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 葛葉の手腕を確認するため、杉元と葛葉は街に降りてきていた。アシリパは先日の鷲の羽を矢に加工するためにコタンに残り、白石は分けてもらった羽を手にどこぞへと消えていた。思えば、葛葉と二人きりで行動を共にするのは初めてだ。
 露店の並ぶ賑やかな地区を足取り軽く進む背中を追う。どうにも頼りない、薄い背中だ。戦場にいたら、すぐ死んでしまうだろうか。それとも、運よく生き残るだろうか。
 葛葉はちらちらと人の顔や身なり、手にした物などを気にして見ているようだ。いつも緩く弧を描いているその目が、今回ばかりは多少鋭さを増しているかのように思える。それでも、笑みの形を崩していないのがいかにも彼らしい。
 そして、一人の婦人に目をつけたようだ。年の頃は初老でふくよか。米俵を積んで人の形をとらせたらあのようになるだろう。風呂敷包みを片手に重い体を一生懸命に動かして前へ進んでいる。
 人の流れに乗り、自然な形で婦人に近づいた葛葉はそのすぐ傍で派手に転んでみせた。
「きゃあ!」
「ごめんなさい。お嬢さん、お怪我はありませんかぁ?」
 言うに事欠いて米俵にお嬢さんだと!
 葛葉の言い回しに愉快になった杉元は、腹を抱えて笑いたくなるのを堪えて事の成り行きを見守ることにした。なるべく目立たないように適当な店の軒下に身を寄せる。
 お嬢さんと呼ばれすっかり機嫌を良くした婦人は葛葉に対し、そちらこそ大丈夫? などと案じている。
「いいえぇ、僕は平気です。あぁそれより御着物に泥はねが……。すみません今手持ちがなくて」
「え? いいのよこれくらい。普通にしていても汚れるわ」
「お似合いの御着物ですのに。このままでは僕の気持ちが晴れません。……あぁ、僕占いが得意なんです。お時間があれば……どうでしょう?」
 にこにこ笑っている葛葉に強く出るのも躊躇われたのか、はたまた彼にたらしこまれているのかは分からないが、婦人は葛葉の申し出を受け入れた。それではどこかで腰を落ち着けましょう、と言った葛葉に婦人は、それならあそこのお団子屋さんがお勧めだわ、と言って彼の手をさっと取ったかと思うと歩き出した。
 杉元が後を追いかけると、二人はすでに団子屋の外にある長椅子に腰かけ、婦人は注文をしていた。そんな、悪いですよ、と葛葉は恐縮している風だったが、いざ団子が来ると、断りを入れてから素直に食べている。
「本当に美味しいですねぇ、ここ。……友達にも食べさせてあげたいなぁ」
「あら? 占いの結果次第では包んでもらおうかしら」
 そう言って婦人は茶目っ気たっぷりに笑って見せた。今はまだ、口先だけの言葉だろうということが伺えた。
 お茶を流し込んだ葛葉が、それでは、と居住まいを正した。
 そして婦人の目をじっと見た後、口を開いた。
「お嬢さん、あなたはこのままで良いのか、と焦りを感じることがありますね。その焦りを放っておくと大変なことになりますよ。息子さんのためにも、早めに解決するべきです」
 その言葉を聞いた婦人は酷く驚いたように見えた。目を見開き、口元を戦慄かせている。どうしてそのことを知っているのかと、責め立てているかのようにも見える。
「そうですね、結婚していない僕には夫婦のことは分かりません。ですが、当人同士でどうにかなる期間はもう終わっています。せっかくのお嫁さんだけれども、彼女の悪癖は治りませんよ。ずっと昔から、続いていることですから」
「そんな……こんなこと誰にも言っていないのに、どうして……」
 普段の間延びした話し方は鳴りを潜めている。いつもの、まるで緊張感のないほけほけとした葛葉が妙に懐かしく思える。ああやって笑み方も話し方も変えてしまうと、ぐっと大人らしくなるのかと、杉元は感心した。
 「恥ずべきこととして隠さず、しかるべき処置をすべきですよ。そうすれば物事は良い方向に向かいます。直すべきことを直さない、それが一番良くないんです」
 婦人は家庭での問題を葛葉に突きつけられてうなだれてしまった。話から察するに、息子の所に来た嫁がどうやらとんでもないじゃじゃ馬だと、そういうことらしかった。それに対して、毒にも薬にもならないような、誰にでも言えるであろう解決方法を授けた葛葉はお茶を一口啜って、それでもなお笑っている。
 大丈夫ですよ、大丈夫。あなたは良く頑張っている。誰もあなたを責めたりしない。むしろ、今まで良く耐えたと誰もがあなたを慮ってくれますよ。息子さんだって、惚れた女の悪癖なんて認めたくはないでしょうが、あなたの判断は間違っていないと、そう言ってくれるでしょう。
 甘やかすような声音で葛葉が畳みかけると、婦人は泣き出してしまった。葛葉はその背中を優しくさすっている。
 しばらくそうしていただろうか。婦人は未だに目元を赤く腫らしていたが、どこかすっきりした面持ちに変わっていた。そして葛葉に何度もありがとうと伝えると、店員を呼んで団子を包むよう言った。