卒業式
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卒業式に桜が咲くなんてテレビの中だけの話だ。
積もりきった雪が圧し固まり滑りやすくなった道路を、転ばないように気をつけて歩く。氷の上なんて歩きなれているが、バランスをとりながら歩くというのは難しいものだ。そう。何事に対しても、だ。
前方を同じように歩いている姿を見つけて俺は声をかけた。
「杉元!」
「おー、名字おはよう」
「はよ。今日もさみいな」
「いつものことだろ」
そういって、杉元は少しおおげさに身をすくませた。しっかりと防寒着を身に着けているから、寒いのは露出している顔と、コートに覆われていない足元くらいだというのにも関わらず。
「名字さ、本州行くんだっけ」
「そう。海外だぞ! 海外!」
「なんだよそれ」
「北海道から出るんだ。海を越えてくんだぞ。だから、海外」
杉元はもう一度、なんだよそれ、と言って小さく笑った。
「杉元はこっち残るんだもんな。本州旅行するとき俺の家泊まってっていいぞ」
「あー……金と暇があったらな」
「それ絶対来ないやつ」
杉元は、そんなことない、と言ってまた笑った。
「そのうちな。そのうち。それより、そろそろ急いだ方が良くねぇか」
「え? もうそんな時間?」
ちょっと早めに歩くぞと声かけした後に杉元は俺を置いてさっさと行ってしまう。俺より杉元の方が、バランスをとるのがちょっとだけ上手いのだ。
俺はその後ろ姿を、不格好なりに追いかけていった。
教室に入ると、廊下とは違い暖房ですっかりと温まっていた。すでに、まばらにクラスメイトが来ていて、各々最後になるかもしれないおしゃべりに興じている。
ああ寒かった、なんて言いながら俺と杉元は防寒着を一枚ずつ脱いでいく。
軽いカバンを机にかけて、着席した。丁度良いことに、俺らの席は前後だった。
体温が戻ってきたからだろうか、杉元は少し眠たそうに目を瞬かせている。眠いのか、と尋ねると、昨日ゲームをやりすぎた、とだけ返ってきた。
眠気を抑えているであろう彼を、気づかれない程度に盗み見る。
引き裂かれたように横たわる傷と、後ろに流された髪の毛のせいでよく怖がられているようだが、端正な顔立ちをしている。髪を降ろして、傷がなければきっと女子にモテていただろう。小柄だがしっかり筋肉はついていて、腕っぷしが強い。それに、妙なところで優しいのだ。
好きだな、と思う。
友人になったのは些細なきっかけだったが、よくまぁここまで友人としての付き合いが続いたものだ。三年間、クラスが変わることもなかった。……学校での付き合いが多く、プライベートで遊んだことが少ないのが、若干もったいないが。杉元はバイトで忙しかった。だから、仕方がないのだ。
そうして友人として過ごしているうち、ふとした瞬間好きだと思ってしまうことが多々あった。
辞書を忘れたから見せて欲しいだとか、体育の時の真剣な横顔だとか。たぶん、恋とも呼べない幼い何か。
伝えるつもりは全くなかった。男が男にこんなことを言われても困るだろうし、もし付き合ったとして特別な何かをしたいわけではなかったからだ。そう、ただ、好きでいるだけ。
でもまぁ、杉元が女の子といわゆる恋人同士になっちゃったりしたら嫌だな、と思う。
それだけ。
もしケッコンするって言うんなら、友人代表としてスピーチをしてやらないこともない。後半はきっと、ぼろぼろ泣いてしまうだろうか。それとも、その頃にはこの気持ちはすっかり冷えてしまっているだろうか。
でも。覚えているだろう。忘れずにこっそりと。未練がましく。
俺は、恋なんてまともにしたことのないおこちゃまだから、一番最初の、この強烈な想いを、例え冷えてしまったとしても忘れはせずにしまっておくことだろう。
「杉元、チャイム鳴るから」
「あ? あぁ……寝てた?」
「ちょっとね」
キンコンカン、とお馴染みのチャイムが鳴ると、下級生が安全ピンのついた造花をもってくる。そして何食わぬ顔で言うのだ。卒業おめでとうございます、と。
今日が終わったら、杉元とももう会わないだろう。北海道に戻るつもりはもう、なかった。
女々しくて、全く嫌になる。
どうせ思いが通じ合うなどということはないのだから、いっそのことほとぼりが冷めるまで徹底的に逃げることにしたのだ。我ながら、極端だなと自嘲する。
あぁ本当に、バランスをとるって難しい。
まだ眠いと呟く杉元の口元を眺めながら、ため息を吐いた
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