轟焦凍

前にネタ帳で書いた個性ワンコの夢主
サポート科です



「わんっ」
「お」
ビックリした?と聞けば「した」とだけ短く返事をして轟くんは私の頭を撫でた。自然と揺れる自分の耳。轟くんは私より少し背が高い。
「轟くん、寮に帰るの?」
「おう」
「急いでるの?」
「いや、別に急いでねえ。何だ?」
それなら、と彼の手を取る。昔から他人への距離が近すぎるとさんざん注意をされているんだけど、どうにもこれは私の癖で治りそうもない。爆豪くんなら黒こげにされてしまうけど、轟くんは優しいのでカチコチに凍らされたりとかはしないのだ。
「あのねぇ、新しいトレーニングマシン作ったの!試しにね、遊んで欲しい!」
「遊ぶのか」
「間違えた、特訓して欲しい!」
「分かった」
一も二もなく承諾してくれた。やったー、と彼の周りを飛び跳ねて喜びを表現すれば、「落ち着け」と冷静に言われてしまった。
今すぐ柴犬にでもなって尻尾を振りまわしながら飛びつきたいくらいだったけど、自分の変身する個性は脱げた服をどうこうできるような便利なものでは無いのでやめておこう。制服を咥えてトイレに駆け込むのも大変なのだ。
「先生にね、許可は貰ってあるからね、轟くんなら大丈夫だって相澤先生が言ってくれた!」
「そうか」
マシンを置いてある訓練場まで歩いていく。轟くんと会話ができることが嬉しい。彼は強いだけじゃなく顔もかっこいいのだ。アイドルと話しているみたい。
「でも轟くん、ファンサービスとか絶対苦手だよね!」
「?なんだそれ」
思っていたことが口からはみ出してしまったけど、目的地までの道のりを、私はルンルンでひたすら喋りながら歩いた。


「こちらです!」
「おお」
じゃん、と先日完成した対ヴィラン想定特訓用マシンをお披露目した。ちょっと自信作なので、えへん、と胸を張る。
「内蔵した水で流せるペイント弾を標的の動きに合わせて射出するよ。回数を重ねると学習して、予測地点に撃ちはじめるの。弾の大きさは3段階あるよ。遠距離投射系の個性を想定したから、轟くんは避けることに専念してね。撃ち落としてもいいけどね」
「凍らせてもいいのか」
「いいよ!でも轟くんがこの子から逃げるのは、この中だよ」
訓練場に選んだのは市街地の狭い路地を模した場所だ。一方的に的にされたとしたら、たとえ轟くんのように強力な個性があったとしても逃げ続けるのは容易じゃない。それに人の生活圏でもあるから、お得意の全てキンキンに氷漬け、っていうのもご法度ということだ。
「問題ねえ」
やる気は十分という感じだった。かっこいいなぁ、と思いつつよろしく!とブイサインを送った。

「ほぁ…すごーい…」
そんな感想しか出てこない。轟くんは壁や電柱、窓枠を駆使して縦横無尽に弾道を躱す。避けきれないものは氷の粒ではじき飛ばして、体幹を全く崩さない。
はじめの方は肩や肘にヒットしてしまっていたけど、開始から5分程で当たる数は目に見えて減った。やっぱりヒーロー科は凄い。毎日鍛えているんだ。
「でも、投げ投げポチくん2号機改はこんなもんじゃないぞ!いけー!ここからが勝負だ!」
「(名前ダセェ)」
「残り5分は予測射撃がはじまるからね!覚悟〜!」
その瞬間ペイント弾が轟くんのつま先にヒットした。チッ、という舌打ちが聞こえてくる。
「こっからだな」
彼の瞳がキラキラしている。ギラギラって言うのかもしれないけど。ヒーローはかっこいい。でもそれ以前に、燃える男の子はもっとかっこいいのだ。いやぁ、轟くんを選んで得したなぁ、相澤先生に後でお礼言いに行こう。

「おつかれさま!」
「っ、はぁ、」
ペイント弾のせいでピンク色にまみれてる轟くんに駆け寄った。結局、かなり避けることは出来ていたけど、予測射撃からは少し手間取っていたみたいだ。あまり精密すぎても特訓にならないのかな?改良の余地ありだ。
「かなり当たっちまった」
頬についたインクを擦ろうとしているので、慌てて止める。確かに水で簡単に落とせるけど、擦るとのびるので面倒っちゃ面倒なのだ。
「シャワー浴びてね。髪にもついてるから」
「終わりなのか?」
えっ。そのつもりだったのだけど、轟くんはあからさまに「(悔しいから続けさせろ)」というオーラを発していた。負けず嫌いなんだ。そういう所がかっこいい。
「相澤先生に10分だけって言われてるからね。授業外だし、試作品だから。また改良したら絶対轟くんに1番に頼みに行くよ!」
ね!と言えば、しぶしぶといった様子で轟くんが頷いた。シャワーシャワーと背中押して、足取りの重たい彼をシャワー室へと押し込み片付けに取りかかる。うーん、汚れた箇所をホースで洗い流すの、地味に面倒かもしれない。

しばらくして、名前、と呼ばれ振り返る。
「後片付け全部やらせちまってわりぃ」
「え?いや私が頼んだんだから当然…」
そこには髪の濡れた轟くん。これは、あれだ!あれ…あれだ…なんだ…?なんか凄いイケメンのやつ…あ!
「水もしたたる轟くんや!」
「ドライヤーなかった」
「えー!」
風邪ひく!近くにあった綺麗なタオルを急いで彼の頭にかぶせ、わしわしと擦った。私の手が届くように少し屈んだままされるがままの轟くんが「おお」とかなんか言っている。息子みたいだこれ。
「暖かくして寝るのよ…」
「分かった」
素直ないい子ね…お母さんは嬉しいわ…。
サンキュ、と言って轟くんは私の頭を撫でた。お母さんムーブをしていたのにそれは違うぞ。ああでもやっぱり撫でられるのは最高。尻尾を出すとスカートがめくれちゃうのでやめてるけど、こういう時は出してすっごく思いっきり振りたいな。本能的に。
「わふ…ありがとうごさいます…」
「そんなに撫でられるのって気持ちいのか?」
「もちろん!やってしんぜよう!」
ハイ!と手を伸ばす。轟くんはちょっと仰け反った。
「いや濡れてるからよ」
「かまわーん!頭が高い!頭をよこせー!」
ちなみにこのわーん、は、ワンと掛けているのだ。ドヤァ。と誰に言うでもなくドヤ顔してしまった。轟くんはちょっと考えてから、「ん」と言って身を低くしてくれた。赤と白の綺麗なツートーンの髪を優しく撫でる。つむじが見えてちょっとドキドキした。
「よしよし〜」
「………」
無言。え、大丈夫かな。心配になってちょっと手を止めると、彼は不思議そうに顔を上げた。
「どうした」
「わ、顔がい…なんでもないです。よしよし。どう?なんか気持ちいいでしょ?」
思わず心の声が漏れてしまったけど、気を取り直して頭を撫でてそう言えば、「…まぁ、」と聞こえた。
「悪くねえ」
「へへへ」
そうでしょう。嬉しくて頭の上で耳が揺れた。轟くんは屈めていた体を元に戻すと、「けど」と言ってまた私の頭に手を乗せる。
「俺はこっちの方が好きだ」
…わん。そう言われれば、忠犬は何も言えなくなって、ただただ赤くなるだけです。置き去りにされた投げ投げポチくん2号機改は、無言でそんな私たちに照準を合わせていた。