♪鳥籠の中ひとり




「…え?」
目覚めるとそこは光で満ちていた。耳に響く静寂以外の音。ほの青い霊魂の光ではない、眩いイルミネーション。どこまでも高く果てしない星空には、無数の星が瞬き、ありえないほど近くに見える惑星が空の大半を占めている。
「ここは…」
金髪の少女が声を漏らすと、冷たい冷気に晒された吐息が白くなった。行き交う人が、少女、エレシュキガルを見てザワザワと声を上げはじめる。
「あ、その、まって、わたし、」
「サ、サーヴァントだ!」
「誰か!適性者を呼んでくれ!」
「えっ!えっ!ちょ、ちょっと待つのだわ!私何が何だか、」
その時、エレシュキガルの足に何かがぶつかった。驚いて足下を見ると、小さな女の子が、くたくたのぬいぐるみを抱いて泣いている。
「…ご、めんなさい」
「! 、平気よ、あなた、どうしたの?」
しゃがみこんで女の子と目線を合わせるも、女の子はふるふると首を横に振った。力強くぬいぐるみを抱きしめると、ぺこりと頭を下げて人混みの方へ走り去って行ってしまった。
「あ……」
手を伸ばすも、女の子を追いかけることは出来なかった。エレシュキガルを一定の距離から警戒している人々が、逃げた女の子を庇うように壁になる。
「攻撃はまだしてこないぞ!逃げろ!」
「はぁ?!しないわよ!そんなこと…!」
「みんな逃げろ!適性者が来るまでの辛抱だ!」
「だから、何もしないって言ってるじゃないーーー!」
話を聞きもしない人々に、ムキになって叫んだのが逆効果だったのか、さらに人垣は早足になって彼女から逃走しだした。自分が何をしたというのか。そもそも、何故自分はここに呼ばれたのか。
「……なによぅ…」
明るい電灯がチカチカ光る眩いイルミネーションの中に、ぽつりと1人取り残された。またひとりぼっちだ、と彼女は下を向いた。
「でも、綺麗…」
それでも、幻想的に光る人工的な明かりと、可愛らしい雪の結晶やプレゼントの形をした飾りが彼女の胸を踊らせた。くるりと回って、景色を堪能する。
「………………わあ」
その中に、一際目立つ大きなモミの木があった。見上げるほど大きなそのクリスマスツリーは、きっとこのイベントのメインなのだろう。気合いの入った装飾が場の雰囲気を豪華に見せるその木に、思わず彼女は手を伸ばした。
「きれい……」
大きなクリスマスツリーは、手を触れた瞬間、眩い光を放ち始めた。


「クリスマスだってのに出勤かよ。お前、ガキなのに大変だなぁ」
相棒のアシュヴァッターマンの言葉に、名前は見つめ返す。
「俺?俺ァいんだよ、戦いが本職だからな」
クリスマスの今日、街ではイルミネーションと飲食店がひしめき合っていた。そこかしこでホットワインと香ばしいソーセージの香りがする。くんくんと鼻を鳴らして名前は匂いに引き寄せられた無人の屋台に小銭を置くと、勝手に棒付きソーセージを手に取った。
「おいコラ、終わってからいくらでも食えばいいだろ」
今食べたい!と地団駄を踏んで抗議するマスターに、「しゃーねーな、はよ食えよ」と促し、アシュヴァッターマンは敵の気配を探した。
「向こうからすげー魔力を感じるな。行くぜマスター」
むぐむぐとソーセージを頬張りながらこくこく頷くマスターを確認すると、アシュヴァッターマンはすぐにでも攻撃に入れるように、体勢を整えた。



