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「ただいま」
ひどい目にあった。
隠れ家にしているあばら家で、白石は同行人に声をかけた。
「おかえり……随分と寒い目にあったんだねぇ」
葛葉常義は白石をぼんやりと眺めると、火を起こし始めた。
何も言わずとも己の身にあったことを理解するのは原理が分からず、相変わらず不気味だったがこういう時ばかりはありがたい。白石は葛葉のそばに近寄り、火にあたった。
「ちょっと葛葉チャン聞いてよ。おっかない奴に会ってさ……死ぬかと思った」
「そっかぁ由くんウサギの罠にかかっちゃったんだぁふぅん。兵隊さんとアイヌの女の子ねぇ」
白石が説明しなくても彼は理解するだろうが、どうにも理不尽な出来事ばかりだったので、愚痴を漏らすように今日のことを話した。
火の影が二人をゆらゆら照らす。
葛葉も元囚人だった。刺青は彫られていなかったが、あの日どさくさ紛れに脱獄したらしい。
言動は少々怪しいが模範囚で人懐こく、獄卒からの扱いも悪くなかった。そのまま過ごしていれば刑期を終えて合法的に牢獄から出て行けただろうに。
他人の懐に入るのが上手く、街では良く貰い物をしていた。年の割には幼い話し方のせいかもしれない。ただ、頭が悪いというわけでは決してなく、会話の端々に教養の深さが見て取れた。……時折、訳の分からないことも話すが。要するに、頭の良い馬鹿なのだろう。
囚人たちが逃げ出したあの後、久方ぶりに女でも買おうと花街に行った白石を葛葉は待ち伏せていた。何故かついて来るので、そのままにしている。彼の他人からの貰い物をアテにしている部分もある。高価で売れるものも中には混じっているためだ。葛葉は、白石がそれらを勝手に売ったりしても怒らない。まるで、それが贈り物たちの正しい未来なのだと知っているかのように。
正確には知らないが、彼も一人で生きていける年だろうに何故白石の後をぴよぴよとひよこのようにくっついているのか、それを一度尋ねたことがある。絶対面白いから、と要領を得ないものであったが。
自分についてきても、さほど面白いことにはならないだろうに。
ただ、葛葉が居ると便利なので白石はそのまま彼を容認しているのだ。
「そうだ。由くん、狼には気をつけてね」
にこにこと底知れない笑顔がこちらを見ている。目も口元も、笑っているはずなのにどこか薄ら寒い。極寒の川に落ちたせいだろうか。それとも、ほの暗い葛葉の瞳のせいだろうか。
「怖いのが二匹居るからね」
あぁ、こんな時は酒でも飲んで寝るのが一番だ。