スペース時空なインド兄弟の話

※注意
・夢要素がおまけ。インド兄弟がメインです。
・アルジュナの兄弟とクリシュナが喋ってます。
・いろんな二次創作の影響を受けてますが、基本的にオリジナルなキャラ設定だと思いますので注意です。
・アルジュナとカルナが幼いです。出会った時の年齢です。
・実は夢主はアサシンちゃんのスペースバージョンの設定ですが、特に言及はないので単体で読んで大丈夫です。
・ユニバース時空は全てを解決してくれる。
以上を踏まえてどうぞ。






ふと、ほんの1秒前に自分が産まれたような気がした。

目前に広がる風景は、なんら疑問を持つことも無い、"さっきまでの続き"のはずだ。なぜなら隣には、笑顔のユディシュティラが自分の優勝を祝福し、ビーマセーナは喝采を謳っていた。クリシュナはいつも通り、アルジュナの傍らで微笑んでいる。
「おめでとうございます、兄上」
弟のナクラが近寄って手を取った。ありがとう、と返す。何もおかしくなどない。自分は弓術を競うこの大会で、今まさに他を圧倒した確かな強さを証明したのだ。
「おめでとうございます。でも、にいさんなら当然ですよね」
サハデーヴァがはにかみながらそう言った。ありがとう、そう言ってまた手を握り返した瞬間に、不可思議な気持ちに襲われる。ちがう、何かが"足りていない"。
祝福してくれている兄弟から意識を離して、会場を見渡した。熱狂する民と、自分を見つめ、とめどなく拍手を送る貴族達を見て、「何か」を探している。
「アルジュナ?」
はっとして振り向いた。クリシュナが小首を傾げている。クリシュナ、と口を開こうとした時、誰かに肩を引かれて振り返った。

「アルジュナ、優勝おめでとう。やはり、弓ではお前にかなわんな」

白い、白い男だった。髪も肌も存在も、それなのに、目だけは燃えるように熱く、見られている自分が焼けるように溶かされるような目だ。
は、と口から空気が漏れた。声が出ない。瞳孔は開かれて、キリキリと体の全ての臓器が握りつぶされたかのように熱い。胃液がせり上がる感覚と、劈くような耳鳴りがした。
「…?。アルジュナ、どうした」
男が心配そうに自分を覗き込んだ。どうしたじゃない、なぜお前が"こちら"にいるんだ。そう言いたかったが、喉から出るのは荒い呼吸だけだった。
「アルジュナ?大丈夫かい?カルナ、どうかしたのか?」
「わからん」
なぜクリシュナが普通にこの男と話しているのか。他の兄弟も、この男がここに居ることが、まるで「普通」だとばかりの佇まいだ。いや、ちがう、おかしいのは自分の方だ。だってこの男は、カルナは、『自分の兄』ではないか。
──────今、自分は、なんと言ったのか?

「アルジュナ、カルナがどうかしたのかい?」
クリシュナの声に我に返った。そうだ、カルナは、自分の兄だ。だからここにいるのも普通なのだ。そして、先程私はカルナに勝利し、この大会に幕を閉じたのだ。なぜ、そんな事を忘れていたのだろう。
「アルジュナ」
不安そうに声をかけてくるカルナに、未だ何故だか募る言いようもない感情を隠して、ああ、と何とか声を出した。何も心配はない。おかしかったのは、自分だ。自分の筈なのだ。
「大丈夫だ、カルナ」

