「エレちゃんさ」
友達からのメールを読み終え、携帯電話を閉じた。いい加減スマホにしたらと散々言われているけど、この閉じる時の音が好きなんだ。
呼びかけた私のサーヴァントは、夢中で読んでいたりぼんだかちゃおだかで人気だった昔の少女漫画から顔を上げて私を見た。ちなみに私の部屋に置いてあるけど私のじゃない。整理整頓のできない妹のものだ。私は少年漫画の方が好き。
「うちの高校入れば?」
「……え?」
きょとんとしてこちらを見つめている。反応が鈍いのは、それほど漫画の世界に入り込んでいたからなんだろうな。
「だからさ、うちの高校に入学すれば?学生として。いいよね?エレちゃん見た目同年代っぽいし。パパに言って手続きしてもらっていい?」
「え、は、待って、待ってほしいわ!」
読んでた漫画を放り出して慌ててこちらに四つん這いでやって来た。脚が痺れてるらしくてふくらはぎをさすってる。無理もない、ずっと脚を折って読みふけってたんだから。
「どうして急に!?」
「だってエレちゃん、今すごい適当にパパ言いくるめてうちに居れてるけどさ、さすがに学校行く時は不思議そうな顔されるじゃん」
「はうっ」
痛いところを突かれた、と言わんばかりの反応にちょっと笑って、ほら、とさらに追い打ちをかける。
「私も5分休みとか昼休みのちょっとの隙間にしかエレちゃんと喋れないの寂しいし」
休み時間といってもクラスの子に話しかけられることが多いから、学校がある日は本当に家に帰るまでエレちゃんと話せないのだ。
「いいじゃん、ね、パパならちょっと話盛れば何とかしてくれるからさぁ、いいでしょ?」
「そ、そんな…お父様に申し訳なさすぎるし、ダメよ、そんなの…」
「今更じゃん、海外から家出してきた友達とかいうウソついちゃってるし」
「はううっ」
いい調子だ。このまま上手く行けばエレちゃんにうちの高校の制服を着せることが出来るし、一緒に登下校なんかも出来ちゃうわけだ。
「試験とか、その、」
「だいじょーぶだって、パパ顔きくから、あの手この手でちょちょいだよそんなの」
「それはダメだと思うわ…」
若干飽きれられてしまったけど、どうやらもう一押しのようだ。私はエレちゃんの絵画みたいな細くて綺麗な手を両手で包んだ。
「ね、マスターからのお願い。エレちゃん、私もっとエレちゃんと一緒にいる時間がほしいなぁ」
「は、はいぃ…」
エレちゃんは白い肌を耳まで赤く染めてふにゃふにゃになった。可愛い。
「行ってきます」
「い、行ってきます…」
ぎこちない挨拶で家を出たエレちゃんは私とお揃いの紺色のセーラー服をおずおずと指でつまんで引っ張ったり、ローファーを何度も踵を上げて見ている。私が似合うと思って選んだニーソックスはちょっとあざとすぎたかもしれない。うちが女子校でよかった。
「マスター…やっぱり、変じゃないかしら?」
「可愛いよ」
「…す、すぐそう言うことを言わないっ」
怒られてしまったので適当に返事をして歩き出す。慌てて着いてくる足音が後ろから聞こえて来たので歩幅を変えて、ゆっくりと通学路を歩いた。
「つ、疲れたのだわ……………」
「おつかれ」
下校の時間になって、校門を少し出た先でエレちゃんは膝に手をついて項垂れた。教室では転校生という事で質問攻めにあい、容姿のこともあってかなり注目の的だったから無理もない。
「人気者だったね」
「大半は、アナタのせいだと思うんですけど…」
「?」
私が何かしたのだろうか。分からずに首を傾げてると、じとっと横目で見ながらエレちゃんは少しむくれた。
「みんな、"名字さんとはどのような関係なの?"って聞いてくるのよ。休み時間には下の学年の子まで聞きに来るし…」
「ふぅん」
「興味なさそうね、本当に…」
ない。関係も何も、召喚したサーヴァントとマスターだ。そんな事知りもしない人間に教えるつもりもないし。
「エレちゃん、なんか食べ行こ」
「え?でも、校則には帰り道の飲食店はダメって…」
律儀に校則手帳を広げてエレちゃんが指をさす。すかさずその手帳を取り上げて、私のスクールバックに入れた。
「ちょっと!?」
「校則っていうのは破る快感を得るために作られたお膳立てだよ」
「絶対違うのだわ!!」
わーわー言うエレちゃんの腕に自分の腕を絡ませて引っ張り歩いた。もー!と言いながらも諦めてくれたらしい、直ぐに抵抗しなくなったエレちゃんと目当てのクレープ屋に向かった。
「アナタ、お友達と帰ってた時はこんな事しなかったじゃない…」
いちご生クリームカスタードを私から受け取ったエレちゃんがぽつりと呟いた。私はバナナ生クリームだ。通る度に食べたいなと思っていたので、すごく嬉しい。
「まあね」
「…いいの?今日はその、あんなにキッパリ断ってしまって…」
なんの事だ?と思って考える。少し間をあけて、一緒に帰ろうと誘ってくれた今日の子達のことを思い出した。
「いいよ、これからはエレちゃんと帰るし」
「でも、あの子たちは名前と一緒にいたかったんじゃ…ないかしら…」
だんだんと俯いてしまったエレちゃんにムッとした。どうして私より、他の子の心配をするんだろう。
「私だってエレちゃんといたいもん」
不貞腐れた子供のように言ってしまった。そのままクレープにかぶりつく。甘い。思ったよりも甘かった。…全部食べられるだろうか。
エレちゃんの方を見ると、クレープを握って固まったままだ。食べないの?と声をかけると、ようやくスイッチが入ったロボットみたいに「あ、あああ、あ、ああ」と喋った。喋ったはいいけど壊れちゃったかもしれない。
「ううう、も、もうっ!」
何故だか怒りながらやけくそ気味にクレープに齧り付いた。勢い余って鼻のてっぺんに生クリームがついている。
もぐもぐと数回咀嚼すると、エレちゃんは大きな人形の目をぱちぱち瞬きさせた。ばっとこっちを見て興奮気味に口を開く。
「美味しい!!!」
思わず吹き出して笑った。しまった、という顔をして、エレちゃんは慌てふためく。
「そうじゃなくて、えっと、美味しいのだけど!そのっ!」
わたわたと何かを言おうとしている。その隙に鼻のてっぺんについた生クリームを指で取った。勿体ないので舐める。甘い。…やっぱり、思ったより甘いものは得意じゃないのかもしれない。
「明日はごはん系にしよっか。ね、エレちゃん」
「〜っ!持たない、持たないのだわーっ!!」
うーん、何がだろう。