる気はサラサラないのだが。
明日もきっと声をかけてくれるだろう名前について、今日もぐるぐると思考する彼が、恋とか青春について知るのは、まだまだ先の話だった。