しん、とその場が静まった。ドキリと心臓が脈打つ。何を間違えた?凍りついた空間を、冷や汗が止まらず青ざめて見ている。沈黙を破ったのはカルナだった。
「いま、なんと」
大丈夫だと、と繰り返した。何がいけなかったのか、早鐘を打つ心臓を抑えて吐き出すように言うと、「ちがう、そのあとだ」と言われる。後?なんだというのだ、ただ自分は、とにかくなんでもないと、大丈夫だと、カルナ、お前に言ったではないか。
そう言うと、カルナがわなわなと震え出した。分からない、クリシュナに助けを求めて振り返ると、クリシュナも驚いたように目を見開いていた。どうして、そう問えば、クリシュナは答えた。
「アルジュナ、なぜカルナを今日は兄上と呼ばないんだい?」
目眩がした。兄上?自分が?カルナを?
もはや立っているのも精一杯だ。頭痛が激しく脳を揺さぶる。頭を抱えて蹲ってしまいたかった。
「な、なぜだアルジュナ」
最後にそう聞こえた。ひどく狼狽えたカルナの声だ。なぜだってそれは、お前は私の兄などではなく、それは、だって、……………………。
気づけば視界が暗転していた。最後に見たのは自分を支えようと手を伸ばすクリシュナの姿だった。






「まぁ、アルジュナも兄離れの時ということだな!」
バシンッ!とカルナの白い肩をビーマセーナはおもいっきり叩いて言った。怪力のビーマセーナが遠慮なしに叩いたので、カルナの肩にはくっきりと赤く手形が残った。しかしカルナに反応はない。魂が抜けてしまったかのように口を半開きにして、晴天の青空を虚ろな目で見ていた。
重症だな、とユディシュティラが笑った。無理もない、つい先日、いや、もはや大会の前にもアルジュナはいつも通り、カルナのことを「兄上」と呼び、それはもういつもの如く慕って話しかけていたのだから、先程のように突然「カルナ」と呼び方を変えられて、突き放されてしまっては、さすがのカルナもこの有様のようだ。
抜け殻のように遠くを見つめるカルナはショックを隠しきれずにいた。脳内では昨日、あるいは一昨日、そしてそのまた前の記憶のアルジュナが「あにうえ〜」と微笑んでいた。
「なぜだ…なぜ…」
膝を抱え込んでうわ言のように疑問の言葉を繰り返すカルナに、兄弟たちは肩を竦めた。



目を覚ますと、自室の天井だった。ほっと胸をなで下ろし、辺りを見回す。見慣れたベッドと装飾、開かれた窓から見える街並み。そうだ、ここは私の場所、私の故郷…。
「じゃ、ないんだよなぁ」
「は、」
知らない少女がベッドに両肘をついて頬を両手で支えこちらを見ていた。本当に見たことがない、初対面の人間だろう。まず、この国の人間ではなさそうだ。
「誰だ」
警戒して後ずさり、いつでも攻撃をよけられるように身構えた。しかし少女はへらへらと笑って何もしてこない。
「ここはさ、もしものもしもなんだよ」
こっちのことなど微塵も気にした素振りもなく語りだした。今すぐ大声を出して誰かを呼ぶべきだと思うのに、何故か意識がその言葉に惹き付けられた。
「ifなの。暫定事象、とか言うんだっけ?分かる?本来はさ、ないんだよこんな世界。だってそうでしょ?君とカルナが兄弟で、みんなはそれを受け入れていて、君はさっきの大会でカルナに宣戦布告をされることもなければ、なんのトラブルもなくこの宮廷で過ごしてる。こんなのありえないでしょ?君だって、薄々分かってるんでしょ?」
パチパチとパズルが嵌っていくような、割れた水晶が元の位置に戻っていくように、頭のモヤが晴れていくような感覚がする。さっき感じた強烈なイメージの違和感が、明確に浮き出てくる。
「ありえないよ、君が正しいんだ。大丈夫なんだよ、アルジュナ。君の違和感は、正しいんだよ」
少女が宥めるようにそう言うと、胸にせき止められていた栓が抜けていった。そうだ、違う。こんなの間違っている。私と"カルナ"は兄弟ではなく、逃れられない宿痾なのだから。
「うんうん、取り戻してくれてありがとう!じゃあちょっと遅くなったけど、自己紹介をしよう!」
少女がやっと立ち上がった。見慣れない服を着ている。腰に手を当てて、ふふん、と顔を仰け反らせた。
「ユニバース事案パトロール隊改変事象特務機関所属2年目、名字名前!よろしくぅ!」
本当に大丈夫だろうか。アルジュナはまたもや目眩に襲われて倒れた。







