シスコンのアズール/リクエスト




「ジェーイドォ、明日さ買い物行かねぇ?靴見てぇの」
「ええ、いいですよ。僕もいくつか欲しいものがありますから」
そんな特に変わり映えのない、いつも通りの双子らの会話だった。普段ならアズールも気にも止めない何気ないやり取りだったのだが、その日はふと、アズールはペンを走らせていた手を止め、何の気なしに顔を上げた。
それまで2人で話していたジェイドとフロイドも、その視線に気づいて同時に首を傾げる。なにやら神妙な顔でこちらを見てくるアズールに、フロイドは不思議そうに尋ねた。
「なぁーにアズールなんか言いたいことある?」
「お前達、本当に距離が近いですね」
「はぁ?」
何言ってんの、という顔でフロイドがアズールをまじまじと見つめる。アズールに特に変わった点はない。熱があるようにも見えなかった。
「フフ、ええ、そうですね。僕とフロイドは仲良しですから。ねぇフロイド」
「うん。いやそーじゃなくてさぁ、どしたのアズール。俺らの距離なんて海の中から変わんねーじゃん」
「別に、あらためて感じただけですよ」
それ以上は特に言及する気もなかったらしい。再び視線を手元に落としたアズールにフロイドは「変なの」と呟いたが、フロイドもフロイドでそれ以上興味は湧かなかったらしく、まぁいいかと兄弟の方に向き直った。
「……あれぇ、ジェイド、なーに考えてんの?なんか面白いことでしょ」
「ええフロイド。知りたいですか?」
「あは、教えて教えて」
2人がニヤニヤと笑いながら耳打ちし合う姿に、何となく嫌な予感がしてアズールは本能的にその場を去ろうとした。
「「アズール」」
「……嫌です」
「まだ何も言っていませんよ」
「どうせロクな話じゃないでしょう」
「ひで〜、マジでそんな変な話じゃねーし。ただアズール、最近名前ちゃんに会えてなくて寂しいんだろうなって話してただけだし」
「……はぁ?」
(アズールにとっては)唐突に、フロイドから自分の姉の名前を出された事に眉をひそめた。自分の方を見て意地悪く顔を寄せ合いニヤニヤ笑うウツボの兄弟に、フン、と鼻を鳴らす。
「そんな事はありません。今姉さんは無関係です」
「昔はすぐ"おねぇちゃん、おねぇちゃーん"って言ってたじゃん」
「昔の話です!!」
「そうですよフロイド。割と最近でも変わりませんし」
「そっか」
「昔だって言ってるだろ!!!」
「名前ちゃんって今俺らと似たような全寮制の女子校にいんでしょ?」
「ええ。あちらでも、寮長としてとても慕われているようで。アズールとは正反対ですね」
「いいでしょうジェイド。その喧嘩買いました」





「ハックシュ!」
なんだろ。風邪かな?いきなりくしゃみが出てしまった。誰か噂でもしているのだろうか。
「名前先輩、大丈夫ですか?」
「この廊下、少し寒いんじゃなくて?」
「私、空調を調節してきます!」
1回くしゃみをしただけで、大袈裟に周りの子達が駆け寄ってくる。それに笑顔で答えながら、心配そうな顔をする後輩をやんわり制した。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
「風邪でしょうか?心配です…」
「1回で止まりましたし、心配ありません。きっと誰かが噂話でもしているのでしょう」
それに対し、またきゃいきゃいと騒ぎ立てる女の子たちを窘めつつ、そう言えば弟は変わりないだろうかとふと心配になる。小さい頃はまるまるとしていたのですぐにいじめられて泣きわめいていたが、今では自分と同じように陸で忙しそうにしている弟のことを考えた。マメな性格の子なので、週末には欠かさずメールが来ている。一緒に陸へ来たジェイドくんとフロイドくんとも相変わらず仲が良くていい事だ。ジェイドくんとはたまに連絡を取り合って、弟の近況を聞いたりもしている。彼は彼で陸での楽しみを見つけているらしく、楽しそうでなにより。
しかし、そういえば、久しく顔を合わせていない。元気でいるのは分かっているけれど、それはそれとして可愛い弟に久しぶりに会いたくなってしまった。
「…明日の予定でも聞いてみましょうかね」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
明日は休日だ。久々にやらなければいけないことも少ない。弟はレストランの経営もしているので私より忙しい身だとは思うけれど、後で電話で聞いてみるだけ聞いてみよう、と思った。




「というわけで電話をしてみました。元気ですか?弟」
『ええ、元気です。仕事は山積みですけどね、姉さん』
言葉の通り元気そうな声が聞けて安堵していると、受話器越しに大きな溜息が聞こえた。
「どうしました?また飛行術の成績が悪かったのですか?大丈夫ですよ、私も未だに上手く飛べませんが、そこがまたカワイイと女の子たちには評判です」
『いえ、そうではないですけど…』
どうも歯切れが悪い。不思議に思ってしばらく続きを待っていると、アズールは遠慮がちにぽつぽつと喋りだした。
『ジェイドとフロイドは、2人とも最初から同じ学校に行くと決めていました。…海にいた時と変わらずにいつも一緒にいるんです』
「ええ、そうですね。あの2人はその方がしっくりきます」
急に話が双子の話になり少し困惑したが、弟には理由があるのだろうと続きを促す。
『仲が良くて結構ですけどね。……姉さんは、その、…もし、僕と同じ学校に行っていたとしたら』
そこで言葉が途切れた。アズール?と呼びかけても無言だ。通話が切れてしまったのかとスマホを耳から離して画面を見たが変わらず通話中になっている。
『…………すみません、少し疲れているのかもしれません。またかけ直します』
「アズール、明日一緒に出かけませんか?」
『え?』
ようやく喋りだした弟に、そういえばそれが言いたくて電話をしたんだったと思い出す。どうやら端的に言って、弟は寂しいのだろうと思った。
「お姉ちゃんの買い物を手伝ってください。いいですよね?」
『え、ええと、明日?明日は…』
「弟に拒否権はないです。来なさい」
『ええ…』
そうだ、予定があろうがなかろうが、こう言ってしまえば昔から弟は何があろうと着いてきてくれるのだ。気分が良くなり、電話をしたままベッドへ横になる。
「欲しい靴があるんです。新しいワンピースも欲しいですね。美味しいご飯も食べたいですし、あ、どうせならどこかに泊まりにしましょう。いいですね?」
『いいですねって、ちょっと、急すぎるんですけど!』
「久しぶりに弟を抱きしめて寝たくなりました。ダブルベッドのある所にしましょう」
『はぁ!?やだよ!』
「おやラブホテルしか出てきませんね」
『おい!!』
「まぁいいか」
『よくないだろ!!!』
ぎゃあぎゃあと何か言っているが楽しくなってきたので無視した。鼻歌を歌いながら明日の予定を決めていると、ようやく大人しくなった弟が『姉さん…』と低い声で呼びかけてきた。
「なんです?」
『…………………………………映画も見たいです』
「いいですね」
弟は全て諦めたのか、それ以上は何も言ってこなかった。
「なんかエッチな映画にしましょう」
『やめろ!!』
楽しみだ。会ったらまずは、手でも握ってやろう。