プロローグ

「ほんとうに、酷いひと」、私は心の中で自嘲気味に呟いた。

 堅牢であるはずの遺跡の壁面があっさりと崩れ落ちる地響きのような音が鼓膜を震わせ、まもなく圧縮された空気に押し出された土埃が足元に雪崩れ込んできた。どうやら別の部屋が崩落したらしい。
 小さく咳き込みながら「あちらはやめたほうがよさそうであ〜る」と、様子を見にいこうとしていた長身の騎士がすぐに戻ってきて、小柄な騎士が遺跡内の簡易的な地図にバツをつけた。潰れて絶命している魔物の死骸を目に入れないようにしながら、私たちは別の道を進むことにした。

 目指す先が絶望的な状況だということはここにいる誰もが十二分に理解している。
 彼が瓦礫の下ですでに息絶えていたとしても、なんらおかしくはないことを。むしろ、こんななかで一人の人間を助け出そうと躍起になって抜け道を探し、落石を避け、破れたグローブの下の指先を傷だらけにしながら瓦礫をどかして奥へと進もうとする自分たちに対して、「無駄なことを」と彼ならば言うかもしれない。
 ときおり地面が揺れ、どこかでまた崩れる音がしている。立ち止まる時間は、わずかも残されていない。

「うぬぁーっ! シュヴァーン隊長ー!」
「隊長殿ー! 我々が向かうまで死んではなりませぬぞー!!」

 つかの間の同行者たちの存在が、今の私にとってはとてもありがたく感じていた。
 はじめこそ女一人で何ができるのかと訝しんでいたものの、この惨状のなかでは説明している時間すらないことに気がつくと、命知らずなやつだと言いつつも一定の理解を示してくれたのだ。三人の中では年長の恰幅のいい騎士が指揮をとり、カロルたちから預かった地図を頼りに地下へと向かう。

 彼らが瓦礫をどかすたびに怒号のような声を張り上げるので、静まり返った神殿内はたいへんに賑やかしかった。彼と同じオレンジ色の隊服に身を包んだ騎士たちは、まるで槍や剣の本来の使い方を忘れたように瓦礫の根本に突っ込んでは、わずかに浮き上がった岩を魔導器(ブラスティア)を光らせて破壊し、息を切らしながら彼の名を呼んでいた。さながら自身を鼓舞するように。
 彼に課された任務も、レイヴンという隠れ蓑のことも、なにひとつ知らされずにいたというのに——シュヴァーンという男をただ助けたい一心で、彼らはここにいる。こんな状況でも、まだ彼が生きているという希望を捨てずにいるのだ。場違いにも聞こえるその声はまるで夜闇に浮かぶ灯火のようで、焦りに支配されようとしている私の心をわずかばかり落ち着けてくれた。

 シュヴァーン。
 彼らが命をかけても助けたいと願う、もう一人の彼。
 私の目の前に現れた、凍った湖面のような碧が本当に彼だというのなら——ユーリたちを助け、苦しげに自身はシュヴァーンだとかたった、彼はいったい誰なのだろう。
 奥へと続く瓦礫の下に、わずかな痕跡が残っていた。彼はここを通った。間違えるはずがない、等しくレイヴンのものだと主張する痕跡だった。
 へにゃりと情けなく笑う、彼の碧い瞳を少なからず好ましく思っていた。
 すべて、偽りだった。

 ここにいる全員が、彼の「ほんとう」を知らない。
 ——だというのに、彼らも私も、手を止めることができない。赤のにじむ使い古したグローブを放り投げて、私は彼らの後に続く。それ以外この心のざわめきを収める方法を知らなかったから。

 ほんとうに、酷いひと。——なにも明かさず、なにも残さないように、すべてを抱えたまま終えてしまおうとしている。わからないでもない。かつて、私もそうだった。


 でも今は、それを許したくない。

はじまりはじまり
(2023.01.15)
最終加筆修正(2025.05.29)

[♥拍手]

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