「だからぁ、ここは銀河と銀河の歪でごく稀に発生する軌道の外れた世界でぇ、ほっとくと君みたいな歪みに巻き込まれた異分子サーヴァントの霊基に歪みが出るのね?そうなると君の召喚が今後困難になるし、君という存在を介して危険因子が産まれるかもしれないのね?君みたいな運命の因子が複雑なのは尚更ね?」
「はあ」
「だから私たちユニバース事案パトロール隊っていうのは、そんな暫定事象を発見次第巡視して、その世界で産まれそうな危険因子の存在を監視、場合によっては破壊してるのね?」
「はあ」
「月給手取り15万で」
「ブラックでは?」
「3食宇宙船付きでアルトリウムの補充も自由だもん!!!」
若干涙目で訴えられた。そうですか、と気を取り直して質問する。
「あの、なぜ私だけが、この世界が正史でないと気づいているのでしょうか」
名字は「ああ、」と姿勢を直して言った。
「それは君を中心に変えられた世界だからだよ。まず歪みが君というサーヴァントからはじまったんだ。君がこの銀河の始まりなのね?」
「ええと…え?」
「んぁー!私説明うまくないの!分かんないならなんかこう、自分がお母さんだと思ってくんないかな!お前がママなんだよ!」
「すみません、分かりません」
「だよね!私も!」
やっぱり大丈夫だろうか。訝しげに見ていると、大袈裟に咳払いをされた。
「とにかく!この世界をぶち壊さないといけません!そのためには、君が鍵なの!」
「え、壊すんですか?」
「え、壊さないの?」
沈黙。仕方がないので、こちらから口を開いた。
「そうなると、この世界の人々はどうなるのでしょうか」
「消えるよね。でもさ、仕方ないよね?本物じゃないんだよ。もし君がこの世界を受け入れて、このままこの世界を生きたなら、君の元の世界は壊れちゃうんだよ」
「それは、」
カルナが私の兄としている世界など、正気でいられるわけがない。
「うん、決まりだね?その顔を見ればわかるよ。あぁそう言えば随分若いねぇ、可愛い〜、今いくつ?ほっぺた触っていい?」
そう言われて、今更ながら自分の年齢が幼くなっていることに気がついた。カルナに出会う歳まで遡っているのだから当然だが、意識は青年時の英霊のままなのでなんとも馴染めない。
「それで、私はどうすればいいのですか」
「簡単簡単!この世界のどこかにある、聖杯を探して壊せばいいんだよ!」
笑顔でそう言われても、容易なことには聞こえない。
「この世界のどこかって…」
「君が思ってるより、狭いんだぜこの世界。なんせ君が生きた人生の1部を切り取って拡大縮小したような場所だから。大体はね、近くにあるのさ」
なるほど、と一応は納得してみせるも、なんともアバウトだ。では今からでも探しまわって早急に破壊を、と立ち上がった時に、部屋の出入口に人の気配を感じた。
「気分はどうだいアルジュナ」
「クリシュナ…」
心配そうな表情で、クリシュナが立っていた。慌てて名字の方を見る。いない。どうやら身を隠しているようだ。
「大丈夫、心配ない。少し外の空気を吸ってくる」
「あぁ、それならよかった。それとカルナのことなんだが、」
ドキリとして顔を上げた。困った顔のクリシュナが苦笑いを浮かべている。
「ちょっと、いやかなり落ち込んでいてね。良かったら呼び方を戻してやらないかい?ほら、以前のように兄上と」
「嫌だ!」
はっとしてクリシュナの方を見た。目をぱちぱちと瞬かせて驚いている。
「どうしたんだ?なにかあった?良ければ話を聞くけど…」
「う、いや、…なんでもない、ありがとう、クリシュナ。ただ、カルナのことは兄とは呼べないから…すまない!」
驚くクリシュナの横を走って通り抜けた。アルジュナ!と呼ぶ声を申し訳なく思いながら駆けていく。すると、どこからともなく名字が現れ、自分と並行して走り出した。
「あの人がクリシュナさん?すげー美形!というかここ、美形パラダイスなんだけど!インドやべー!」
「いいから、はやく聖杯を見つけましょう!」
どうにも気が抜ける人だ。はいはいと返事をされ、2人でひとまず城の外へと向かうことにして、なるべく人目を避けて移動した。