「だ、誰か助けて〜〜〜〜〜っ!!!!」

「いや何がどうなってんだよこれ」

2人が魔力の一番強い場所に辿り着くと、そこには豪華なドレスに身を包んだ金髪の少女が泣きわめいていた。白と金を基調にしたドレスはまるでウェディングドレスのように華やかなのだが、少女の両手には、まるで罪人のように鎖が巻かれている。
「取れない、取れないのだわ!うぅ…っ!重たい…」
「あー、多分あいつだろうな。なんか気づいてないみてぇだけどよ、どうする、マスター」
話してみよう、と言いたげな名前の目線に、しょうがねぇなとアシュヴァッターマンは目を閉じた。
「おい、お前。あー、何してんだ?」
「えっ…!」
ぱっと顔を上げてこちらを見た少女は、ふにゃふにゃに困り果てた顔で泣き出してしまった。
「助けて…」
「あ、ぁあ!?泣くんじゃねぇよ!お前聖杯から呼ばれたんだろうがよ」
「せいはい…」
ぽそっと呟くだけで、あまり返事に力が感じられない。なんなんだ、とアシュヴァッターマンは怒りをぶつけそうになる。
パタパタと勝手に飛び出した名前は、しゃがみこんで混乱しているエレシュキガルに近づいて行った。最近ではもうこの行動を咎めるのは時間の無駄だと学習したアシュヴァッターマンは、いつでも抱えて退避できるよう身構えるようにしている。
「…あ…」
よしよしと泣いているエレシュキガルの頭を、名前の手が撫でた。そこでようやく正気に戻ったのか、小さな女の子に励まされている、ということに恥ずかしくなったエレシュキガルは大きく咳払いをすると、ふらふらと立ち上がった。
「んんっ…!ごめんなさい、もう大丈夫だから」
それでもまだ背伸びをして頭を撫でようとする名前に、うっ、と顔を赤らめて後ずさった。
「オイ、もういいってよ」
引っペがされても撫でようとしている名前に、どんな執念だよとアシュヴァッターマンがツッコミを入れた。
「アナタの言う通り、聖杯に呼ばれたのは確かだけれど、理由も目的も分からないのだわ…」
再び顔を下げてしまったエレシュキガルに、グイッと電子機器が向けられる。画面には、「誰かがよんだ」と書かれていた。
「誰かが…?」
アシュヴァッターマンに脇を抱えられたまま、名前は画面に指をタッチして、ぱちぱちと文字を入力した。
「誰かの強いねがいに聖杯が反応して、」
「アナタがよばれた」
「その人のねがいと」
「アナタのねがいが近かったから、」
「アナタがよばれた」
「だとおもう」
どう?と首を傾げる名前に、エレシュキガルは瞳をぱちぱち瞬かせた。
「私の、願い…?」
「聖杯に叶えるための力を貰ってると思うけど」
「え?そんなの…このよく分からないドレスと、重たい鎖しか…」
その時ふと、エレシュキガルの目に先程のぬいぐるみを抱きしめて泣いていた女の子が写った。彼女は人がいなくなったイルミネーション街を、ぼんやりと眺め歩いている。
「……あの子…」
女の子に向かって歩こうとする体が、鎖のせいでとても重たい。引きずる位のスカートは、気を抜くとすぐに引っかかって転んでしまいそうだ。
「どっか行こうとしてるぞ、どうする、マスター?」
大丈夫そうだと判断した名前は様子を見ることにしたのか、再び屋台にお金を置いて、今度はシュトーレンを抱えていた。
「さっきソーセージ食ったばっかだろうが。いらん、押し付けんな、あーもう食うから分かった分かった」

「待って!」
とぼとぼと歩く女の子の背に声をかける。彼女は、はっとしてエレシュキガルの方を向くと、ぽかんと口を開けた。
「きれい…」
「え?え、ええと、」
ドレス姿を褒められて、どうしていいか分からず狼狽えてしまった。しかしすぐに気を取り直すと、女の子に向けて質問をする。
「あなた、どうしたの?ひとり?お父さんや、お母さんは?」
すると女の子は途端に暗くなった。しまった、と思う頃には、女の子の両目から涙が溢れだしていた。
「う、ううう、ううう〜」
「ああ!ごめんなさい!違うの!悲しませてしまったわ、そんなつもりはなかったの…!」
女の子を咄嗟に抱きしめようとするも、鎖のせいでどうすることも出来ない。ガチャガチャと鎖を外そうとしていると、女の子が口を開いた。
「お姉ちゃん、それ、とれないの…?」
「あう、そ、そうなの…」
しゅんとするエレシュキガルに、女の子は1歩近寄って、鎖に手を伸ばす。そのままグイグイ引っ張るも、彼女の力ではぴくりとも動かなかった。
「ありがとう、私は大丈夫だから。あなたは、どうして泣いていたの?よかったら教えてくれないかしら」
その言葉に、女の子は驚いた顔をした後、ポツポツと喋り始めた。
「お父さんとお母さん、いなくなっちゃったの」
「もう帰ってこないって、おじいちゃんは言うの」
「お母さんたちからの最後のクリスマスプレゼントだよって、ぬいぐるみをもらったけど、」
「全然うれしくない。いっつも、クリスマスはみんなでここを歩くの」
「お父さんとお母さんと手を繋いで歩くの」
ぽたぽたと涙を流しながら、女の子は必死に言葉を絞り出した。エレシュキガルは女の子の瞳を見つめながら、何も言わずに聞いていた。
「もう、ひとりぼっちになっちゃった」
「……なら、」
エレシュキガルは立ち上がった。重たい鎖を持ち上げて、両手で女の子の空いている方の手を取る。
「私と一緒に、歩きましょう」
「…お姉ちゃんと?」
「ええ。だってお姉ちゃんも、ひとりぼっちなんですもの」
「…そうなの?」
「そうよ」

