毛利元就(bsr)

前世ではただの女子高生だったんですなんてここで誰かに言ったところでまずは女子高生っていうブランド的価値から説明しなきゃなんないんだろうし、十中八九理解なんかしてもらえないんだろうからそんな世迷言喋ったことなんてない。大体この携帯もテレビも電車もない戦国時代に産まれ直して、私が女子高生だったなんていう前世の記憶が活かされたことなんて全然ないし。忍びの里に生まれて、気づいたら携帯じゃなくてクナイを四六時中握ってて、価値がないやつだって思われたくなくて必死に忍術を学んで、行かなきゃ行けないところには自分の足で進んで向かった。毎日毎日擦り傷だらけで固い地面でも天井の棟でも木の上だろうが寝られるようにと育てられた。暗い洞窟で縮こまって夜を過ごせと言われた時は、何故だか自室のベッドの柔らかさと枕元に置いたベッドライトのオレンジの光を思い出してしまい一晩中泣いた。そんな事も年齢が10を越せば次第に思い出せなくなった。修行はいつしか任務になって、気づけば人を殺していた。私と一緒に育てられた同期は、何故だか1人2人と姿を見せなくなっていった。前世のことなんて私には、最早無駄な雑音でしかない。しかし時おりふと、山間に落ちていく夕陽を見て、前世での母との保育園での帰り道、手を繋いで歩いた河原の風景を思い出す。思い出の中の母だった人は、優しい声色で必ずこう話すのだ。
「いつかきっと、貴方にとって大切な人が見つかるから。そしたら貴方は、その人の事をどんなことがあっても、裏切っちゃダメよ」
小さな私は何も考えず、ただ大好きな母の言うことなので、訳も分からずわかったーと返している。そんな返事でも、母は優しく「いい子ね」と言って私の頭を撫でてくれた。笑った母の顔が夕陽でオレンジ色になっていたのを、とてもよく覚えている。

殺しの任務だった。中国地方の領地争いで、目障りになるであろう数名の子供を戦の混乱に乗じて殺せとの事だ。私は私の雇い主を知らない。里の事だって、私を産んだであろう父と母のことだって知らない。兄弟もいない。友達だっていない。仲間なんていない。ただ忍びとして強くあることだけが、私に求められてた事だったから。
屋敷中、悲鳴がこだましていた。我先にと炎の中から飛び出して、何が待っているのかも分からず女中や乳母が林へ悲鳴をあげて散っていく。私は命じられた名前の書かれた紙に、縦線を引いていく。一つ、二つ、三つ。四つめの名前に、まだ線を引くことはできない。最後の奴は、満月の登るあの山のてっぺんに居る。

頂上に着いた私は、愕然とした。皆死んでいる。殺す予定だった奴らだけじゃない。自分と同じ格好をした、里の人間たちも転がっている。10、20、それ以上。恐らく全滅だろう。
割れたキツネの面を踏み歩いて、顔を確認する。間違いない、確かに、私とは別に動いていた部隊の連中だ。任務に向かう途中、私に「雇い主のお気に入りは単独行動で良かったなぁ」と突っかかってきた男の灰色になった瞳がこちらを見ている。
何が起きたのだろう。相打ちになったのだろうか?この人数差で?私たちに圧倒的有利なこの森の中で?
木々が風で揺れる。夜の森に明かりは月しかない。どうしたものかとしばらく月を見ていたが、何が起きても気を緩めるなと言われていたのを思い出し、横たわる死体を踏み分け歩みを進めた。最後の一人がこの死体の中にいると思っていたが、いない。いないのであれば、仕事は終わっていない。でなければ、見つけて殺さなければ。