城外へ飛び出すと、目の前には間違いなく自分の記憶通りの街並みが広がっていてなんとも言えない気分になる。外壁から民家の位置まで、記憶している通りだ。言葉にできない感情が込み上げてくるが、そこに今1番聞きたくない声が聞こえてきた。
「アルジュナ!」
げ、という言葉をなんとかのみ込んだ。カルナ、そう呼んで振り返ると、自分と同じような装束を着たカルナが駆け寄ってきていた。呼ばれたカルナはまた悲しそうに眉を寄せている。
「やはり、俺を兄とは呼ばないのか」
「ゔ」
思わず唸ってしまった。カルナがふと視線を外して隣にいる見慣れない少女に目をとめた。不思議そうに首を傾げる。
「誰だ。アルジュナ、知り合いか」
「あ、いや、」
どうして先程のように身を隠さないのか。おい、と名字の方を見れば、まじまじとカルナを凝視していた。
「……幼いカルナさん…………イイ………」
「ちょっと」
何やら恍惚としていたがそれどころではないので肩を揺すった。はっ!と声を出して我に返ったのか、慌てて弁明し出す。
「違うよ!アルジュナも可愛いよ!」
「そういう心配じゃないです!」
「頭撫でていい!?」
「やめなさい!!」
わーわーと言い合っていると、カルナがわたわたと間に入ろうか迷っているのか行き場の無い手を動かして「ア、アルジュナ…」と声をかけてきた。先程から気安く呼ばれすぎていて、それに対しても何か胃がムカムカとしてくる。お前にそんな声で呼ばれるような関係ではない、と叫び出したいが、このカルナに言っても無意味だというのは何となく理解していた。
「あなたどうして隠れないんですか?クリシュナの時は隠れていたじゃないですか!」
「だってなんかクリシュナさん怖いんだもん!」
怖い?クリシュナが?よく分からず首を捻る。
「協力者はいた方がいいよ。その点、カルナさんならピッタリだよね」
な、と驚愕していると、カルナがずいっと身を乗り出してきた。
「なんだ、アルジュナ。助けがいるのか。この兄に、そう、この兄に」
「ええい、強調するな!」
やたらと最後の部分を主張してくるカルナに後ずさる。名字が食いつくように言った。
「うんうん、もうこれはカルナさんにしか頼めないよ!そう!アルジュナの兄である!あ!に!で!あ!る!カルナさんにしか!」
「!そ、そうか。詳しく話をしてくれ」
「待ってくださいほんと、おい!カル…おい!」
自分の話をしてる割には本人の声を全力で無視して進み出す2人に、思わず心の中で助けてくれ、クリシュナ…と唱えずにはいられなかったアルジュナであった。