「ずっとずっと、ひとりぼっちだったの」

イルミネーションの街を2人が1周し終わる頃、誰もいない街に、おーい、という声がこだました。必死に名前を呼ぶしわがれた声は、息も絶え絶えという感じだ。その声に、女の子が「あ!」と声を上げた。
「おじいちゃん…」
エレシュキガルのスカートの裾を握っていた女の子が、声の方を見て、エレシュキガルの顔と交互に目を泳がせる。
「行った方がいいわ。あなたを探しているのよ」
「でも…」
「いいのよ、ありがとう。とても楽しかったのだわ」
ニコリと笑うと、女の子はまた涙を堪えた。それにまたエレシュキガルがあたふたしていると、女の子がエレシュキガルの手を握った。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「……あなたのお父さんとお母さんは、夢を見ているのよ」
「…夢?」
女の子が瞬きをする。
「寝てるの?」
「そうよ、とても安らかに、静かな場所で、あなたとこのイルミネーションの街を歩く夢を見ているの」
「だからあなたはひとりじゃないわ。いつもお父さんお母さんと一緒よ」
「…お姉ちゃんも?」
「え?」
女の子の返しに、今度はエレシュキガルが目を瞬きさせた。
「お姉ちゃんも、一緒?」
「…ええ、お姉ちゃんもよ」
「じゃあ、お姉ちゃんもひとりじゃないね」
ぱっと手を離すと、女の子は走り出した。途中で振り返ると、大きく手を振る。
「ばいばい!お姉ちゃん!ありがとう!」
エレシュキガルは立ち尽くしたまま、女の子の後ろ姿を見つめていた。


「鎖取れてんじゃねーか、良かったな。まぁ暴れるってんなら手加減しねぇけどよ」
女の子の姿が見えなくなる頃、自由になった両手を見つめていたエレシュキガルに声をかける。
「いいの、もう私の願いは叶ったから、座に…元の世界に、戻るのだわ」
名前がつまらなそうにドレスの袖を引っ張った。居ればいいじゃん、と不貞腐れている。
「お前がいいならいいけどよ、別に聖杯の力を使って悪さしないってんならやりようはいくらでもあるぜ。どこぞのドラゴン女は消えずに遊びまくってるみたいだからよ」
その言葉にも、エレシュキガルは首を振った。
「十分よ。本当にもういいの。それに、聖杯から貰ったものなんて、この綺麗なドレスしかないもの」
「マジかよ」
「本当よ。綺麗なお洋服を着て、誰かと、あそこじゃないどこかを歩きたかったの。まぁ、リソースが余りすぎて、逆に枷がついちゃったみたいなのだけど…」
エレシュキガルの周りを、ふわふわと光の粒が舞う。名前が文字を打った画面を向けた。
「本当に行っちゃうの?」
「ええ。私は私の居るべき場所へ、戻ります。ありがとう、あなた、お名前は?」
「名前」
「名前、素敵な名前ね」
エレシュキガルは最後に、大きなクリスマスツリーを見上げた。赤と緑のイルミネーション。光の点滅、大きな星の飾り。一つ一つを目に焼き付けていた。
「あなたのお父さんとお母さんが安らかでいられるように、頑張らなくちゃね」
一言そう残して、ふわりと消えてしまった。





『…まぁ要するに、呼応して召喚された強力なサーヴァントでも、願いを満たせば戦わずに済む可能性もあるということか』
一連の報告をアルキメデスにすると、彼は興味深そうに頷きながらそう答えた。
『今回のサーヴァントは願い事態が温厚だったから起きた稀なケースだろうが、新たな発見だな』
「俺としてはドーンと戦ってぶっ倒してはい終わりの方がスッキリすんだけどよ」
『そちらの方が断然多いだろう。ちなみに君たちの隣の区画では、今日は宝石にやたらと執着心を燃やすアーチャーのシャドーサーヴァントが現れて大変だっそうだよ』
「んだそりゃ」
『良かったな。きっと君の額のものもむしり取ろうとしてきただろう』
「コッッッワ!」
エレシュキガルの消えた場所を、寂しそうに見つめながら、名前は空を見上げた。キラリと星が瞬いている。いつか、誰かの手が彼女を救い上げますように。流れ星に3回、しっかりお願いをした。


硝子ドール/STAR☆ANIS