人がいる。生きている人間だ。しばらく森を歩けば、岩肌の見える開けた場所に一人、私を背にして立っている影が見えた。背丈は私と同じくらい、たぶん、歳も変わらない。あれが最後の一人だろう。
少年は私に気づいていない。木が明かりを邪魔しないその場所で、彼は月を見上げていた。栗毛色の髪、ツンツンした毛先が外側に跳ねている。着ている緑色の着物は、戦うためのものではない。であるなら、彼は何故生き長らえているのだろうか?これ程の軽装で、あの死体の山ができる騒乱を、くぐり抜けたのだろうか。1歩、また1歩近づく度に、様々な考えが過ぎる。少年はまだ気づかない。このまま一気に、首をとろう。
私が意を決した瞬間、突風が吹いた。そして、同時に少年がこちらを振り向いた。あまりにも唐突で、私は愚かにも引き抜こうとした短刀を手に硬直するしかなかった。月明かり、少年の顔。照らされる頬の輪郭とつり目から目が離せない。口元から読める表情はなく、彼は動けずにいる私を見て、「ほぉ」と呟いた。
「まだ居たか、使い捨ての役立たず共が」
まるで、あそこに転がっている全ての人間に言っているようだ。私はよく分からないまま、よく分からない衝動に駆られ、気づけば少年に質問をしていた。
「あれ、君がやったの?」
「だとしたら何だ」
まるで興味が無いという風な答えだった。実際どうでもいいのだろう。少年には死体に対する少しの憐憫も感じられない。
風が少年の髪を揺らしている。吹揺れる髪とは対照的に、表情はピクリとも変わらない。彼の顔から目が離せないまま、私は続けて話していた。
「どうやったの?」
「話す必要は無い」
いつもなら、こんな風に殺す相手に話しかける事など絶対にない。今だって、喋っているあいだに斬りかかってしまうのが正解な筈だ。それなのに、自分は何をしているのか。冷たい氷みたいな表情の少年のことを、もっと知りたい。そんな事ばかり考えてしまう。
「ねぇ、私あなたのこと殺さなくちゃいけないんだけど」
「貴様ごときが我を殺すか。恥知らずが」
「私のこと、雇いませんか」
「…………何?」
考えるより先に、口から言葉が出ていた。初めて表情を崩した少年に嬉しくなって、言葉を続ける。
「私、私のこと今まで雇ってた人を殺してきます。里の人達に怒られたら、その人たちも殺してきます。邪魔する人はみんな殺します。だから、私のこと、雇いませんか」
「何だ貴様は。気でも狂ったか」
狂ったかもしれない。でもそれを言うなら、初めて人を殺した日から私はおかしくなってたのかもしれないんだ。友達と帰り道に買い食いしたことも、妹に泣きつかれて夏休みの宿題を手伝ったことも、父に反抗して家出したことも、優しかった母のことも忘れて血まみれになった。笑うこともなくて、泣くこともなくなっていって、感情が動くこともなくなって、ただ言われたことを、言われた通りにやっていた。
「私、たぶん貴方の言うことなら何だって聞きます。何だってします。絶対に、貴方のことを裏切りません」

「だから私を、雇ってください」







「ねぇ〜元就さまぁ〜〜いいじゃん1匹くらいさぁ〜〜」
「くどい。元いた場所へ即刻返してこい」
「ひど〜い!松寿〜お前もここにいたいもんな〜?」
「おい。まさかその猫の名前ではないであろうな」
「ん〜〜松寿、ん〜〜〜」
「おい貴様聞いているのか!」
先日の任務で拾ってきた茶色の猫を、屋敷で飼っていいかと元就様に聞いたら案の定ダメだった。しばらく粘って長ったらしく手紙をしたためている元就様の前で駄々っ子のようにジタバタと暴れていたが、猫に顔を近づけてチューをしようとした所機嫌を損ねてしまったらしくフニャーッ!と顔にかけてたキツネの面に1発入れられ逃亡された。松寿ーーーッ!!と手を伸ばし叫ぶと、「やめよ!」と怒られた。
「ちぇー、愛想ないところもそっくりじゃん、カワイイ〜好きっ」
「うるさい、気が散る、去ね」
「え?!気が散ったんですか!?!?散ってくれたんですか!?!?私の言葉で!?キャーーー!抱きしめていいですか!?」
「ええい!鬱陶しい!さっさと次の任務に行けこの駒風情が!」
嬉しかったので抱きつきにかかると、ガッと顔面を掴まれて拒否された。後ろに転がされて次の任務の概要が書かれている巻物で頭を叩かれる。毎回思うけど筆マメなのは結構だが任務の内容にたどり着くまでものすごく長いので箇条書きにして欲しい。いや、任務に関係の無い部分は切り取って大切に保管するのでそれはそれで別に頂きたいものではあるんだけど。
ちぇーっと吐き捨てて、言われた通りに任務へ向かう。元就様またねー!と声をかけたが、悲しいかな、ガン無視だった。帰ったらまたちょっかいかけに行こうと決心して、頑張るぞーっ!と気合いを入れて叫んだ。


「……うるさい……」
十何年も前に、自分を雇えと言った忍びは未だに自分の前から消えず、どんな任務を与えても必ず遂行して帰ってくる。初めの頃は死んでもいい使い捨ての駒が増えて、また消えていく物だとばかり思っていたが、どうにも頑丈な駒だったらしい。ただ仕事をこなせるのは良いのだが、いくら言っても何を言っても全く怯まずちょこまかと構い倒してくる。貴方の言うことなら何だって聞くと言う言葉はなんだったのか。
ただ、それ以外。
自分を裏切らない。という言葉は、今のところ、嘘偽りなく。
「…………………フン」
騒々しい忍びが居なくなった部屋で、元就は一人眉を寄せ、しかしそれほど不機嫌そうにはない鼻を鳴らしたのだった。