「そうか、ではそうしよう」
「は」
名字からの説明を受けるやいなや、看破を入れずそう言ったカルナに目を見張った。
「この世界を壊すと言っているんだぞ」
「そうだな」
そうだなじゃないだろ。相変わらず読めなさすぎる。肩を落として頭を抱えた。
「カルナさんならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、手分けして探そうか。私南側を見てくるよ。カルナさんとアルジュナは反対お願いね」
「…は?ちょっと、なぜ2人にするんですか!?」
鬼か?震えた声で訴えれば、名字は「え?」と不思議そうに言った。
「だってほら、未成年だし。小さい子が1人で歩いちゃ危ないよ?だから2人で行動してね」
もう誰か助けてくれ。
「承知した」
承知するな。
「気をつけてね。2人なら大丈夫だと思うけど、やっぱり聖杯を壊す意思があると抑止力が働いて、妨害受けるからさ、戦闘はあると思ってね。敵が増えてきたら近いってことだよ。あ、携帯渡すから、連絡ちょうだい」
そうまくし立てて、薄型の小型機を手渡される。待ってくれと言う声も聞かずに、名字は姿を消してしまった。
「行くぞアルジュナ。兄についてくるがいい」
「おい!カルナ!…はぁ…」
なかばヤケクソで前を進むカルナに続く。やたらと張り切っているこの男の真意が見えない。モヤモヤとした気持ちのまま、自分を兄だと主張する男の背を追った。

「そういえば、聖杯がどういった形なのかを聞いていなかったな」
「……そうだな」
なんとか声を絞り出した。それまで前を向いて歩いていたカルナが不意に振り向いた。
「どうした。何を迷っている」
ドキリとした。相も変わらず自分を見透かしたようなこの男の目が嫌だ。視線を外して、外縁を流れる水路に咲いた蓮華を見つめた。
「貴様こそ、なぜ冷静なんだ。ここが間違った世界だと言われて、自らの存在を消すためにどうして動ける」
普通なら、そんなことはさせないと、むしろ妨害をする側ではないのか。そう言うと、カルナはなんの感情の起伏もたてずに答えた。
「薄々感じていた」
驚いてカルナの方を見た。やはり全く表情は変わっていない。真っ直ぐに、こちらの目を見ていた。
「他の兄弟のことはわからん。だが俺だからこそ気づいたのだろうよ。ここは正しくないのだと」
「ならなぜ兄に固執する」
思わず聞いてしまった。感じていたのなら、自分たちの関係が何なのかを思い出せていたのなら、なぜそうまでして兄でいたがるのか。
ここにきてようやくカルナの無表情が崩れた。困ったように眉を下げている。
「しらん。元の俺とお前がどうであれ、俺はお前の兄だ」
呆然とした。何を言っている、と言おうとした時に、不意に敵意を感じて振り向いた。カルナも同じ方向を見ている。
「話は後だアルジュナ。まぁ見ていてもいい。兄一人でも十分だろうからな」
わかりやすい挑発にカチンときた。弓を構えて隣に立つ。
「貴様の出る幕などない。優秀な弟に任せて、兄上はチャイでも飲んでいたらどうだ」
「…………」
「…………」
無言で睨み合う。すぐそばまで何やら鋭利な角を持った獅子のような獣が来ているが、もうどうでもいい。
「勝負だアルジュナ」
「望むところだカルナ」
どちらが合図するともなくスタートをきった。この地を更地にする勢いで、目の前の敵に飛びかかった。



「わぉ…インド、やべぇー」
名字に連絡を入れた頃には、なんというか、もはや地形が見る影もなかった。お互い気づいた時にはこうなっていたので、顔を見合わせ気まずくなった。
「いや確かに聖杯について詳しく話さなかったけどさぁ、地面掘り返すために宝具撃ちまくるのはどうかと思うよ。見つかったからいいけどさ」
「すまない」
「すみません」
「でも見つかってよかったよ。こっちもクリシュナさんに追いかけられてて大変だったんだから」
親友の名前が出てきて青ざめる。彼がこの事態にどういった判断を下したのか気になって名字の方を見れば、ニコリと笑われた。
「大丈夫だよ」
詳細が語られないので気になるが、詳しく聞きたいかと言われればはいとは言い難い。カルナもやや目線を逸らしていた。
「人の気配がないな」
それはそうだろう、と言おうとしたが、確かに言われた通りだ。周りに、という意味ではない。この世界に、という感覚だった。
「そうだね。聖杯が世界の出発であるアルジュナの手にあるから、アルジュナの無意識で機能を終わらせかけてるんだと思うよ」
自分の手にある、それなりの質量を持った杯を見つめた。仕組みはよく分からないが、これを壊せば、この世界は消えてしまう。
無言でいる私に、名字は「じゃ、」と手を振った。
「一足先に宇宙で待ってるよ。アルジュナのことは私が責任を持って回収するからね。じゃないとクリシュナさんに呪われるから」
物騒な言葉が聞こえたが、どうやらカルナに向けて言った別れの言葉のようで、カルナは「あぁ」と頷いた。
「短い間だったが、世話になった。正しい世界の俺に会ったら、よろしく言っておいてくれ」
「うん、じゃあね」
あっさりと名字は姿を消した。聖杯をどうにかするのはこちらに丸投げらしい。カルナが姿勢を正し、いつもの瞳で、私を見た。
「ではな」
変わらない目だ。どこにどういようとも、どのように生まれようとも、この男がこの生き方を変えるはずなどなく、どこまでも己の内を見つめる目と視線を合わせた。
「カルナは、兄ではない」
最後に伝えたい言葉を言った。カルナは、珍しく苦痛の表情で「そうか」と言った。
「だが」
赤い目がやや開き、続きを待つように静止していた。もはや砂埃だけが舞う世界に、カルナと私だけが存在している。
「貴方は間違いなく、私の兄だった」
カルナが浅く息を飲んだのがわかった。数回深く息を吸い込んで、口を開いた。
「そうか、…そうか」
そのまま目を閉じ、3秒ほど沈黙したあと、いつもの表情に戻る。だが、どこか晴れやかな顔をしていた。
「聖杯を投げろ。アルジュナ。俺がやる」
断ろうと思ったが、しばらく考えて聖杯をカルナの方へ放り投げた。
空を斬る音が聞こえて、パリン、と呆気なく杯は壊れた。なんの手応えもなく、手鏡のような気安さで。
視界がぼやけ、世界が霞んだ。朦朧とする意識の中、カルナの声が聞こえる。
「最後にお前と競えたことに感謝を。やはりどうあろうとも、俺はお前と闘いたいと思うのだろうよ」
そこで意識が途切れた。




「おはよー」
目を覚ますと見慣れないコックピットの中だった。丁寧にシートベルトまでしてある。窓から見える風景は、進んでいるのか後退しているのかもわからない宇宙の塵の中だった。
「ちぇー、ちっちゃいままかと思ったのに、元に戻っちゃったねー。ほっぺ触りたかったー」
自分の姿は幼少期ではなく、もとの青年期になっていた。なんとなく落ち着いて、ため息をついた。
「あの、これから私はどうなるのでしょうか」
「えっわかんない」
え?と目を見張って名字の方を見た。名字も、え?とこちらを見ている。
「あの、いつもどうしてるんですか?」
「え、だっていっつもこんな上手くいかないし。だいたい抵抗されて凄いことになって、もうボロボロで帰還するし、歪みのサーヴァントは殺すしかないし」
「え」
初耳すぎる内容に耳を疑い停止していると、「そーだ!」とポンと手を打って名字が携帯を取り出した。
「ちょっと待ってて!」
何やら通話を始めてしまった。「はい、活きのいい新人を紹介しますよ…紹介ボーナス2万でしたよね?エジソン社長」と不吉な言葉が聞こえた。
「あの、ちょっと」
「入社おめでとう!今日から君もユニバース事案パトロール隊改変事象特務機関の一員さ!」
そう言って肩に手を置いてニコリと笑われた。
「…ブラックですよね?」
「まさか!ホワイトよホワイト!よろしくな相棒!」
バシバシ背中を叩かれる。…まぁいいか、新人ボーナス2万円が恩返しになるのなら。

そう思って入社したアルジュナだが、彼はまだ知らなかった。この会社がブラックを超えたダークマターであることなど。そして立ちはだかる神話級のヘンテコスペースサーヴァントたちのことなど、この時の彼は、知る由もないのだ…。